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avril 2008

mercredi, 30 avril 2008

L'ECLUSE(Bar à vin)

出張で来る人、プライベートで来る人、いろんな人から、「ワインバーに行きたい」という要望が示されることがあり、そのたびに困っていました。ワインバーなるところにわざわざ行かなくとも、普通にレストランで美味しいワインが飲めるし、ワイン中心ならその辺のカフェ・ブラッスリーに行ってもいい。以前、L'ENOTECAというイタリアン・レストラン兼ワインバーのようなところには行ったことがありますが、バスティーユの方であり少々遠い。なによりイタリアンでありフレンチではない。
それでは、ということで、職場の近く、出張者の方の宿泊ホテルの近辺で、気軽に行くこともできるワインバーはないか、ということで、第1回はボルドー・ワインバーのレクリューズ(L'ECLUSE)にチャレンジです。
パリ市内に5カ所あるらしい店舗の一番西側、L'Ecluse Carnot(1, rue d’Armaillé, 75017 Paris, TEL: 01.47.63.88.29)は、地下も含めると60名程度は入るのでしょうか。こぢんまりとしたビストロ風で、休業日はなし、8時半から午前1時まで営業しています。ボルドーワインのみを出すワインバーらしく、それぞれの席にボルドーのAOCがついています。自分が座ったのは「POMEROL」という席でした。チーズの盛り合わせに牛肉のカルパッチョだけを頼み、せっかくなのでワインの味見をしてみることに。軽いものから重いものへ、とお店の人に助言をお願いし、結果、Grave, St.Emilion, Margaux, Pomerol, Pauillac、の順に味見をさせてもらいました。前のワインを少し残しながら、次のワインを頼んで飲み比べをしてみると、その違いが明瞭に分かります。マルゴーあたりから少しずつ獣臭い、というか、ちょっと癖が出てくるのが感じられ、良い勉強になりました。そして、それぞれが100ccの味見分量とはいえ、5杯となると500cc。昨晩のワインがまだ残っているような中での500ccはなかなか大変で、こちらもいい勉強になりました。

ローリング・ストーンズの「悪魔を憐れむ歌」がジョギングの際に気持ちがよいという村上春樹さんの文章に刺激されて、最新の映画のサントラになっているライヴ盤を買いに行き、そのついでに、とうとうPink Floydにも手を出してしまいました。オランダ行きの車内が楽しくなりそうです。

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mardi, 29 avril 2008

FOXの雨傘

週末晴れ上がった反動か、再び雨がちな天候となり、気温もぐっと下がりました。朝、車のタイヤが雨を蹴る音が聞こえると、ジョギングに行けないなぁ、ということになり、ベッドの中での時間が長くなります。
さて、そんな天候の今日は、ネット通販でイギリスから取り寄せたFOXの傘の使い下ろしをしました。日本から持ってきた傘がどこかで何かの拍子になくなってしまったのに気付き、それならば、と、日本出発前から欲しかったFOXの傘がネット通販されていないか、と「FOX UNBRELLA」でGoogle検索を行ったところ、見事にサイトが発見され、かつ、直販の通販までやっているのに気付き、早速に購入したものです。真っ黒の傘というのは持っていて、差していて、気持ちが引き締まります。いい買い物をすることができました。

ただ、「マーフィーの法則」というのはあるんだなぁ、と痛感。お昼時に晴れ間が覗いていたので傘を持たずに外出したところ、結構強い雨に降られることとなり、結局、びしょぬれで戻ってくることに。おかげさまで、ポンスレ通りのいかにもフランス風な小さなカフェでコーヒーを立ち飲みするという経験を持つことができましたが。

夜は21時に職場発、昨年まで一緒に仕事をしていた同僚がパリに出張に来た機会をとらまえての飲み会「Project U」に出席するため、マレ地区へ。スペイン居酒屋、CASA SAN PABLO(5, rue de Sévigné, 75004 Paris、TEL:01 42 74 75 90)は満席でした。タパス、バスク風鶏肉煮込み、イワシの塩焼きに舌鼓を打ち、さっぱりしたワインで喉を洗い、よしなしごとの会話を楽しむ、楽しい夜となりました。あまりに楽しすぎて、ワインを飲み過ぎてしまったのは反省点ですが。明日も走れないな。。。

