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septembre 2007

dimanche, 30 septembre 2007

駆け足の9月

今日で9月も最終日。釣りにも行かず、のんびりと過ごしました。
この9月はラグビー・ワールドカップに始まる怒濤の仕事の日々と、その合間を縫っての釣行、いろんなことがありました。
そんな中でも大きかったのが、月初めから始めた卒煙が軌道に乗ったことでしょうか。
夏の間、何となく絶えず喉が痛いような気がして、「家庭の医学」を読んでみたら、「慢性咽喉炎」なる病名が出ていた。ちょっと怖くなったのと、何か生活を変えてみようかな、という気がして、まずは月曜日から金曜日の間は煙草を吸わないことにしよう、と一念発起。初日は1時間おきに煙草が欲しくなり、食事の後に猛烈に吸いたくなったり、脂汗のようなものが出てきたり、何となく頭がぼんやりしたり、とさんざんでした。また、3日目の夜には煙草を吸っている夢を見たこともありました。ただ、ニコレット(ニコチンガム)、チュッパチャップス風の飴、普通のガム、メントス、FISHERMAN'S FRIEND(ミント)の助けもあって、木曜日くらいからはあまりイライラがなくなりました。週末はほっと一服。明けた翌週も吸わず、2週間が過ぎた時、OV3連休の時に車の中に残っていた煙草を吸い尽くし、3週目の週末、フリーガンで小型葉巻を吸った時には依存的な感じがなくなっていました。そして勝負の4週目はカラオケの時に少し吸いたくなったものの特に飢餓感に襲われることもなく過ぎていき、そしてこの週末、煙草盆をお香を焚く入れ物にすることとして、週末も吸わない習慣へ。何かある呪縛のようなものから自由になるのは、まことに気持ちがよいものです。
そして、昨日から、ほぼ11ヶ月振りにジョギングを再開。昨年のジョギング、始めたと思ったら風邪をひき、再開したと思ったらまた風邪をひき、となんとも間の悪いランナーとなってしまっていたのですが、今年は体調管理に気を遣いつつ、一日でも長く続けられれば、と思っています。
明日から10月が始まります。今週も忙しい日々が続きそうです。

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samedi, 29 septembre 2007

この冬のマイブーム

昼まで寝て疲れを取った後、Bさんに電話。明日のOVをキャンセルすることなった旨、お伝えしました。月曜日にお休みをもらうことについては職場的な了解を得ることができたのですが、職場的な了解があってもまだ組織的な次元にまで引き上げていない仕事があれだけ発生していると、とても休むことなど無理そうだ。OVはどこにも行かないし、またの機会を楽しむこととします。
それで、DPSGへ。ブローニュの森にあるEtang de Boulogneでの釣りにつき情報収集をしてきました。フランスの年券+日釣り券15ユーロが必要であり、おそらく10月から解禁ということになるだろう、というのがお店のお兄さんからの情報でした。日釣り券自体はまとめ買いもできるようになっているため、とりあえず5枚分購入。日付は実際に行く日に書き込む、ということとしました。河口湖のように日釣り券の自販機があるところが羨ましいです。ともあれ、いずれ我が家から20分足らずで釣りを楽しむことができるようになりそうです。10月から5月までは放流がある、とのこと。もともと持ち帰りを前提とした釣り場らしいです。どんな魚がいるのやら、楽しみです。
その後、ギメ美術館の書店で行われた、「Mille ans de manga」という本の著者サイン会に行ってきました。鳥獣戯画からちびまるこちゃんまで、日本の漫画の歴史を豊富な図版とともに紹介した力作です。著者の先生ともお目に掛かることができ、また出版者の担当の人ともお話をすることができました。出版社の人が言っていたところでは、この本、もともとフランス語での出版なのですが、英語、イタリア語への翻訳は既に決定している、とのこと。近々行われるフランクフルトでの出版見本市の機会に、日本の出版社にもコンタクトをしてみる、とのことでした。うまくいくことを期待しています。
一週間の買い出し、カレーライスの夕食を終え、久しぶりに「男はつらいよ」(第9作)を観賞しました。
最近再び寝る前に読み始めた新古今集の中で、西行の歌を読み飛ばしていた際、「疎くなる人をなにとて恨むらむ知られず知らぬ折もありしを」という歌が妙に心に残りました。西行にしては説明的な歌かも知れませんが、桑田佳祐の歌詞にも一脈通ずるところがあるようにも思います。同時に大きく違っているところは「恨む」という言葉が出てくるところでしょうか。桑田であれば、「一番大事な人にさよならをプレゼント」と歌うように思います。
久しぶりに再会した寅さん、新古今集及びブローニュの森での釣りとともに、今年の冬のマイブームとなりそうです。

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vendredi, 28 septembre 2007

学校週4日制?

お昼から、15時から、18時から、20時から、とそれぞれ予定が入っている合間を縫って、こつこつと仕事を片付けていく、そんな一日でした。20時からのセッションでは、フランスには合気道人口が7万人もいること、日本人がほとんどおらず、フランス人が中心でそれだけの人口があること、合気道をしているフランス人は何かある部分で日本人化しているような印象を受けたこと、そんなことを学び、感じました。武道は優れて日本文化の柱となっています。
昨晩、ダルコス国民教育大臣がテレビで発表した、土曜日を小学校では休みの日にする、という方針を、ル・モンド、フィガロがともに1面で取り上げていました。これまでフランスの小学校は水曜日がお休み、土曜日は午前中の授業があり午後がお休み、日曜日がお休み、となっていたところ、土曜日の午前中の授業を廃止する、というものです。2008年の新学期から小学校で、将来的には中学校でも、同様の措置が講じられることとなります。学校の授業時間数がOECD平均と比べても多い、という指摘や、公務員数削減の方針の中、学校の教職員数削減が課題となっていることなど、さまざまな背景を踏まえて講じられる措置である様子です。
日本との違いを痛感したのが、ではこの土曜日午前中の授業を廃止した後、授業時間数が純減するのか、それともこれまでお休みだった水曜日に授業が行われることになるのか、そのあたりのことが全く明らかにされなかった、という方針の打ち出し方でした。新聞でも様々なオプションが話題となっています。まずは一番問題になっている部分のみを明らかにして、その後に出てくる問題については世論の動向も踏まえながら改めて解決策を探っていく、という方式が採用されている、ということであるように思います。最初から全てを固めてもっていこうとしないあたりが、日本との違いになるでしょうか。政策決定における自由度が高いようにも思います。が、教職員組合、保護者組合が強力に意見を主張し、場合によってはデモの嵐が吹くかも知れません。そういう意味では自由度は低いのかも知れません。フランス流政策転換の在り方を垣間見た、そんな発表でした。さて、どうなっていくのだろう。当面、目が離せそうにありません。

