日本の旅(7) 等々力、箱崎、成田



今日は東京を離れる日。仏壇に手を合わせ、目黒通りを挟んだ玉川神社で手を合わせ、水天宮前まで地下鉄に乗り、リムジンバスで成田へ。年の終わりの日、綺麗な晴天に恵まれた中、成田空港に到着。
そして、最終日なのにやってしまいました。財布をバスの中に落としたらしい。。。
スカイポーターの窓口に向かう途中、日本円を入れた財布がなくなっていることに気付く。さては、何故かバスの中までパスポートチェックの人が入ってきた時、シートの上に財布を置いてそのまま出てきてしまったか。全く。。。降車場所まで戻って係員の人に話をすると、「御出発の便は何時ですか?。」「11時55分です。」「まだ時間がありますね。すぐに調べます。携帯の番号を教えて頂けますでしょうか。結果を御連絡いたします。」とまことにキビキビした対応。
結局、まずは荷物をフランスのクレジット・カードで決済して引き取り、チェックインまでを行うことに。キャンペーンを活用して40キロまで増量していたところ、37キロになっていました。書籍類と焼酎鳥飼が効いている。ANAの窓口の人たちの顔にも「重」という活字が刻まれていました。
さて、ここで不思議に思ったのが、チェックインの係の人が当方のパスポートのVISAのページを見て、当方に「これだけでしょうか。何か別にお持ちですか?。」と聞いてきたことでした。当該VISAを受けて発行された当方のフランスでの滞在許可証を示したところ事なきを得たのですが、仮にそれを示すことができなかった場合、一体どうなっていたんだろう。そもそも航空会社の職員の人がそんなことまでチェックしなければならないのだろうか。違法滞在者を運ぶと航空会社にも何らかの責任が発生するのだろうか。それに、フランスの滞在許可証の内容を当該係員は理解できたのだろうか。なぜだかよく分からない身体検査は少々気味が悪いです。
荷物を預けた後、しばらくして携帯に連絡が。「お忘れ物ですが、バスの中で見つかりました。10時30分頃、先ほどの場所においでいただけますでしょうか。」とのこと。この間30分ほども経過していない。あっと言う間に連絡が行き、探査が行われ、発見された、ということなのだろう。大したものです。心から感謝し、受取書にサイン。学校教育と社員教育がしっかりしている国の素晴らしさを感じることができました。身勝手なものです。
携帯を返却し、すぐに金探をくぐりに行きます。ここで再び失態を演じてしまいました。
ペースト状のものはジップロックにまとめて入れておく、という、米国・欧州発のルールが日本でも適用されているらしい。ただ、当該規制の発祥の地により近いヨーロッパで飛行機に乗る際、自分が持っているペースト状のものと言えば歯磨き粉とヘア・ジェル程度のことであり、それがまとめて入っている洗面用具の袋を鞄から出しておけばそれで通過させてもらっていた。それで行けるだろう、と高をくくったのが失敗のもとでした。加えて、今回はおみやげとしてパリで購入しながら、誰にも渡すことができなかったロクシタンのハンドクリームのチューブも加わっていた。
金探出口で係員の人曰く、「洗面用具の袋(片側がメッシュ、片側は黒い布)に入っていては片方しか見えない、これでは本当に歯磨き粉のチューブなのかが分からない、ロクシタンのハンドクリームとあわせ、ジップロックの袋に入れてもらう必要があった、また黒豆の瓶詰めには汁が入っているが液体は持ち込めない、歯磨き粉、ハンドクリーム、黒豆の瓶詰めについては航空会社さんの方で別送していただく必要がある、カウンターで聞いてきて欲しい、別送が不可能な場合、この場で廃棄していただく必要がある。」
はぁ?。何だそりゃ。
歯磨き粉の廃棄程度ならまだよい。ロクシタンのハンドクリームは若干値がはるがまあ仕方がない。ただ、黒豆は大阪から友人が持ってきてくれたおみやげでもあり、別送して貰えない場合の廃棄という処分には納得がいかない。ということで、フランス人に対して時々行うように、強硬に主張を行いました。日本語でクレームを付けることができるというのはなんて素敵なことでしょう。