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lundi, 28 avril 2008

腰をためて受け止めること

相変わらず細やかなことばかりが発生する今日は、時々忙しさに目が回りかけ、各所からの督促にめげかけたりもしましたが、何とか22時には職場を出ることができました。とりあえず腰をためて受け止め、それをメモに書き付けた上で処理を開始すると、電話を受けている時、メールを読んだ時、面と向かって指示を受けた時ほどには深刻な話ではなくなっているのが不思議です。足腰は若い頃から鍛えておく必要がありそうです。

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dimanche, 27 avril 2008

今年もソー公園で花見をした

Dscn3871朝は久しぶりにブローニュの森10キロ走。1時間1分、キロ6分少々というハイペースだったものの、暑くなり始めた空気の中、快適に走り終えることができました。時々、これをやっておくと体が軽くなります。それにしても、萌え立つ緑の勢いに気押されっぱなしでした。このままいくと道がなくなりそうなくらい、枝も草も茂り始めていて、すっかり景色が変わってしまっていました。初めて走った時には氷が張っていった池も青臭いにおいを発する直前といった風情。やがて蛇でも出てくるのかしらん。少しばかり心配です。

Dscn3875午後は今年で3度目となるソー公園での花見。気温計は26度を指している。すっかり夏です。地図はなくとも、「確かこうやってやってきたよなぁ」と、おぼろげな記憶を頼りに歩いてくると、果たしてそこに桜が咲いていました。慣れてしまったせいか、最初来た時ほどの感興はさすがにわきませんが、相変わらず見事な桜の庭です。14時30分頃到着したのですが、それからも日本人は増え続け、周囲は日本人あるいは日本人と一緒にいるフランス人ばかり、仏国内で日本人密度が最も高い場所となっていました。18時頃、俄に曇った空からぽつぽつときたことから花見は終了。シェフと一緒にいろんなことを語り合いながら市内まで帰ってきました。

久しぶりの10キロ走故か、夜も更けないうちから眠くなります。明日から再び忙しい一週間が始まります。

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samedi, 26 avril 2008

夏日の到来

予報上、最高気温が21度となった今日は、突然夏になったようでした。白いパンツを履いた女性が増え、黒い服は重すぎる印象です。今年もこの日が来たなぁ、と感慨深いです。

出張者の方をお見送りに行き、水曜日の夜、金曜日の夜に食事を御一緒できなかったことでお伝えできなかった事柄などをお伝え。我が家のそばのチョコレート屋さん、「A LA MÈRE DE FAMILLE」のマロン・グラッセ等をおみやげとしました。このマロングラッセ、一粒食べてみたところ、派手さはないものの、噛んでいくほどに栗本来の味が奥の方から湧き出してくるような感じで、結論として本当に美味しいです。tkさんのおすすめは確かでした。どこか栗きんとんに通じるものを感じます。いいおみやげとなりそうです。

夕方、パリ・マラソン以来のジョギングとなる3キロ走。およそ3週間のブランクで、いったいどうなることか、ちょっと怖かったのですが、キロ5分のペースで走ることができました。さすがに3周が限度で、心拍計はMAXの105%などと、意味が分からない表示をしてくれていましたが。汗が噴き出しやすくなって、新陳代謝が活発化しているのが分かるのも嬉しいです。明日はブローニュ10キロ走です。

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vendredi, 25 avril 2008

長かった一週間

長かった一週間が終わりました。昨晩のカラオケでつぶれた喉のまま、朝8時28分発のTGVでリールへ行き、シンポジウムに参加、昼食時間の密度の濃い打ち合わせの後、15時30分発のTGVでパリに戻ってきて、17時30分からの打ち合わせに参加、19時頃から溜まった仕事を片付けていたら20時過ぎにさらなる打ち合わせの呼び込みがあり、結局21時30分前に終了、疲れたので22時前に職場を出て帰ってきました。ゆっくり眠って、明日はジョギングを再開しよう。