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jeudi, 27 septembre 2007

健康診断

朝は健康診断。血圧を測ってくれたおねいさんは白衣も着ておらず、一体何者なのだろう、というのが同僚と共有した感想でした。採血、胸部レントゲン撮影で終了。日本の健康診断の場合、前夜は何時以降は飲み食いをするな、とか、当日朝は何も飲むな食べるな、という禁令が出ていたように思うのですが、こちらでは注意事項としては朝食は出来れば控えるように、という柔らかい指示があるのみでした。昨晩、23時過ぎまで飲んでいた結果がどうでるのか、楽しみです。
次から次へと降りかかってくる諸案件を処理し続けていたら、いつの間にか22時を過ぎました。ぼんやりしている時間がなくこの時間まで到達すると、正直少々疲れます。
今日は最低気温が8度、最高気温も14度と、まるで晩秋のような一日でした。早くもコートが手放せません。地球は本当に温暖化しているのだろうか。長い冬になるかも知れません。

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mercredi, 26 septembre 2007

多忙な一日

朝、ホテルを出て、観光案内所へ。その前から出るというリムジン・バスを待つこと20分あまり。タクシーが規制緩和に反対して全国的にストライキを打っているらしく、皆、リムジン・バスを利用するため、かなりの乗車率となりました。しかも日本人が半分以上。サポーターの皆さんがこんなにボルドーまで来ていたんだ、と改めて感動です。
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8時半発の予定が8時40分発、30分で着くとホテルの人は言っていたのですが、空港到着が9時半前。10時05分発の便ということもあって、まさにぎりぎりのチェックインとなりました。ボルドーからパリまでは1時間。定刻出発の定刻到着。空港からは車で市内に出たのですが、こちらも道が混んでいたこともあり、通常30分のところ1時間を要しました。
お昼は床屋さんで髪の毛を切ってもらった後、我が家に帰ってきて冷凍ピザ。午後は溜まったメールの処理を行いつつ、夕方には高等師範学校の関係者との面会。このエコール・ノルマルという学校、日本では東大、早稲田、慶応、立命館といった大学と協定を締結しているようです。何故京大がないのか。率直な疑問でした。それにしても、「理系」が充実している、といったことは、少なくとも日本ではあまり流布された情報となっていないのではないか、と思います。
夜は職場の同僚の歓送会、歓迎会、元同僚のお誕生日祝いを兼ねたカラオケ大会。いつも通り食べ放題としたのですが、いつも大量の食べきれないお寿司が出てくるのを反省し、今日はその量を減らして貰い、必要に応じて追加するというやり方をしたところ、大変美味しく食べることができました。分量は味覚にも影響を与えるのかも知れません。
翌日が健康診断日ということもあり、大変リーズナブルな時間に終了しました。多忙な9月もあと数日で終了です。

