dimanche, 05 juillet 2009
朝6時過ぎには目が覚めてしまい、片付けを行い、8時過ぎにさすがに眠った方がいいだろう、と再び横になる。が、10時過ぎには目が覚め、台所の掃除。最後に残っていたレトルト・カレーで昼食とし、13時30分にピラミッドで後任と合流、ジャパン・エキスポへ。駐車場からはシャトル・バスで会場まで行かなければならなくなっていてビックリ。会場の規模は一昨年と同じでしたが、Ki-oonのブースは随分立派になっていましたし、その他、細々した雑貨を販売するスタンドの数が増えたような印象を受けました。人の数も一昨年に比較すると多いような印象を受けます。日本のマンガ・アニメを好きでいてくれること自体は有り難いことなのですが、その感情が日本という国や日本人に対するプラスの感情にまで昇華する可能性がどの程度あるのか。単なる消費者ではない段階に彼らが至ってくれるのかどうか。要するに彼らが「親日家」としてフランスにおいて正しい日本のイメージを伝達し、誤ったイメージを払拭してくれるような人材となってくれるのか、あるいは、日本を支持してくれる存在となってくれるのか。いろいろなことを考えました。
その後パリに帰ってきて自宅で一寝入り、夕方、ヴァカンスに出発する人たちでごった返すリヨン駅に行き、出張者の方をお迎えし、ホテルに一旦お送りした後、ラ・フォンテーヌ・ド・マルスで他の出張者の方々を交えての夕食会。先日、オバマ大統領が食事をした、という部屋で8名の会食となりました。ウェイターの動きが少し鈍く、20時30分からの夕食会が終わったのが23時過ぎ。帰ってきてから、再び片付けです。
出発まであと9日となりました。
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samedi, 04 juillet 2009
朝、ウェストンに行き、修理に出していた靴を引き取ると同時にいくつかの靴を購入。その後、フランス・テレコムで電話の解約手続きを行い、インターネットの方は電話で問い合わせをしたところ、機械の返還手続きをどのようにしたらよいかの手紙を送った、とのこと。それを待つこととして、一旦職場に行き、明日、パリに到着される出張者の方のための資料を整え、12時からVilla Punjabにて食事。シシケバブ等と一緒に食べると美味しかった漬け物のようなものは、アチャーレといい、マンゴーと唐辛子とニンニクで出来ているのだとか。日本でも購入できる、と言ってましたが、本当かなぁ。このお店にもお別れを告げました。
午後はリセ・アンテルナショナル・サン・ジェルマン・アン・レの卒業式へ。とうとう5回目の卒業式参加です。相変わらず、全体会のお祭り騒ぎ振りは楽しく、例によってスウェーデンがダンシング・クイーンを入場の音楽に使えば、アメリカはビリー・ジーンで張り合っていました。ドイツに「Mention Très Bien」が多かったのが印象的。校長先生が自分の出した「長い」挨拶状を読んでいてくださったようで、これまで以上に親しみを込めて挨拶を受けてくださったのも嬉しかったです。前半だけで失礼し、一旦自宅に戻った後、洗車場へ。大変な混みようでしたが、おかげさまで車内に掃除機をかけ、スポンジでプラスチック部分を拭き、外側を高圧洗車することができました。すっきり気持ちよくなって帰ってきて、引っ越しに向けた作業を継続。そろそろ引っ越し荷物に入れるものと、飛行機で一緒に持ち帰ってくるものとを分別する必要があります。靴を大量に持ち帰ることになりそう。
そして、夜は日本から来ている友人と後任と3人で我が家の残存食料を片付ける夕食会。これが我が家で食べる最後の食事になるかも知れない、と思うと、なかなか感慨深いものがあります。
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jeudi, 02 juillet 2009
シュミーズで挟んだ書類を説明し、不要になったものから捨てていくという引き継ぎを午前と午後に。昼はジャン・ドゥ・ラ・フォンテーヌ校関係者との昼食会。REXに苦しめられた時のこと、これからのこと等々、しみじみと語り合う1時間半となりました。そして、夕方からパリ日本文化会館に行って、ジャパン・ポップカルチャー・フェスティヴァルなる催しに触れてきました。ラフォーレ原宿によるロリータ・ファッションなるファッションのショウが地下3階のホールを使って行われ、その後レセプションがある、というもの。最初、何故かチェロを弾きながらあやしい音程で歌う歌手が数曲を歌った後、ファッション・ショウが開催されたのですが、まあ、何というか。歩いているヨーロッパ人モデルの硬質な表情に違和感を覚えつつ、貼り付いたような笑顔(特に口元)を浮かべながら歩いている日本人モデル(後に「カワイイ大使」であったと判明)との違いに驚き。