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jeudi, 24 avril 2008

送別カラオケ

木曜日だというのに、カラオケ大会でした。シャウトあり、ダンスあり、陶酔ありの賑やかな送別会は、24時きっかりにお開きです。明日は朝からリールに出張です。
やっと咳が止まり、風邪がほぼ全快しました。土曜日からは走ることができそうです。3週間のブランク、筋肉痛がおそろしいですが。

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mercredi, 23 avril 2008

鉄火丼@おかめ

いろいろと忙しい中、お昼を「おかめ」のイートインで。ここの鉄火丼はマグロの切り身たっぷりで美味しいです。夜は参加を予定していた夕食会に参加できず、別の夕食会に参加することとなりました。読売交響楽団がフランス人指揮者を迎えることになる、とか。夕方の日差しの中、テラスで出されたシャンパンに、遅い春の訪れを感じました。

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mardi, 22 avril 2008

フランス滞在まるまる3年

今日、4月22日で、フランス滞在がまるまる3年となりました。2005年4月22日のJAL便でやってきた日のことがつい昨日のことのようです。自分は成長することができているだろうか。仕事の面ではどうだろう、少しは役に立っているのだろうか。残す1年でどこまで行くことができるのか、気持ちも新たに明日と向き合って行こうと思います。

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lundi, 21 avril 2008

オルセー美術館について

お昼はオルセー美術館の関係者との食事会。浮世絵の影響がナヴィ派のヴュイヤールにも見られる(彼は浮世絵を束で250枚ほど買ってコレクションとしており、浮世絵をモチーフにした絵も描いている)とのこと。おそらく二束三文だったそれの浮世絵は、現在、個人コレクションになっているようです。オルセー美術館には政府のお金は全体予算の50%程度ほどしか入っておらず、チケット収入で多くをまかなえているらしい。うらやましく思いました。ただ、職員数は600名程度だそうで、ルーヴルの2000名と比べるとさすがに少ないようです。おもしろいのが、特別展もほとんど主催で行っていることで、メセナに頼ることはあまりない様子。サルコジ政権下で今後どのように変わっていくのかは要注意ですが、文化普及に対する国の役割の大きさを改めて感じました。

今回の風邪の最終段階と思われる、あるいはそうなって欲しい、咳風邪の段階に入りました。乾いた咳が出て、夜は咳止めを飲まないと眠れません。これを乗り越えれば、再び走ることができる。もう2週間以上、全く走っていないので、体がすっかりだれてしまいました。ただおもしろいのは体重はかえって減ってきている。筋肉が落ちているのだとすると問題ですが、ズボンが少し楽になってきているところからすると、やっぱり痩せはじめているのでしょう。いいことです。

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samedi, 19 avril 2008

静養の土曜日

晴れた土曜日、アポを2件キャンセルし、ゆっくり家で静養しました。おかげさまで、「あさきゆめみし」では源氏の院が亡くなるまで、読み進めることができました。あとは宇治十帖です。時々、マンガであっても感情移入してしまう箇所が出てきました。谷崎訳ではどうだろう。原文ではどうだろう。今後、十分に味わっていきたいです。
来週の食べ物を購入するためにスーパーに出かけたのが唯一の外出機会となりました。最近のマイブームである朝食青リンゴのため、リンゴを5つ、買ってきました。夜寝る前に皮をむき、4つに切って冷蔵庫に入れておくと、翌朝、大変美味しい朝食になってくれます。今後、皮をむくナイフも楽しんでみようと思います。それにしても、リンゴの皮むきをするなんて、いつ以来だろう。少しずつテクニックが向上していくのが分かるのも嬉しいですし、失われつつあった身体感覚のようなものが戻ってくるのも嬉しいです。