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mardi, 25 septembre 2007

日本vsカナダ戦【ワールドカップ・ラグビー2007】

午前中の会議の後、早めのお昼を済ませ、オルリー空港へ。「Navette」という名称の飛行機に乗ること1時間でボルドー空港に到着しました。普通の家が滑走路のすぐそば近くまで立ち並んでいるのには少々驚き。
ボルドーに来るのは11年振り。前回は市内の一部を見て、オペラ観賞、そしてサンテミリオン訪問、というコースでした。運転手さんによれば、ボルドーは人口26万人、ボルドー市の周辺の市街地も合わせると人口は90万人になるそうです。千葉市より少し少ないか、世田谷区より少し多い、といった程度でしょう。目に付いたのは、パリのような高層の建物が少なく、2階建てくらいの建物が多いところです。こういう2階建ての建物、古いものは17世紀以来の建物だそうで、ブルジョワ地区に多く建っているとか。
試合会場は病院のすぐ隣り、ブルジョワ地区が切れるあたりにありました。既にしてお祭りムードとなっており、なかには柔道着を着て、顔には日の丸のペインティングをしたフランス人たちが、ビールを手に盛り上がっている。喜んでいい、、、のでしょう。
Dscn2921_2試合開始前、シド・ミラーIRB会長とベルナール・ラパセ・フランス協会会長の挨拶が行われました。この両名が見に来ているというのもまた凄いことです。「ラグビー小国」のゲームを重点的に見て回っている、ということなのでしょうか。そのシド・ミラー会長の挨拶の中で、カナダ・チームも心してかからなければならないよ、という文脈のもと、先日の日本対ウェールズ戦での「90メートルのトライ」の話が出てきていました。同会長にも強い印象を与えたトライだったのでしょう。なんだか嬉しかったです。
さて、日本代表にとって今回のワールドカップ、最後の試合は18時にスタートしました。
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試合開始10分そこそこで日本代表がトライを決める、という夢を見ているような展開。ただ、キック・ミスが多く、また、敵が群れている中に突入していく場面が多く見られ、また、パスを回さないというマズイ攻めも多かったです。カナダチームにボールを支配される場面が多く、ゴールライン直前での揉み合いには気を揉みました。が、何とか無事に前半を終了。その段階で5対0で日本がリードしていたのですから、凄いことです。
そして後半戦。あっという間にトライを決められたのには少々へこみましたが、コンヴァージョン・ゴールは外してくれてちょっと安心。と、長い長いゴール前での揉み合いが繰り広げられ、「あ、こちら側に日本選手が誰もいないなぁ」と思っていたら、その隙間を見事に突かれてトライ。キックも成立し、12対5と追う立場となりました。ああ、また負けるのかなぁ。
危機が続く中、スタンドから「Ja-pon, Ja-pon」の連呼が始まり、やがて会場全体が日本チームのサポーターのような様相を呈してきました。フランス人の「判官贔屓」故か「弱きを助ける」メンタリティー故か、そのあたりはよく分かりませんが、とにかく日本チームの頑張りが観衆に伝わったのか、めげずに突入の試みを繰り返す日本代表に対して、会場が一丸となって応援してくれる。
時間は既にロスタイムに入って4分を経過しようとしている。ゴール前でのねばり強い最後の押し合い。そんな時、すっと抜け出た選手がゴールラインの向こうにいました。あれっ?。思わず隣の人に「トライ、、、ですか。」と尋ねてしまう。そんな唐突に訪れたトライに対して会場が総立ちになって歓声を送っていました。これで12対10。コンヴァージョンが決まれば12対12の同点。と、そんな計算はしたものの、キック位置はかなり角度がついた難しい場所からです。皆が固唾を飲んで見守る中、キッカーがゆっくりとボールを蹴った。低い弾道のボールがバーのところを通り過ぎた。と、2名の線審の旗がさっと上がる。会場が興奮の坩堝となりました。試合そのものはその時点で終了。同点での幕引き。隣にいたオーストラリア人ともがっちりと握手。Dscn2928両チームをねぎらう拍手はいつまでもいつまでも続き、大きな日の丸を持って会場を一周した日本代表チームには惜別の拍手が送られていました。カーワン監督が選手一人一人をしっかりと抱きしめていたのが印象的。とりあえず負けはしなかった。そして、次の大会につなげることのできた、大きな引き分けとなりました。
試合終了後のレセプションでは、ボルドーの組織委員会の人といろいろと話すことができました。彼が言うには、こういう大会の招致は親方トリコロールだからできたこと、例えばフランス国鉄SNCFは今回の大会で単なるスポンサーとなっているだけではなく、代表チームの移動費用を全て負担(というか、ただで座席を提供している)している、4年後の大会を開催するニュージーランドでは大会実施経費の捻出が大変だろう、日本も2015年の開催に向けて頑張ってもらいたい。実際に大会を招致するとなった場合、いろいろと大変なことが発生しそうです。
その後、選手が泊まっている空港近くのメルキュール・ホテルで、選手と一緒の夕食会に参加する機会に恵まれました。カナダ選手と比較すると頭一つ小さく見えた選手達ですが、近くで見ると「こんなのが向こうから走ってきたら絶対に逃げ出すだろう。」という巨漢揃い。それでも小さいのですから、体格上のハンディはいかんともしようがないようにも思います。
大会ボランティアの人たちとも話す機会がありました。今回の大会では仏全土で6000人、ボルドーだけで400人のボランティアが活動している、とのことであり、彼らが運転しているプジョーの車は協賛企業であるプジョーから無料で貸し出されたもの、とのことでした。ボランティアの一人の息子さん(まだ小さい)は、母親が日本チームのボランティアを行っていることから日本チームびいきになってくれていたらしく、試合終了の後、引き分けが嬉しくてテレビの前で泣いていたとか。こんなところも嬉しいところです。
33810人の観衆を沸かせた「ラグビー小国」の試合を、IRBの会長と次期会長候補が並んで見ていた、ということは意義深いものがあっただろう、と思います。翌日の地元紙では、「Le Soleil s'est levé(太陽が昇った)」という見出しのもと、日本代表の活躍が1ページに渡って報じられていました。その隣りのページでは、ラパセ会長のインタビューが。次期ワールドカップの参加国を20カ国から16カ国に縮減する、という案に対して、明確に「反対」と言っていました。まだ試合を見る前のインタビューでもこれだったのですから、あの試合を見た後であれば、そのスタンスはさらに強固なものになっているだろう、と思います。
Dscn2938ボランティアの人が運転する車で劇場前まで連れて行って貰い、そこでお別れ。しばしの思い出散歩を楽しんだ後、HOTEL MAJESTICに辿り着いたのが25時。とりあえず今回のワールドカップ、日本にとっては終了。しかも良い終わり方だった。嬉しく気持ちの良い眠りに落ちていくことができました。日本代表の皆さんには、心から、お疲れ様でした、そして、おめでとう、と申し上げたいです。

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lundi, 24 septembre 2007

月曜日の会食

今日はフランス人の友達との会食でした。21時スタートで23時半まで。リーズナブルな時間に終了できてよかったです。
日本で夏のヴァカンスを過ごした彼、東京、佐渡島、京都、奈良と、日本を満喫していた様子。温泉旅館の浴衣姿もありましたが、日本に住んで約2年になる彼の友人と比べると、まだまだフランス人でした。逆に言えば、日本に行って2年になる彼の友人は、すっかり浴衣姿が板に付いている。どこがそうなのか、よくは分かりませんが、その土地に長く住んでいると、何かしら受ける影響というものがあるのだろう、と思います。
もう一つ、発見だったのは、フランスでは釣りは狩りよりも低く見られている、という、フランスの書物にあったことは、広く共有された考え方だった、ということでした。オペラの話から釣りの話に話題を切り替えた時に、突然眼差しが好奇のそれに変わったのに気付き、問うてみたところ、「その通り」とのこと。国によって見方がこのように違うのか、というのは発見でした。
明日はボルドー出張、日本vsカナダ戦を観戦してきます。

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dimanche, 23 septembre 2007

CAPRICCIO@ガルニエ

1週間の疲れを取る12時までの爆睡の後、今日からオペラの新シーズン。ガルニエでカプリッチオを観てきました。

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(写真:パリ・オペラ座HPより)

Richard Strauss (1864-1949)
Capriccio
Conversation en musique en un acte (1942)
Livret de Clemens Krauss et Richard Strauss
En langue allemande

Direction musicale Hartmut Haenchen
Mise en scène Robert Carsen
Décors Michael Levine
Costumes Anthony Powell
Lumières Robert Carsen et Peter Van Praet
Chorégraphie Jean-Guillaume Bart