それにしても、地下3階ホールがいっぱいになったのを、昨年の武道演舞祭以来、久しぶりに目撃しました。他方で、ファッション・ショー時は5割ほどはいたように見えたフランス人がレセプションでは1割ほどに減ったのを見てびっくり。また、ロリータ・ファッションとやらで身を包む女性達が日仏ともに共通の特徴を有していて、要するに現実からの逃避であり遊離であるのではないか、などとつまらないことを考えました。それにしても、トークショーで「ラフォーレ原宿にはよく行かれますか」との質問が行われ、「マンガ・アニメ・原宿」が外国で頻繁に耳にする日本語だ、などといったプレゼンを聞くと、少々鼻白む感じもしました。「ポップカルチャー外交」ではあるのでしょうが。
背広を着てだらしなく鞄を横がけに下げ、右手にストラップからだらりと垂らしたデジカメをぶら下げていた人が居たのが気持ち悪かったです。
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mercredi, 01 juillet 2009
午前中に通常午後に行われている会議が入り、また、明日からのJAPAN EXPOに向け来仏された秋葉原の学校関係者と面会を行いました。午後は書類廃棄と各種論文の引き継ぎです。昼はスポーツくじ調査でお世話になった人とSushi Marchéで会食、夜はランナー仲間と修で私的会食。マラソンも折り返し地点を越えつつあります。
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lundi, 29 juin 2009
今日は新しい上司に対する説明の時間をもらいました。2時間の枠があったところ、1時間で切り上げとなり、詳細はまたそれぞれの案件が発生した時に説明を行う、ということで終了。説明の仕方を変えなければならないところが、なかなか大変ではありましたが、何とか無事終えることができました。
昼はフランス駐在歴20年の近い特派員の方との昼食会、夜は自分も主賓の一人となった歓送迎会をCercle du 17eで開いてもらいました。引き継ぎオペレーションも2週目です。
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vendredi, 26 juin 2009
朝、BNPパリバで口座関係の諸手続を行った後、挨拶回り。昼はパリ政治学院の人とL'Epi Dupinで食事。日本語をお店で勉強したというギャルソンが、綺麗な日本語で話しかけてきてくれました。午後は2時間年休を取って先日、定期点検・修理に出した車を取りに行き、20時過ぎに帰宅。餃子を焼き、お腹を満たしてから、22時過ぎにNさんをピックアップ。今次滞在正真正銘最後のOV行です。
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jeudi, 25 juin 2009
午前中は挨拶回り、昼を韓国料理のODORIで食べ、午後は日本に行くフランス人青年に対するオリエンテーション及び壮行会をパリ国際大学都市日本館で開催。これで大行事はすべて終了と相成りました。23時過ぎより、マダガスカルからやってきた友人とDADAでビールを。25時前、帰り際に、マイケル・ジャクソンの死をフランス人たちから聞かされました。。。
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mercredi, 24 juin 2009
8時24分発のTGVでストラスブールに行き、フランス人学生に1時間、フランス語で日本のことを紹介した後、ストラスブール大学近くのレストラン、Au Renard Prêchant(34 rue de Zurich, 67000 Strasbourg, TEL:03 88 35 62 87)で昼食会。いかにもアルザス風の木組みに漆喰の建物の雰囲気もさることながら、料理が大変美味しかったです(ドイツのアイスヴァインのようなものを選択しました)。量は相当なもので、メイン一品でよい、という感じでしたが。
その後、プチット・フランス、大聖堂、クレベール広場を抜けて駅に向かい、18時半過ぎにパリ東駅に帰着。4番線でオデオンまで行き、教育書店の前を通ってカフェ・フロールで1時間、その後「円」での夕食会となりました。小林秀雄、岸田劉生、井原西鶴、定家、西行について、フランス人の先生方と日本語で話ができる幸せを噛み締めた一瞬でした。