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vendredi, 18 avril 2008

BOSE COMPANION 3の復活

先々週の土曜日に修理に出したパソコンのスピーカー・システム、BOSE COMPANION 3を引き取りに行ってきました。BOSEのフランス工場で、どうやら現行機種のある部品を活用しての修理が行われた様子であり、手数料と修理費をあわせて174ユーロを要しました。日本でだったら1台、同じ機種が買えるくらいの額となりますが、直せるものは直して使った方が、荷物も増えず、環境にも優しいのでよいです。帰ってきて、背広も着替えないで接続し、復活1曲目はBanglesのManic Monday。中音域が急に痩せたような印象を持ちましたが、低温の響きに慣れてしまうと、この気持ちよさは何ものにも代えがたい。再び、豊かな音楽生活を送ることができそうです。
お昼に今度日本に帰る同僚を送る送別会をLes Messuguesで。同じ時期に赴任した同僚が一足先に帰るのを見送るのは、なかなか切ないものがあります。パリの街角での馬鹿話、今度は新宿あたりで、でしょうか。
今回の風邪はほぼ治まりつつも、喉のいがいがと頭痛が抜け切りません。今週末も大人しく過ごすことになりそうです。週末と夜に活躍し、週の間は体調不良で休暇を取ったりする、そんな人もいるようですが、なかなかそこまで大胆にはなりきれません。

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jeudi, 17 avril 2008

あさきゆめみし

日曜日の夜に注文した「あさきゆめみし」全7巻セット、今朝、届いてしまいました。恐るべしamazon.co.jp。ただ、通関料と付加価値税が取られるため、結局、定価の倍額くらいになってしまいます。それでも普通にパリの日本語書店で買えば3倍するのですから、買うべきものが決まっていて、かつ早く入手したいのなら、amazonでの注文が一番だろうと思います。
昼休みに読み始めてしまったのですが、これはやばい。ずるずると少女漫画ナイズされた源氏物語の世界に引きずり込まれてしまう。これも一つの入り方なのでしょう。同僚から聞くと、高校の古文の先生もすすめていたとのこと。創作の台詞も多数紛れ込んではいるものの、話の筋は忠実に原作をたどっているようですし、なにより登場人物たちが美しく描かれている。あんなに綺麗に鼻筋が通って目の大きい美人はフランスにだってそうそういるものではありませんが、そのリアリティの欠如が物語の世界への耽溺を一層促進してくれます。
朧月夜の唇の赤さ(白黒なので黒で塗ってあるのですが)はなかなかに印象的でした。明石の君がいい、という声はその通りだと思います。でも、やっぱり紫の上が美しい。あっという間に読み切ってしまいそうです。

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mercredi, 16 avril 2008

一進一退

昨日よりも朝の喉の痛みは少なくなったのですが、今度は咳が少々出る。喉が渇くと咳が出るので、トローチをもらって舐めたり、飴をなめたりして押さえるのですが、電話で話すとまだ咳が。。。なかなかしつこい風邪であるようです。
帰りに、20時過ぎでもまだまだ明るいモンソー公園の中を歩いて帰ったのですが、皆気持ちよさそうにジョギングしていました。いざ走れなくなってしまうと走りたくなる。「もう走らなくていい」と嬉しく思った10日前とは打って変わって、今は早く走りたいです。

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mardi, 15 avril 2008

牛焼き肉定食(おろしポン酢たれ)

風邪の方、随分と楽になりましたが、朝、起きがけの喉の奥の痛みはそのままでした。痛み止めを飲んでいた昨日までよりも痛さは強かったかも。鼻をかむと、粘度の高い茶色に近い黄土色の物体が出てきて、それで痛みが和らぎます。朝からイソジンで強制洗浄しています。
今夜は、日本食材屋で買い込み、冷凍庫の中で眠っていたしゃぶしゃぶ用の牛肉をフライパンで焼いて、おろしポン酢で食べるという、松屋の牛焼き肉定食と同じメニューに挑戦し、類似の満足を得ることに成功しました。250グラムも牛肉の薄切りを食べたのですから、スタミナが付いてくれたらよいのですが。