Die Gräfin Solveig Kringelborn
Der Graf Olaf Bär
Flamand Charles Workman
Olivier Tassis Christoyannis
La Roche Jan-Hendrik Rootering
Die Schauspielerin Clairon Doris Soffel
Eine Italienische Sängerin Elena Tsallagova
Ein Italienischer Tenor Juan Francisco Gatell
Monsieur Taupe Robert Tear
Der Haushofmeister Jérôme Varnier
Acht Diener Jason Bridges, Igor Gnidii, Mihajlo Arsenski, Etienne Dupuis,
Bartlomiej Misiuda, Johannes Weiss, Vincent Delhoume, Mark Richardson

Orchestre de l'Opéra national de Paris

案内係の人から配役表をもらって気付いたのですが、このオペラ、幕間がない。2時間半の間、ずっと見続けなければならないことに気付き、プログラムを買いに行きました。今日の座席は天井桟敷の3列目。前の席との間がそれほどまでは狭くなく助かりました。
開演10分前に「携帯の電源を切ってください。」のアナウンスが流れ、随分早いなぁ、と思っていたらすぐに劇が始まりました。そして開演時間の14時半、シャンデリアの光が無くならない中、弦楽6重奏が始まります。カーセンの演出では「ローエングリン」でも最初から幕が開いていて劇が始まっていました。こういうのが好きな人なのかも知れません。暗い舞台裏で劇が始まり、途中舞台奥にきらびやかなサロンが覗くところも、ローエングリンに似たところがあります。他方、最終シーンへの舞台転換で、一旦降りてきたガルニエのだまし絵の緞帳が再び上がるとそこに全く同じだまし絵の緞帳が下りていたり、鏡の向こうに映るもう一人の伯爵夫人に全く同じ格好をした別人を使っていたり、伯爵夫人が退場していくところでは舞台装置が全て上がっていってスタッフの人たちが待ち受けていて、舞台裏のセットの灯りが全て消えた向こうにバレエの練習をするバレリーナが一人残って練習を続けていたり、と、現実と劇とがいくつも入れ籠になったような構造が作られていたのには感心しました。「オペラは詩(言葉)が先か音楽が先か」という、このオペラの主題の一つである解きようのない問いは、そのまま置くとして、人生と劇との複雑な相関関係をちらりと見せてくれたような、そんな素敵な演出です。
指揮者のヘンシェンの指揮は極めて流麗。ベームのCDでは感じなかった感興の高まりを覚えたのが、フラマンの愛の告白を受けた伯爵夫人が一人舞台に残ったシーン。伯爵夫人の心の高ぶりをそのまま楽譜にしたような音楽は、波のようにうねって次から次へとこれでもかと感情を刺激してきて、その官能的なまでの美しさには舞台が霞んで見えるほどでした。あの部分を聞くためだけにもう一度時間があれば来てみたい、そんな気持ちになりました。
歌手では、誰か一人がずば抜けてはいないものの、チームワークの良さがありました。伯爵夫人のクリンゲルボーンの控え目でありながら確実な歌唱は安心して耳を委ねることができましたし、フラマン役のワークマン、オリヴィエ役のクリストヤニスは伯爵夫人を支える2大衛星といった風。劇場支配人役のロータリングは、ワグナー(例えばバスティーユのローエングリンでハインリッヒ王や、ミュンヘンのマイスタージンガーでハンス・ザックス)では声が聞こえないのですが、ガルニエ程度の箱であまり分厚いオーケストラを背景にしない限り、十分に立派です。伯爵役のベールさん、クレロン役のソフェルさんも、伯爵夫人を立てる堅実な歌唱でした。こういうオペラでは、スーパースターが不在の今日のような配役がちょうどよいように思います。

カフェ・ドゥ・ラ・ペでお茶をした後、日本食材屋で買い出しをして早々に帰ってきました。オペラの新シーズン、幸先の良いスタートを切ることができたようです。

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samedi, 22 septembre 2007

秋風フリーガン

7時半にBさんの宿泊ホテルで待ち合わせ・出発。清々しく晴れてくる中、ノルマンディーへの道を走ります。こんなに晴れた中、フリーガンに行くのは今シーズン初めてかも。と思っていたら、高速を降りてしばらくして靄が立ちこめてきました。こんな靄の中フリーガンに行くのも初めてかも。
ボーさんとは9時過ぎに落ち合い、「やっと気候がよくなってきましたね。」などと数語を交わしてお別れ。ルロワールに行くお客さんとおぼしき人が、「良い竿ですね。」と我がペゾンのことを誉めてくれました。
まだまだ靄が引かない中、Bさんに一通り上流域の御紹介。驚いたことに、ボーさんが言っていたとおり「魚が動いている。」最初の柳の下に2匹、次の大柳の下にはさらに数匹、その他平場の流程にもちらほらと、かなり大型の魚たちが泳いでいるのが見える。こんなに魚が見えるフリーガンも初めてで、期待は高まります。
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Bさんと一緒にゴーチエ釣法。少しずつ晴れてくる靄。そして釣れない。キャストする竿の影に気付いて飛び去っていく魚。インジケーターなどを付けていたら、その着水だけですっ飛んでいきます。相当手強いぞ。ところどころでライズはあるものの、おそらく相当小さな魚である様子。最上流域、橋桁のところからサイトニンフィング。一度、モンカゲロウ・パターンのニンフにグレイリングが殺到したのが見えたのですが食わず。二度目からは例によって無視される。今日の特徴は、フェザント・テイルに全く反応がないことでした。ボサの下に定位していた奴が茶色の大きめ(18番)のヘアーズ・イヤーを食ってくれ、針に掛けるところまでいったのですが、合わせが不十分で外れてしまう。いつもに増して手強いぞ。昼食に戻るとき、大柳の上流に巨大なグレイリングが何匹も出ているのに気付き、出来心でフライを流し込んだところ、いけないものでも見たかのように一匹が騒ぎ出し、それを受けて大柳の下に隠れていた奴らも含め10匹をこえる巨大グレイリングたちが蜘蛛の子を散らすかのようにあたふたと四方八方に泳ぎ去っていきました。そんなに嫌わなくてもいいのに。。。
太陽の光を受けながらの昼食。二人でワインを1本空け、日が短くなっていることから昼寝はせずに再び釣りに戻ったのですが、これまた全く反応がない。これはまずいぞ。聞くとBさんは20センチ程度のチビグレイリングを2匹釣った、とのこと。ブリュッセルから来て頂いてのボウズはない、ということに安心しつつ、自らのボウズの危機から、例のボサを覗きに行きました。水量が減っているために波がでて見えにくいものの、何匹かグレイリングが溜まっている。よし。と、26番のフェザント・テイルも含め、あれこれと流してみたのですが反応がない。しかたない。ビーズヘッドの赤マラブーを流し込んだところ待望の反応があったのが、37センチのグレイリングでした。
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ただ、その後は再び全く反応がない。魚たちが戻ってきてくれていた大柳の上流で、再び赤マラブーをくわえさせることはできたものの、合わせきれず。そのうち、フライが体に触っても無視。偶然とはいえ、尾びれでぴしゃりとはじかれてしまったニンフもいたりして、なんだか惨めな気分にすらなってくる。オレンジのマラブーに至っては背中の上に乗っかってしまった。マズイ、と思った瞬間、動き出したグレイリングの背びれにささってしまったようで、見事なスレ。ブーグレの逆転音が空しく水面にこだましました。
夕方、何かに盛んにライズしている魚を狙ってみたものの、これまた反応はなし。モンカゲロウが出ないイヴニングはライズもなく、20時半前には釣りを諦めました。Bさんはミッジでチビが中心ではありながら5匹を釣ったとのこと。さすがです。
パリまで戻ってきて、スージーでケンフラさんも交えての夕食。フリーガンの難しさ、OVのこと、1時間ほどの釣り談義を楽しみ、今日のところは解散しました。ホテルまでBさんをお連れして本日の釣行は終了。秋のフリーガンの難しさには本当に閉口します。魚が見えるだけに悔しい。当たりフライを何とかして見つけたいものです。