ヴァレリーの「海辺の墓地」の「Le vent se lève」を「風立ちぬ」と訳したのは誤り(それであれば「Le vent s'est levé」)であって、堀辰雄は誤訳に基づきタイトルをつけたのかも、としつつ、その「風立ちぬ」をフランス語訳した先生は同書のタイトルを「Le vent se lève」とした、とのこと。最初の誤りに味わいを加えつつ真を作ってくれるのは歴史と人なのかも知れません。もうひとつ、小林秀雄が「西行」論を書いた時、西行の「地獄絵を見て」を紹介した部分は写本を見て書いていた、とのこと。活字にはなっていない時の産物だそうです。専門知の楽しさを垣間見たような気がし、ちょっと羨ましくも感じました。
明日は日本に仕事に行くフランス人青年に対する日本紹介と壮行会です。
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mardi, 23 juin 2009
朝、パリ郊外はクールボワにあるプジョーのアトリエ(修理工場)へ。道に迷ったあげく、2年前に通った光景の中を走った時に安心したのですが、通常左折できるところが封鎖されていたことから、ぐるっと遠回りをする羽目に。ただ、8時30分のランデヴーを10分ほどだけ遅れて到着。遅くとも木曜日の夕方には車はできている、と聞き、安心して凱旋門へ。
人生で初めて、パリの路上の公衆トイレのお世話になり、9時30分過ぎ、後任と職場前で落ち合い、挨拶回り。昼は食事会を「かんの」で。午後は明日のストラスブール出張の準備を整えつつ、15区の方及び7区の方へ挨拶回り。パリ日本文化会館の図書室や視聴覚室の充実振りには驚きました。
一旦帰ってきて、電気周りの故障を大家さんに修理してもらい、同時に後任を紹介。夜は「ひょうたん」にお世話になったことのお礼もいいがてら、こぢんまりと4人で会食。22時30分には終えて帰ってきました。明日はストラスブール日帰り出張に昼夜会食です。
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lundi, 22 juin 2009
資料をセットし、momonokiのマーボー茄子弁当を食べ、サルコジ大統領の「歴史的」演説をカーステレオで聴きながら、空港へ。後任を迎え、スージーで同僚3人で食事をして、帰ってきました。4年2ヶ月前のことがまざまざと蘇ってきました。残り21日のカウントダウンの始まりです。
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dimanche, 21 juin 2009
Jour d'été(夏の日)となる今日は、28回目のFête de la musique(音楽祭り)の日。夕方、キリマンジャロで知り合ったフランス人の友達と松ちゃんに行ったのですが、行きしなにも帰りがけにもあちこちから音楽が響いてきていました。けっこう若者が待ちに繰り出していて、ちょっと物騒なものを感じたりします。夏の日だけあって、22時半頃にお店を出た時にもまだ明るいのが救いですが。
夕方、職場で引き継ぎ書類の最後の詰めを終えました。これで秘書さんに少し修正をしてもらえばマニュアルの完成です。こんな資料を作ることができたのも長期滞在の賜かもしれません。そういえば、明日でちょうど4年2ヶ月です。そして、明日、後任がパリに到着します。
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samedi, 20 juin 2009
できるところから少しずつ、家の掃除を開始しました。そんな最中、日本に帰られる方から携帯に挨拶の電話を頂いたりして恐縮すると同時に、言葉に詰まるぐらい嬉しかったです。機内預けにする荷物と引っ越しで送る荷物の仕分けも開始することに。ゴミがどんどん出ます。気持ちがよいです。
お昼は冷凍餃子を焼き、夜はSHUでシェフと。明日は音楽祭Fête de la musiqueです。
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vendredi, 19 juin 2009
これで5回目となった面接が終了しました。フランス語でのやりとりについて行けなかった最初の頃のことが嘘のように、聞き取りができるようになっていました。鋭い突っ込みは高等師範学校やポリテクニックの先生にお任せして、自分の職分を果たす質問をすることができたのではないか、と自負しています。「自負」ができるようになってきたのもモンブラン効果かも知れません。
滑り込みの書簡についてもサインをもらうことができそうで、そんなボスが土日も仕事をしに行きそうだ、という情報に触れてしまうと、放っておくことはできません。2月に予約をしていた今週末のヴェネツィア旅行。飛行機代は返ってきませんがキャンセルして、仕事と引っ越し準備を行う予定です。
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jeudi, 18 juin 2009
