今日は19時30分からのバスティーユはトスカに向かいました。11年前、はじめてオペラに触れたのがバスティーユでのこの演目です。演出はどう変わっているだろうか。楽しみにして出かけました。
Tosca
Melodramma en trois actes (1900)
Livret de Giuseppe Giacosa et Luigi Illica d’après la pièce de Victorien Sardou
En langue italienne
Direction musicale(指揮): Nicola Luisotti
Mise en scène(演出): Werner Schroeter
Décors et costumes(大道具及び衣装): Alberte Barsacq
Lumières(照明): André Diot
Chef des Choeurs(合唱指揮): Peter Burian
Floria Tosca(トスカ): Catherine Naglestad (A) / Sylvie Valayre (B)
Mario Cavaradossi(カヴァラドッシ):Vladimir Galouzine (A) / Marcus Haddock (B)
Scarpia(スカルピア): Franck Ferrari (24, 26, 29, 31 octobre et 3, 8, 17 et 20 novembre) / Samuel Ramey (25, 27, 30 octobre et 2, 5, 11, 13 et 16 novembre)
Cesare Angelotti(アンジェロッティ): Wojtek Smilek
Spoletta(スポレッタ): Christian Jean
Il Sagrestano Jean-Philippe Marlière
Sciarrone Yuri Kissin
Un Carceriere Christian Tréguier
A) 24, 26, 29, 31 octobre et 3, 8, 13 et 17 novembre
B) 25, 27, 30 octobre et 2, 5, 11, 16 et 20 novembre
Orchestre et Choeurs de l’Opéra national de Paris
Maîtrise des Hauts-de-Seine/Choeur d’enfants de l’Opéra national de Paris
まず、1枚余ってしまったチケットの処理のため、当日券売り場の行列に行ってみたものの、「2枚はないのか」という質問ばかり。2枚持っていた老夫婦のチケットは130ユーロの一番いい席であり、値段故に完全に敬遠されてしまっていました。ダフ屋が何度か見に来てくれましたが、やはり彼らへの転売は気が引ける。しばらくすると、もう一人、チケットを売りにおじさんがやってきた。聞くと50ユーロの席を2枚持っている、とのこと。彼にも買い手が付かない。「1枚だけなのか」との質問が飛んでいる。そこでおじさんと相談。「そちらの2枚、あるいはこちらの2枚が売れたら、残った1枚を相手に譲る、というやり方にしませんか。」交渉成立。ただ、当日券売り場では買い手が付かなかったことから、開演30分前、劇場正面入り口の方に向かいました。結果、ブルジョワ風淑女2人に対しておじさん所有のチケット2枚を譲ることができ、おじさんには自分が持っていた1枚を譲ることとなり、一件落着。おもしろい経験をすることができました。
さて、今回の演出、幕が開くとマリア像が右手前に立っていて、左手奥に大きな絵が描かれた額が置かれている。あれれ、何となく観た記憶があるぞ。もしかして16年前と同じもの?。開幕前におじさんと話したところでは、この演出は2003年に強い批判を受けたものではないか、とのこと。自分が観たのは1996年、それにしては似ているなぁ。第1幕と第2幕の幕間、プログラムを買いに行き、そこに掲載されていた写真で疑問が氷解しました。この演出は1994年に初演されたものであり、従って自分が11年前に観たものと同じもの。ただ、2003年には左手奥の絵が描き直され、デューラーが描いたような端正な顔立ちの女性の絵となった(以前は悲嘆に暮れて顔がすっかり崩れたような女性の絵でした)。2003年に批判されたのは、この絵の描き直しだった模様。自分としては今の絵の方が好きですが、今の絵の問題点というものもあるのでしょう。なかなか難しいものです。
ちなみに、かつてドミンゴもこの演出で歌っています。プログラムを眺めているうちに、そうだ、マリア・グレギーナがトスカだったなぁ、などと懐かしく思い出したりもしました。
ちなみに、第2幕は陰謀や監視を象徴するような複数の小窓の向こうで機械的な仕草が演じられ、第3幕は全体に傾いた数枚の板の上で処刑が行われ、真ん中に空いた大きな穴に向けてトスカがダイヴします。現代的といえば現代的なのかも知れませんが、象徴的なこの舞台、そもそもの原点だから、ということを差し引いても、自分は大好きです。それに照明がとにかくきれい。第2幕最後の場面、ロウソクに照らされたトスカはラ・トゥールの絵のようで、その静かな美しさには息を呑みました。
そんな大好きな演出の中、タイトル・ロールは昨年、ここバスティーユでサロメを熱唱・熱演して下さったネイグルスタッド様です。オーケストラの大音響にかき消されない芯のある歌声はそのままに、ドラマティックなトスカを熱演してくださいました。凛とした美貌、スタイルの良さ、美しさに磨きがかかったようで、胸の大きく空いた衣装はこの人のためにあるのではないか、と思えたくらい。トスカのような役は本当に役者を選びます。昨年来、楽しみにしていたのが見事に当たり、大満足でした。しばらくパリ・オペラ座への登場予定がなさそうなのが残念です。
恋人のカヴァラドッシ役のガルジーヌ氏は当初力みがあり、くぐもった声で、音程も少々フラットしている様子だったが、尻上がりに調子を上げていき満足の歌唱。ただ、しみじみ思ったのですが、カヴァラドッシというのはあまり報われない役ですね。第1幕でトスカと絡むいくつかの二重唱の後は、第3幕のアリアまでこれといった歌がない。第2幕後半では拷問を受け、第3幕では本当は助かるはずなのに何故か射殺されてしまう。気の毒な役回りです。
そんなカヴァラドッシよりも、トスカとの絡みという点では悪役スカルピアの方が魅力的です。時代劇に出てくる悪代官そのもののようでもあり、トスカの体だけが目当ての単純なセクハラ野郎と捉えることも可能かも知れませんが、「ちょい悪」を遙かに超えてある意味「単純に悪い男」というのもよい。その意味では、フェラーリ氏はまだスカルピアは荷が重かったかも知れません。2年前にここで「ラ・ボエーム」のマルチェッロ役で聞いた時には、同行者が「色気を感じ」ており、今年の2月の「ホフマン物語」での一人四役バリトンや、4月の「シモン・ボッカネグラ」で立派な悪役を演じてくれたのですが、今回の悪役は今ひとつ。声がちょっと疲れていたのか弱かったのも原因だろう、とは思いますが、ここまで「単純に悪い男」を演じるにはもう少し修行が必要なように思います。
音楽には時々ちぐはぐな感じを持ちました。オーケストラは少々雄弁すぎるくらいであり、またテンポが揺れるので歌手たちも合唱団も若干歌いにくそう。こういう演目では、もっと歌手を前面に押し出してくれ、音楽は背景に下がってくれる方が、聴いている方としては安心でき、心地よいのですが。。。その点だけは少々残念でした。
とはいえ、やはりこういう演目の場合、タイトル・ロールがよければそれが全体的な満足度に直結します。冒頭のおじさん(イギリス人だがフランスで40年近く生活しており、何度も日本を訪問しているらしい)も、「Glad to come」と言ってました。11年の月日を経て初めてのオペラ演目にここで再び触れることができ、その公演がすばらしかった。嬉しい土曜日の夜となりました。