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lundi, 14 avril 2008

お弁当の時間

喉の痛みが消えきらない中、ついに抗生物質の投与を受けました。ちょっと時間が必要かも知れません。一刻も早く治しきってしまいたいです。
お昼ご飯はお弁当を。そろそろ飽きてきましたが、外が雨模様の天気だったりすると便利でよいです。それにしても、お昼に会議室でお弁当を食べながら新聞を読んでいると、通勤電車の中というのは知的消費を行うに意外と有用な時間だったことを思い知らされます。週刊誌の中吊り広告を眺めての情報収集、文庫本の読書、新聞の斜め読み、録音したフランス語ラジオ放送の聞き取り等、いろんなことが出来た片道1時間程度は、貴重な時間でした。お弁当の時間は、ある意味、その時間を少しでも取り戻すことができるので有り難いです。

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dimanche, 13 avril 2008

源氏物語を読み始める

昨日に続けて今日も、ほぼ一日、家の中で過ごしました。1時間だけ、日本食材屋さんに買い物に行ったのが外出の全てで、雨が降る中、大根を買って帰ってくることができました。そして、作って食べたのが、おろしポン酢で食べるステーキとマッシュのおひたし。食後にはリンゴと洋ナシも摂取。風邪の退散とその向こうにある健康体作りに向けて、着々と進んでいきたいところです。

昨晩から読み始めた谷崎潤一郎訳の源氏物語、今日は「若紫」まで読み進めました。
今年は源氏物語千年紀。フランスでも日本学の先生方を中心に静かなブームとなっているようで、絵巻の豪華本を作ったディアヌ・ド・セリエ社からは普及版も出版されるそう。所々をかじって読んだことはあっても、全体を通して読んだことがないこの日本が世界に誇る傑作を読むには、ちょうどよい年だろうと思います。
谷崎訳だけではよく分からないところは、「マンガ日本の古典」の源氏物語全3巻でイメージをつかみつつ読み進めます。さらには「あさきゆめみし」のコミック全巻をAmazon.co.jpに注文したりもしました。これに原文の文庫版が到着すれば完璧です。
ちょっとマラソンにも似た読書となりそうです。

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samedi, 12 avril 2008

体が欲しがる食べ物

喉が痛いのも随分おさまってきました。ただれた喉ともつながっているであろう鼻の奥の方に鼻水のようなものが溜まっている感じがして、上手く鼻をかんでそれを出してみると、土色の痰のような色をしている。それが出てしまうとしばらくは喉の奥の方の痛みはなくなります。出席予定だった午後の会議もお休みし、とりあえずの食料品等の購入にあてた土曜日となりました。
そして、なぜだか妙にほうれん草のおひたしが食べたくなり、ネットでレシピを調べつつ、先般の「日本料理アカデミー」のレクチャー・デモンストレーションも思い出しながら、顆粒出汁で作ったところ、これが存外美味しくできてしまいました。体が何かを欲しているのだろう、と思います。リンゴや洋ナシ、レモンといったあたりの果物に惹かれたのも、きっと理由があるのでしょう。
残された1年間の週末の使い方を企画したところ、案外少ないものの、いろいろと行事が盛りだくさんになりそうな様子が見えてきました。とりあえず、早く回復して、モンソー公園に出かけたいです。

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vendredi, 11 avril 2008

フィヨン首相の訪日

フィヨン首相が訪日し、公式行事が行われた今日は、午後から職場復帰することができました。案外早くに風邪を退治することができたのは、イソジンのうがい薬による喉の強制洗浄と、ボルタレンを初めとする各種鎮痛剤のおかげです。もとより熱があっという間に下がってくれたのがよかった。ただ、少しだけお腹には影響が残っています。
そのフィヨン首相の訪日、France Infoのニュースでは、相撲を馬鹿にした発言をして顰蹙をかっているサルコジ氏の失地回復、というニュアンスが強く込められた報道振りになっていました。他方で、新聞記事では、「確かな国、日本」と、中国一辺倒だった仏の外交が少し方向転換を始めているような書きぶりとなっていました。いずれにせよ、訪日した首相をかついで日仏交流150周年の記念レセプションを実施した東京のフランス大使館はさぞや賑わったことだろう、と思います。
明日も午後から仕事。早期完全快復を目指したいところです。