これで5回目となる、日本の大学院に留学を希望するフランス人学生さんたちの面接が始まりました。今日は社会科学と人文科学です。いろんなことに関心を持っている学生さんたちの存在に驚きつつも、「王道」があることを思います。それは、最終的には、フランスとの関わりを忘れない、ということでしょうか。
お昼はカレー・ヌードル、夜は赤いきつね。23時を過ぎてくると、帰国が近いことを感じます。ただ、午前様に慣れておけば、日本での生活への順化も早くなるのでしょう。モンブランはまことにたくさんのことを教えてくれました。
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mercredi, 17 juin 2009
作らなければならないメモの量に押しつぶされそうになりながら、何とか今日のところまでは到達することができました。
お昼はよく行ったケバブ屋でのたぶん最後の昼食を同僚Nと一緒に。相変わらずたっぷりの量に、油がほどよく飛んだ羊肉、「サムライソース」とアリサソース、絶妙のオニオン・スライス。もう当分、この店のこれを食べることもないのだろうなぁ、でも、もし10年後に帰ってきたとしても、まだここでお店が続いているんだろうなぁ。また来よう。とりあえずのお別れです。
夜は昔一度だけ来たことがあり、そのときもそのポストの人の接待だった、Au Bon Accueilに久しぶりにやって来ました。にんじんとトウモロコシの冷たいスープ、ホロホロ鳥、ミルフォイユで、ソミュールの赤を1本、水2本、コーヒーで、全体で一人50ユーロ少々。コストパフォーマンスが高いです。23時前ではあっても紺色の空に浮かぶエッフェル塔が、アルマ橋を渡る時に煌めきました。
一つずつお別れを意識すると、一瞬一瞬を大切にする気持ちが生まれてくるから不思議です。「一期一会」という言葉の意味が少しわかってきたような気になっています。
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mardi, 16 juin 2009
さて、そろそろお尻に火がついてきました。尋常でない量の仕事にため息が出ますが、自分がこれだけやってできないのならば仕方がないのだろう、と思えるようになったのは、モンブラン効果かもしれません(?)。
今日は送別会。穏やかな太陽が斜めに射し込んでくる庭の芝生の上での語らいは、何を語らったかはわからずとも、その映像をいつまでも覚えていることができそうです。
その後、自分の送別会を開催していただきました。突然にオファーをいただいた送別会、そのお心遣いが本当にうれしく、ヴェリブで帰ってくる途中、街灯のオレンジ色がにじみました。1ヶ月を切ったことを実感します。
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lundi, 15 juin 2009
よほど水分が失われていたのか、昨晩、ビールを3本、500mlのソフトドリンクを1本半飲んだにもかかわらず、トイレで目覚めることは全くありませんでした。パリ・オーステルリッツ駅着が6時17分。土砂降りの雨が降る中、タクシーで自宅まで帰って6時40分。洗濯機を回しながらもう一寝入りし、9時前には起き出して職場へ。案の定、溜まった仕事に追われ、昼も夜もmomonokiのお弁当という一日となりました。それでも、モンブランに登って下りた翌日に普通に仕事をしているぞ、なんて、ナルシスティックな快感を覚えたりもして。
ただ確実に、何か一つ、自分の中で変わったものがあるような気がします。
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dimanche, 14 juin 2009
jeudi, 11 juin 2009
人生最初で、おそらく今次滞在時は最後となるであろう、ミシュラン3つ星レストランでお昼を食べる機会を得ました。3つ星に一度行ってみたい、という同僚の誘いを受け、一度くらいは行っても罰が当たることはないだろう、と思い、かつある人からの紹介もあったことから、とうとう行ってしまったものです。スージーの中華料理屋の坂を下っていった先、右側にあります。
詳しくは思い出の中だけに取っておきます。やっぱり3つ星というのは違う。サヴォワさん御自身も出てきて挨拶してくださった時には、思わずお目に掛かれて光栄ですなどと申し上げてしまいました。商談をしているビジネスマンなども居たりして、そんなに緊張するところではないのかも知れませんが、やはりサーヴィスは洗練されています。きっと、日本の一流の料亭ではこういうサーヴィスが提供されているのだろうなぁ、と想像しました。そして、何よりあのあっさりした複雑な風味は、「フレンチ」という枠の中に入るのだろうか、と、つくづく恐れ入りました。フランス料理を世界遺産に、という運動があるようですが、外延が定まらないものを「世界遺産」という枠の中に押し入れてしまうと窮屈ではなかろうか。いや、おいしさを表現する言葉を持っていないことは、つくづく悔しいことです。