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vendredi, 21 septembre 2007

エクサンプロヴァンス音楽祭

ボルドーでのワールドカップ・予選リーグ最終戦に向けた諸調整、10月の出張者3組に係る諸調整、フランス版人間国宝についてのレポートの作成等に忙殺された午前の後、衣川2号店にてエクサンプロヴァンス音楽祭関係者との会食を行ってきました。
パリ・オペラ座から音楽祭事務局への人事異動の話、メセナの話、他の音楽祭やオペラ劇場との関係、今シーズンのオペラ座の見所、パリ・オペラ座のオーケストラが上手くなったことやストライキが少なくなったのは今の総裁の尽力によるものであること、サルコジ大統領の公務員制度改革が再びオペラ座にストライキをもたらす可能性もあること等々、1時間ちょっとの間、ずっと話が続きました。日本では新聞社が主催で芸術関係の行事が行われることが多い、というのは、彼にとっての発見だった様子で、ル・モンドの発行部数35万部と読売新聞の発行部数1000万部の話をすると度肝を抜かれたような顔をしていました。いろいろとお世話になった彼が東京に行くということになると、少しでも力になってあげたい、そんな気持ちでの楽しい会食を終えると、午後は諸事務の片づけ。夜はラグビーワールドカップ、フランスvsアイルランド戦をTV観戦。フランスが負けなくてよかったです。
明日はBさんをフリーガンに御案内です。

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jeudi, 20 septembre 2007

日本vsウェールズ戦【ラグビー・ワールドカップ2007】

新しく職場に来た人の歓迎昼食会を挟んで、午前・午後と出張者のためのアポの取り付け、2008年に向けた日本語関係の行事の調整、ボルドーでのラグビーの試合に向けた出張準備等々、慌ただしい一日が過ぎていきました。久しぶりにフリーズ寸前まで行きましたが、さすがに慣れてきた感じです。
夜は早めの夕食を職場で済ませると、テレビで日本vsウェールズ戦を観戦。「90メートルのトライ」に一人歓声を上げていました。結果は敗北ではありましたが、あのような一瞬を見せてもらえたことを嬉しく思います。
さて、カナダには勝てるのか。中4日でしっかり休養してもらいたいです。


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mercredi, 19 septembre 2007

何気ない会食

職場からも我が家からも近いケバブ屋で職場の別の部署の同僚と昼食を取りながら、ふと思いました。お互い、特に何を話すでもなく昼食を取ることができるというのは、案外幸せなのかも。「会食」と称してお互いを探り合いながら食事をするのもスリリングではありますが、ギヴ&テイクのない何気ない食事を一緒にできたということ。少しだけ童心を取り戻すことができた、そんな初秋の昼休みでした。仕事は相変わらず押し寄せてきます。

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mardi, 18 septembre 2007

9月の初冬

今朝は最低気温が4度まで下がったそうで、出勤時にはコート姿の人もちらほら見えました。残暑という言葉・概念は存在しないのか。四季の移ろい方はどうなっているのか。夏が来ないなぁ、と思っているうちに、早くも冬が到来したような、そんなパリです。

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lundi, 17 septembre 2007

OVの幸福

5時に起床、5時半過ぎには北西に到着、釣りを始めました。さすがに月曜日とあって、ほかの釣り人は一人もいません。気温は17度。温かいです。空は分厚い雲に覆われていて、昨日の西風はちっともおさまっていないどころか、一層強くなったような印象。ルアーも押し返されるんじゃなかろうか。こりゃ雨が降るな。
昨日以上に水が引いていて、消波堤の面積がさらに広がっている。そんな中、風に乗せてフライを飛ばすも、魚の気配は全くない。竿を立てるとぐっと重さを感じるものの、これは風圧のせい。そんな中、6時半過ぎに霧雨が横からレインジャケットに降り付けてきて、まるで砂粒を吹き付けるような音がし始めました。そろそろきたぞ。7時には周囲がやっとぼんやりと明るくなってきて、水墨画のような光景が目の前に広がる。と、霧雨がたたきつける雨に変わりました。「バチャン」魚が跳ねた。あれ、活性が上がってきたのかな。本湖側に沈むモー浜を放り込みそのままにしておく半放置プレイを。