そうしたところ、先方の言い方が少し変わり、「ジップロックに入れていただけば構いません。」となった。一旦金探をくぐってしまっているのに「戻って右手の薬局があるところの売店で購入いただけます。」と。再び金属類を全部置きつつ、ジップロックを買って戻ってきたら、当該係員はその場におらず、その上司とおぼしき男性がいて、ジップロックに歯磨き粉とハンドクリームを入れるこちらを見ていました。ただ、黒豆の瓶詰めに入った液体は結局許して貰えない。ただ、幸いなことに、液体は廃棄されてしまうこととなったものの、豆自体は無罪放免、機内持ち込みを許して貰えました。「(豆を)落とさないよう注意してくださいね。」と言いながらポリタンクを抱えてくれる男性職員に、「まだ微妙に液体が残ってますから問題ですよね。」などとちょっと絡んだりしつつ、無事液体廃棄作業は終了。そのまま、全てを再び鞄に詰めて金探を後にしたのですが、最後まで得心がいかなかったのがジップロックの袋のことです。わざわざ210円ほどを払って買いに行ってきたのだから、歯磨き粉とハンドクリームをそれに入れてもう一度金探を通す、という位の役人芸は見せて欲しかったところ、何も言われずに終わりました。
一体何のためのジップロック購入だったのだろう。210円を使わせるためだったのではないか、と邪推さえしたくなる、不可思議な出来事でした。本場で何故あのような規制が始まり、ジップロックが登場したのか、という点は忘れ去られ、ジップロックが自己目的化しているような印象。本来の目的は忘れられ手段が目的化してしまう、という、我が国によくある光景でした。まあいいや。袋は今後、大切に使わせてもらうこととします。
今度はアップグレードもなく、非常口脇の足が伸ばせる席で12時間の空の旅を過ごすこととなったのですが、少々残念なことに大変寒かった。非常口脇だからなのかどうなのかよく分かりませんが、絶えず冷たい空気が循環しているような感じで、お世辞にも快適な空の旅とは言えません。まあ、おかげさまで本を2冊ほど、読み終えることができたのは有り難かったですが。
それと、往路ではスチュワーデスさんがこちらの名前までとりあえず覚えてくれてサーヴをしてくれたのが、エコノミーの悲しさ、こちらのクラスでの扱いの違いを痛感しました。そして、これは当たり前のことです。払っているお金が全く違うのだから、こうなるのは当然。当然を受け入れると、それはそれで幸福です。
煙草を吸っている頃であれば煉獄のようだった12時間のフライト、煙草を止めてしまうとあっと言う間の出来事に変わってしまいます。いつの間にかヨーロッパ上空を飛んでおり、いつの間にかパリ上空、そして、うとうとしていたら着陸してしまいました。ああ、パリだ。
飛行機の扉を出た瞬間、空港職員の人のそれでしょうか、香水の強い香りがして、パリに帰ってきたことを実感しました。ターミナル1の方では、ちゃんとパスポートに入国の判子をついてくれたのが嬉しかったです。
放置された荷物があったせいで、10分程度、機内預け荷物の引き取り所が閉鎖されてしまう、という、パリにありがちな事態も早速経験。荷物をピックアップした後、タクシーで市内に向かいます。ターミナル1よりも10ユーロ近く安く我が家前に到着。汗びっしょりになりながら、荷物を我が家まで運び入れ、2時間程度、仮眠を取りました。
21時15分、年末に日本で会ったばかりの同僚(里帰り中)と合流し、フランス人の友人の友人が主催する大晦日パーティーへ。シャンパンでの乾杯に始まり、一同が揃って食事が始まり、途中、0時を期にビズー(ほっぺたにキスをするあれ)大会となり、その後、再びお酒の立ち飲み。東京にいる仕事のカウンター・パートの突然の訪問などもあったりして、楽しい新年会となりました。その東京から里帰りしている彼がぼやいていたのが、日本に住んでいる彼がフランスに戻ってくるとさっぱりモテない、ということ。なんでも、「日本に住んでいると日本人の彼女がいるだろう、と彼女たちは思っている。そして、フランス人の女性は、日本人の女性にはかなわない、と思っている。だから、こういう場でモテないんだ。」ということらしい。単なる遠距離恋愛に対する警戒心だけではなく、日本人女性にはかなわない、という思いは、確かにその通りだろうと思います。フランス人女性もちゃんとわかってるじゃないか。感心感心。
新年を迎えたパリの通りは大変賑やかです(以下、次の記事へ)





