そして、今日のメインイヴェントは駐仏日本大使の送別レセプション。そこで出会った大勢の方に、自分もお別れを告げることができました。昨日は同じ時間、ひどく雨が降ったのに、今日は綺麗に晴れてくれて、天の神様が微笑みかけてくれたような、そんな素敵なレセプションとなりました。
明日からモンブランです。
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mardi, 09 juin 2009
朝、要処理メールを処理しつつ、11時からパリの関係機関での会議に出席、一旦職場に戻って要処理事項に追われつつ、昼はラ・フォンテーヌ校関係者との食事会、戻ってきて15時からは日本に行く高校生とその保護者の方に対するオリエンテーションを行い、17時を過ぎてやっと落ち着いて事務に取り組めるようになりました。途中、スージーで北京スープ麺で夕食とし、戻ってから23時過ぎまで。午前様にならなかったのが救いです。それにしてもまあ何というか。お祭りっぽくなってきました。
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lundi, 08 juin 2009
週末に溜まったメールの処理をしつつ、10時半からの会議を終え、11時半からは詰め物が再び取れてしまったことから歯医者さんへ。場所はそのままなのに前回、壁の塗り替えをしていると思っていたら、助手さんはそのままだったのですが、先生が替わっていました。先般の床屋さんといい、時の移り変わりを感じます。レジンを詰めてもらい、治療は一回で終了。ただ、「インレイをもう一度作って詰めるか。」と言った問いがあるなど、前の先生の対応になれた身からすると、提案がない治療には疲れます。
やはり日本に帰られる方に開催していただいた送別昼食会の際には、麻酔が効きすぎて口が半分動かなかったような状態だったのですが、それくらい効いている時が幸せだったというべきか。麻酔が切れ始めたら猛烈な痛さが走り始めて、痛み止めを飲む羽目に。
そして、そんな中、18時からは理工科学校に行って、日本語を勉強している生徒さんたちの実験材料になってきました。やはりマンガやテレビ・ゲーム(「Jeux Video」)が日本語学習のきっかけになっている様子であり、それ自体は良いことなのですが、やはりそこからの発展が欲しいところです。
職場に戻ってきてカレー・ヌードルで夕食とした後、24時過ぎまで仕事が続いたのですが、終わらない。。。久しぶりの午前様となりました。まあ、これが久しぶりなだけいいようなものですが、職場で一人だけ午前様、あとの人は19時過ぎには帰っている、という状況に直面すると、ちょっと不公平感を覚えたりもします。
いやいや。こんな状況なのは自分だけじゃないぞ。フランスでも、毎晩23時まで、一人で仕事している人もいるじゃないか。ノーブルになるためには果たさなければならない義務も多々ありそうです。いや、帰国命令が出た後に年休を取ってモンブランに行くような放蕩児には、果たさなければならない義務があるということなのでしょう。しばらく頑張ります。カップ・ラーメンもありますし。
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vendredi, 05 juin 2009
本来、週末にはフランシュコンテ遠征を行い、聖地「グーモワ」の釣り宿に泊まりながら1泊2日で釣りすることを予定していたのですが、断念しました。仕事が殺到していることから、少し体力を保持しておきたい。五輪関連事務、人の交替関連事務、自然史博物館訪問関連事務、多数の未執筆レポート、そして何より自分の異動関連事務と、いろいろな事柄が積み重なってきており、体力的にちょっと無理なように思われました。向こうでは雨も降るようですし。
よって宿の方にお詫びをしつつキャンセルのメールを送り、終日、事務に追われました。昼休みに床屋さんを予約したのですが、日本人の従業員さんは辞めてしまった、とのこと。実際、行ってみたら、昔は入り口のガラスに貼られていた「JAPONAIS」も話しますという言葉が無くなっていました。時は移り変わっていきます。そして、Brûlerie des Ternesでコーヒーを買ったのも、もしかすると今次滞在時最後の機会になったのかも知れません。いや、おみやげとして買いに行こう。
夜は21時よりSHUで友人と食事。先に日本に帰っている共通の知り合いのことなども肴にしながら、美味しい串揚げをいただきました。明日はブローニュ・ジョグで一日を始める予定です。
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