と、急に「ゴクゴクッ」と当たりが。合わせをくれるまでもなく、ラインが持って行かれました。念願のヒット。3日目にしてついにこの時がやってきた。先ほどまでの墨絵の世界が急に鮮やかな色に彩られ、このまま変わらないだろう、と思っていた暗い未来が、突然に薔薇色に変わりました。竿を高く掲げる。リールが甲高い悲鳴を上げる。バッキングが引き出されていく。そしてジャンプ。もてなかった男が急にもてはじめたような浮かれた気分。
取り込みまでに何分かかるか計ってみよう。時計を見ると7時5分。背中のランディング・ネットがレインジャケットの下に入ってるな、取り出しておかないと。どういう風に写真を撮ろうか、雨でカメラが濡れないようにしないとな。振り返ってみれば、魚の動きが止まった時のこの一連の思念が、この後に来たるべくして訪れた悲劇の原因でした。
目の前の課題を直視してそれに集中して取り組むことを止め、将来の幸福を夢想しつつその幸福を確かなものにする努力を怠り、浮かれた気分のまま「取らぬ狸の皮算用」に走った愚かな男のスキを奴は見逃さなかった。ランディング・ネットをマグネットから外し背中に垂らしたその時でした。奴は急にこちらに向けて走り始めたのです。こういう時はラインを左手で素早く手繰るなり、あるいは後ろに走るなりして、ラインのテンションを一定に保っておかなければならないはずなのに、左手の準備ができていないためにリールを巻くなどという愚行に出てしまい、垂れたランディング・ネットが気になって後ろに走れない。次の瞬間、岸辺にだらしなく垂れたラインから生命反応は消えていました。。。
悄然と消波堤に立ちつくす自分。思い描いた幸福な未来が灰燼と帰してしまったこと。それは誰のせいでもない自分の責任であること。自責の念、恥ずかしさ、喪失感。夢だ、夢だったんだ。最初から何も起こらなかったと思えばいいじゃないか。いや、これだけラインが出ているのは何かが起きた証拠だろう。ラインが切れたんじゃないのか。いや、フライはちゃんと付いているぞ。もしかして10番のフックが伸ばされたんじゃなかろうか。いや、しっかりカーヴしているぞ。天を仰ぐ。前線が去っていったせいか雨は止み、風向きも変わって湖面を気持ちよい程度の微風がそよいでいる。そして、孤独がいや増してくる。。。

人間の記憶というのは便利に出来ているもの。辛かったこと、悲しかったことを無意識のうちに追い出し、楽しかったこと、嬉しかったことのみが残るようになっています。夢想の愚かさは進歩を生み出す原動力でもあるような気がします。秋風の吹く湖上で悔恨の情をしっかり噛み締めた後には、次のような思念が湧き上がってきました。「これは明日につながる負け方だ。きっとそうだ。」「釣り」に「バカ」という言葉が連結することが多いことの背景には、人間の本質的な部分が暗示されているような気がします。

結局この1ヒットのみでこの日は終了。8時半には釣りを終え、宿に戻ってシャワーを浴び、閑散とした食堂で朝食を取った後、10時過ぎにホテルをチェックアウト。2週間後の幸福を根拠もなく確信しながらの出発となりました。

11時半にはベルギーに入国。ぴたっと車が止まるような渋滞に見舞われたりもしつつ、12時45分、ブリュッセルに到着。13時にグラン・プラスで昔の職場の同僚と待ち合わせ、LA ROSE BLANCHEなる広場に面したレストラン(Grand'Place 11 Grote Markt, Bruxelles 1000 Brussel)で昼食を取りました。「ワーテルゾイ」一品でお腹が一杯になる中、LE CIRIO(18 rue de la Bourse)でブリュッセル風ワッフルまで頂いてしまう。こんな食生活を続けていたらさぞや太ることでしょう。
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ブリュッセルを15時に出発、走ることおよそ30分余りで「PARIS」の表示が見えてきてひと安心。E19なるこの道路、走行車線はトラックで占拠されているような感じです。16時には「パリまで264キロ」の表示が出てひと安心。オランダからベルギーに入る時には存在しなかった税関の名残に、EUの歴史を感じたりもします。トヨタの工場があるヴァランシエンヌの近くを走っていたら、「PROCHAINE SORTIE, SITE TOYOTA(トヨタ工場へは次の出口で)」なる標識が出ていたのが印象的でした。
そのまま単調なA2→A1を走り続け、自宅駐車場には18時半過ぎに到着。早速洗濯機を回し、リールとロッドを水洗いし、ウェイダーとシューズを干し、簡単な夕食を取って、22時にはベッドに入りました。
「明日につながる負け方だったな。」幸福は天恵のように訪れる場合もあれば、幸福になろうとする意思を有する者に訪れる場合もある。3連敗に終わったOV釣行の豊かな思い出に満たされて眠りに落ちました。月末には再挑戦したいです。