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jeudi, 10 avril 2008

再び喉をやられた

昨晩、食事会で向かいに座っていた人が、月曜日にものすごい咳をしながら同じ部屋で仕事をしていた同僚と日曜日一緒に過ごしており、風邪気味だ、と言っていたので、大変不安に思っていたら、その不安が的中。見事に被曝してしまいました。
夜、大変な寒気に襲われ3時頃まで眠れず、眠れたと思ったら5時頃凄い汗で目が覚める。そして今朝起きてみるとつばを飲み込むのも苦労するほど喉が痛んでいて、即座に休みをもらうこととしました。夜行われた講演会は絶対に聞きに行きたいものだったのに残念。
風邪をひいた時には無理に出ていくことはせず、ちゃんと休んで治す、少なくとも他人にうつさない、というマナーは徹底することが必要です。

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mercredi, 09 avril 2008

サボテンの花

出張者の方との夕食会の帰り、花をつけたサボテンを花屋さんのショーウィンドウで見て欲しくなり衝動買いしました。9ユーロです。後日太陽光のもとで撮影した写真がこちら。シンプルでよいです。
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今日はパリ・マラソンで撮影されていた写真の発売日。ネットで確認したところ、自分の雄姿がしっかりと画像に残されていました。一般写真とあわせて、CD-ROMもつけて、購入しておこうと思います。そしてさらに、同僚が録画しておいてくれた「FRANCE3」チャンネルの生中継に、カメラに向かって手を振りながらシャンゼリゼを走りおりていく自分の姿を見つけました。定点観測のDVDも売りに出されるそうで、マラソン記念ビジネスに絡め取られそうです。

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mardi, 08 avril 2008

出張者対応打ち上げ

今日は先日、ストラスブールから出てきて、東京からの出張者の方の対応に一緒に当たった同僚との食事会を、サン=トーギュスタン教会脇のL'EVATIONで行ってきました。ここの料理、アラカルトで頼むしかなく、また一品が20から30ユーロと高めに設定されているため、前菜・メイン・デザートと取るとワイン・水を含めて100ユーロ程度になってしまいます。ただ、分量が大変に多い。今日は4名ともにメイン+チーズとし、チーズはお店で準備している2種類のチーズを1人前ずつ頼み、それを皆で分ける、というやり方にしました。ワインのチョイスもお店にお任せで、いいものを出してくれるのもよい。いろいろな苦労話や馬鹿話に花が咲き、楽しい時間を過ごすことができました。
さほど筋肉痛が激しくならなかったのは、ちゃんとBoisson de Récupération(回復飲料)を飲み、しっかりストレッチをした上で、焼き肉を食べたからかも知れません。モンソー公園を走っている人たちの中にも、少し脚を引きずり気味の人がいたりして、「あ、おととい走った人かな。」などと思ったりするのも一興です。

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lundi, 07 avril 2008

マラソン打ち上げ

さすがに筋肉痛に襲われたマラソン翌日、職場の会議でエピソードを披露してくださった同僚もいて、なんだか照れくさい気分でしたが、それでも皆さんから拍手を貰えると嬉しいものです。
ぽっかりと余裕が出来た今日は、完走組3人で松ちゃんで焼き肉を食べてきました。断絶した筋肉を早くつなぎ合わせないと。スタミナの回復と筋肉の修復には、やっぱり焼き肉と御飯が一番です。早くも次回のレースの話が出てきたりもして、喉元過ぎれば熱さを忘れるとはまさにこのこと。
帰ってきてパリ・マラソンのサイトを見たら、各人の記録が検索可能になっていました。前回のハーフでは名前での検索が可能になっていましたが、今回はゼッケン番号による検索のみが可能に。そして、自分の実測記録は4時間24分01秒となっていました。メダルにタイムを彫り込んでもらおうかしらん。少し誇らしいマラソン翌日の夜です。

聖火リレーは、テレビで放映されていたとおり、祝祭の気分も何もない、まるで軍事パレードのような様相を呈していました。黒いサングラスの中国人(?)の集団が何とも不気味です。