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dimanche, 16 septembre 2007

大風のOV

OV2日目。朝5時に起床し、野ウサギが逃げ去っていくのを右に左に見ながら、6時に北西に入りました。気温は11度、微風が真東から吹いてきています。居着きの魚がいないかと丁寧に消波堤の両サイドを探っていくも反応はない。おかしいなぁ。やがて消波堤の先端部まで到達していました。少し湖に流れが出来たおかげか、海峡に浮かぶ藻の群れは消えていました。と、背びれが2度ほど見える。キャストするも当たりはなし。ううむ。
Dsc_7676向きを変え、明け初める東の空の下、本湖側に向かって遠くにキャストすること幾度か。6時45分頃、ぴくぴくっと小さなあたりがありました。ラインを持って行かれるまで、とぐっと堪えたのですが、結局そこで魚信は止まってしまう。ちょっと誘ってみようか、とちょんちょんと引いてみたのですが効果はなし。残念です。。。
7時にBさんに電話。入ったばかりというBさんからは、「渇水がすごい」との情報が。そういえば、消波堤の水際が濡れているのは、その分水がひいたからなのかも。その後約1時間、いい時間帯だったはずなのですが、全く反応はなく、すっかり心が折れてしまいホテルに戻りました。
以下、7時22分の太陽、7時29分の太陽、8時14分の太陽です。
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9時前、釣りを終えたBさん、きんさんとホテル前で落ち合い、朝食会場でしばしの意見交換。南に入ったお二人も釣れなかったとのこと。昨日早朝に入ったMさんも4回チャンスがありながらボウズで終わった、との情報あり。渇水も何かの原因なのか。きんさんによれば、消波堤の形が変わって見えるくらいの水の引き方だったらしく、一つ言い訳めいたものは見つかったものの、今日明日の釣りが思いやられます。。。
Bさんとは来週のフランスでの再会を期し、9時半過ぎにお別れ。部屋に戻ってふて寝を決め込むのもよかったのですが、せっかくオランダまでやってきてそれももったいない。天気も良さそうだし、昼寝するなら太陽の下でしよう、と気を取り直して再び北西へ。そして、駐車場半分を車が埋め尽くし、それぞれの車の後ろで黒いラバー・スーツに着替える人々の姿が目に入りました。ダイヴァーたちだ。。。同好の士たちとだけではなく、水辺が好きな人たちとも共生しなければならないのがここOVだった。
さすがに、あれだけの人がいる中を突っ切って釣り場に入っていく勇気はなく、また、その気にもなれず、北東に向かいました。ここでは、ダイヴィングをしている人たちはいるものの、湖に向かって左側からは釣りスペースとなっており、ダイヴァーたちを突っ切っていく必要もないため、気兼ねなく釣りができます。フラットを腰まで水に浸かりながらそろりそろりと歩き、消波堤に辿り着いたところ、そこで自分を待ち受けていたのは、今度は猛烈な南西からの風でした。。。
ヒューヒューと吹き付けてくる程度ならまだしも、ゴオォっと鳴りながら激しい波と同時に吹き付けてくる。風に背中を向けると、竿を1回ふるだけで手元に溜まった5メートルほどのラインがするすると伸びていって、「ジッ」とリールが呻く音さえする。それを活用して、消波堤の外側、岸辺に向かってフライを投げ、歩き続けたのですが、全く音沙汰なし。それでは、と、沈むモー浜を投げこんでそのままにしておく放置プレイを実施。文庫本をパラパラとめくったりして釣りの気配を消そうと試みたのですが、反応はない。見上げると風車が結構電力を稼いでいるのが目に入る。本湖側を見ると、ざぶんざぶんと波が打ち寄せてきていて、ダイヴィングの場所のさらに西側ではウィンド・サーフィンが風を帆いっぱいに受けて疾走しています。岸辺の旗は真横にはためき、芦が揃ってお辞儀している。これは難しいぞ。。。
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ただ、ここまで逆境も極まってくると、ただでは起きないぞ、という気分が昂じてきます。「よし、この風をついて投げてみよう。」いつも通りのキャスティングをしたところ、ロッドを振り切ってもフライは風で戻されてしまって、2メートルほどしか前に飛んでいない。それでは、と、昔ヴィデオで学んだダブル・フォールの基本を思い出して、シャープに左手の動きを加えてみたところ、何故か結構飛ぶようになってきた。「あれっ」が「よしよし」になるまで、何十回もキャストを繰り返しているうちに、フライラインが真っ向風を貫いて7メートルくらいは飛ぶようになってきた。さて、もういいだろう。
再びそろそろとフラットを歩いて車に戻り、昼食はお湯を注いで作るフランスのフリーズドライ、ビーフ・ストロガノフを食し、昨日に続きお昼寝タイム。
16時半頃、昼寝から覚めて、再び北東で釣り再開。きんさんが昔初めてのOVレインボーを釣ったというポイントを2本の桟橋の長い方から攻めてみたり、桟橋の足下を深く沈めて狙ったりしてみたのですが、全く魚の気配がしません。風は相変わらず激しく続き、波しぶきが上がっている。ううむ。
昨夕はぴたっと風が止まる見事な夕凪だった。今日もこの風は止むのだろうか。車に戻ってきて、「夕凪」という言葉を調べました。広辞苑で調べてみたら、夕方、陸風と海風が切り替わる無風の時、とある。和仏辞典で調べたら「calme crépusculaire du soir」、和英では「evening calm」と出ている。夕方に静かになるという事象自体は存在し、概念にも昇華されてはいる様子ではあるものの、どうも「凪」という独特な概念は存在なさそうな気がする。そもそも今ここで吹いている風は海風だか陸風だか判然としない。困ったものだ。

結局、19時過ぎ、最後は北西に足が向かいました。ダイヴァーたちの姿もほぼ消え、やれやれとダイヴィング・ポイントの上に立って眺めたところ、既に北東の消波堤上には5人、消波堤と岸との海峡付近に3名、それぞれ釣りをしている。一瞬、それでも突き進もうか、と思ったりもしたのですが、やっぱりちょっと気が引ける。ということで、湖に向かって左側の消波堤で今日の最後の時間を過ごすこととしました。ただ、ここでも北東ほどではないものの、相変わらず風の直撃を受ける。風よけの丘の向こうには、海辺の高台から浮かび上がったパラグライダーの群れが見える。こりゃ駄目かもな。。。

結局、この日は風に泣かされ、朝の1チャンスをものにすることができず、2日続けての完封負けとなりました。どっと疲れが出て、22時には就寝。明日こそは。。。

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samedi, 15 septembre 2007

OVな3連休

3時間弱の仮眠の後、0時45分に我が家の駐車場を出発。高速道路沿いの深夜のガソリンスタンドは料金前払い。柄の悪そうな連中もいたりして少々緊張します。サンリスの向こうの料金所をチケットを取って抜けると、その先は真っ暗な高速道路が延々と続く。2時20分にリールの料金所を越え、2時45分、国境越え直前の再度の給油。ここでも料金は先払い。それに、ここでも柄の悪そうな連中から、凄く訛ったフランス語で声を掛けられました。さすがは丑三つ時。あまり活動すべきではないのかも。
高速道路のすぐ脇に立つ工場やら倉庫やら、近代的で清潔な建物に異国情緒を感じます。3時ちょうど、ベルギーに入国。かつての税関跡は象徴的に残っていました。
高速道路の脇のパーキング、「SNACK」と書かれたフライド・ポテトの看板に、もしやこの道は11年前に走った道ではないか、などと思ったりしつつ、靄の中をテールライトを頼りに走ります。リールからゲントを抜けてアントワープに向かうこの路線、何故か荒れていて、かつ制限速度の表示がほとんど出てこないため、少々走りづらい。4時には無料のはずのベルギー高速でなぞの料金所を通過。狐につままれたような気分になります。それに、ロッテルダムに向かう道が何故か封鎖されていたおかげで反対方面に走ってしまい、深夜の異国で道に迷う羽目に。「地球の歩き方」を頼りにローゼンダール方面ということだけ念頭に置いて走っていたら、やっとロッテルダムの字が。やがてロッテルダムをこえるも、Oostvoorneの看板がなかなか出てこず、やっとその字を見つけた時にはやれやれと安堵に胸をなで下ろしました。
6時ちょうどにホテル前を通過。真っ暗闇の中、前回のリヴェンジを、と南に向かい、2台ほど車が止まっているのを横目に支度を調えいざ湖へ。先日、Bさんに連れて行ってもらってなかったらとてもたどり着けなかったでしょう。ヘッドランプに照らされた朝露に濡れた下草を踏みしめながら、対岸の灯りにぼんやり浮かびあがるOVに到着。いざ消波堤へ。
Dsc_7645キャストを繰り返すも、全く反応がない。とはいえ、およそ2時間弱ほどいた間に2回、ジャンプする魚を目撃。魚はいるのに食い気がない。別の盛り上がり方をしている様子。さて、どうしたことだろう。水温は16.5度、思ったよりも高い。8時前、爽やかな朝日の中、移動することに。前回良い思いをした北西へ。
Dsc_7646ここでは先客が一人帰って行くところでした。飛行機雲が幾筋も流れる明け初めた空の下、釣りはじめてはみたものの、こちらも全く反応がない。消波堤の先端まで、全く気配がしませんでした。のれんに腕押しを繰り返しているとやがて疲れてきて、10時前、急激な眠気に襲われ、フライを投げ込んだまま座り込んで眠っていたことに気付く。いやはや、これはまずいぞ、とフライをピックアップして消波堤に横になり、意識を失うこと30分あまり。案外どこででも眠れる自分に感動しました。
11時過ぎ、目覚めてとぼとぼと帰ってくる消波堤上で、日本人ルアーアングラー2人と偶然すれ違いました。聞くと一人がベルギー在住で、もう一人は日本から。この釣り場のことはネットで知ったらしく、はるばるやってきたらしいです。今朝は早くも4匹を上げたとか。リアクション・バイトが中心になっているのでしょうか。さすがに疲れていたのか、名前を聞くこともせず、ホテルへ。12時前にホテルに到着したものの、チェックインはできず。街の軽食やでシュニッツェルとポテトをテイクアウトし、「北」でフォールディング・チェアを引き出し、気ままな昼食。再び睡魔に襲われ寝入ってしまうも、太陽が雲で隠されると寒くなる。無意識のうちに車の運転席に戻ってきて、太陽の光で暑くなりすぎないよう、窓だけは開けて寝ていました。
Dsc_7650_217時過ぎに目覚め、再び北西へ。先客が5名ほどいたのですが、うち3名はこちらが装備を調えているうちに上がっていきました。消波堤の先端に向かう途中、巨大な尾びれを発見し、にわかにやる気が湧いてくる。が、やる気と反比例するかのようにモー浜に反応はない。ううむ難しい。そして、とっておきのエビ・フライ。
インジケーターを付けて放り込むこと数度。インジケーターを見つめる目の先にもじりのようなものが2つ、忽然と現れました。「あっ。」視線をインジケーターに戻した時、何故かインジケーターが水面の下をすいー、すいーと、気持ちよさそうに潜っている。「あっ。」合わせをくれるも見事に空振り。見逃し三振を喫した打者というのはこんな気分になるのでしょうか。深い自己嫌悪に陥りました。

やがて19時になると消波堤の上に残っていた2人も姿を消し、それから1時間半余りの間、暮れていくOVを一人で眺めていました。前回とくらべると随分南側に太陽が落ちていくんだなぁ。こんなに綺麗な夕焼け、明日は雨なんだろうか。べた凪だ。「夕凪」というやつだろうか。
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湖面には時折さざ波が立つ程度で、全くの無風状態となりました。湖面に流れが全くなくなる。と、海峡部分に藻が溜まる。1キャスト毎に藻が釣れる。そんな先に背びれだけを見せる魚がいる。。。
「魚の気配がない。」ということはなかったものの、3週間前の盛り上がりが嘘のように、食い気が全くないイヴニングが暮れていき、20時半、釣りを断念してホテルに向かいました。OVな3連休、スタートは完封負けです。

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vendredi, 14 septembre 2007

アポ申し込み

午前中、休暇をもらって12時まで寝ていたおかげで随分と疲れも取れました。10月、11月に出張で調査をしたい、という申し込みが殺到しはじめ、その調整だけで半日が過ぎていきました。
さて、明日からの3連休、3週間振りの釣りはOVです。今夜予定されていたカラオケ送別会が参加者がごく少なくなってしまったことから中止となったため、明日の朝も釣りをすべく、早々に寝てしまい、25時頃、出発する予定です。

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jeudi, 13 septembre 2007

一段落

トゥールーズを後にしてパリへ。空港では次の試合地に向かう日本代表とすれ違いました。他チームと比べると小柄に見える選手たち、日本人と比べるとものすごい巨漢達でした。あんな人たちが全力で走ってくるのを止めるのですから、外国チームのもの凄さがよく分かります。
職場に戻り、日本のお弁当を食べ、一瞬よだれを垂らすような昼寝をし、溜まっていたメールの処理で午後の時間を過ごした後、夕食をCercle du 17emeで。とりあえず一段落。明日は午前中年休をもらいました。溜まった洗濯物を片付けて、OVの3連休に備えます。エビ・フライの開発は現地で行うこととなりそうです。

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mercredi, 12 septembre 2007