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dimanche, 06 avril 2008

Marathon de Paris 2008

5時30分に目覚ましラジオが鳴り始めて起床。食事は御飯に梅干しに昆布に納豆にみそ汁という純日本的なものをとり、さっとお風呂に浸かった後、制服に着替え。今日も前回と同じ「シャア専用」ウェアとしました。若干、気温が低いのが気になりましたが、走り出せば体も暖まって何とかなるだろう、という甘い見込みのもと、ルックスを重視した選択を行ってしまいました。これが失敗だったことは、ヴァンセンヌの森で思い知らされることとなります。
ストレッチで体をほぐし、蒲生麻由さんと一緒に本マラソンに参加されるという金哲彦さんのHPを見たら既に今朝の記事が一つアップされている。凄いなぁ。こちらもそうそうのんびりしては居られず、忘れ物がないよう気を付けながら家を出て、一緒に出場する同僚たちと合流するために職場へ。そしてその道中、手袋を忘れたことに気付きました。これもヴァンセンヌの森で後悔することになります。
同僚達と合流、8時10分に職場の建物を出てスタート地点へ。凱旋門広場に出ると、既に大勢の参加者が寒空の下、思い思いに体を動かしていて、スタート地点となるシャンゼリゼ通りとバルザック通りがぶつかるところに大きなゲートができています。目標タイム4時間、という野心に満ちた登録をしてしまったことから、緑色の区画に行かざるを得ず、少々不安です。
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こちらの出発は8時45分。それに先だって8時35分、ハンディキャップを持つ方々がスタートを切ります。ペース・メーカーの旗と出発直前の雑踏。
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Dscn3805そして、とうとうスタート。皆が一斉に出発を祝い歓声を上げるのですが、実際にスタートラインを超えたのはスタートから10分後でした。さすがに3万人が一斉にスタートする場合、後方につけてしまうとこういうことになるのでしょう。なお、主催者発表では3万7千人が登録、うち3万人弱が今日スタート・ラインに並んだ、とのことであり、7千人ほどはキャンセルした様子です。自分の周囲にも何人かそういう人がいましたし、eBayフランスにはゼッケンが多数、売りに出されていましたので、まあそういうことなのかも知れません。スタートラインを超えるまでの間、様々なゴミ(エネルギー供給ゼリーの抜け殻、ビニール製の簡易カッパ、Tシャツ、セーターに至るまで)が落ちていて、少々難儀します。

スタートラインを超えた時の感興は筆舌に尽くしがたいものがありました。トレーニングを続けた半年間のことを思い出し、その成果を自分に見せる時が来た、といった思いで、シューレースに結びつけたICチップがまるで見えない膜のようなものを通過したような引っかかりを覚えながら、スタートです。

そのままシャンゼリゼを下り、コンコルド広場をぐるっと回ってリヴォリ通りへ。サン=ジャックの塔の公園では、早速立ちションをする集団が現れますが、今日ばかりは無礼講なのでしょう。沿道の老若男女も暖かい歓声を送ってくれます。中でも、消防士軍団の応援と、タッチを求めて手を出す子ども達の応援が印象に残りました。

スタート直後のシャンゼリゼ、コンコルド広場が見えてきて、ぐるりとオベリスクを回り、
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リヴォリ通りでルーヴルの脇、市庁舎の脇をかすめ、サン=タントワーヌ通りでバスティーユをかすめ、ナシオン広場に至ります。バスティーユ広場手前で第1回の補給。とりあえず水をもらいました。
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そして、前回のハーフ・マラソンの時とは反対向きにフォーブール=サン=タントワーヌ通りを走っていくのですが、結構な上り坂になっていることに気付きました。下っていた時にはさほど感じなかったのに、上って苦しさがあって初めて意識するようになるのですから、勝手なものです。そのだらだら坂を登り切ろうとするあたりで日が差し込んできました。すっかり手もぽかぽかしてきて、手袋なんかはめていたら暑苦しかっただろうなぁ、なんて思っていたのがこのあたりです。その後、スール大通りをだらだらと下っていき、いつの間にか10キロ通過。序盤戦ではこの「いつの間にか」というのが結構あって、キロ毎の表示を見逃していたことが多かったのですが、この余裕を30キロ超の地点で持ち続けることができるようになる時が来るのだろうか。。。
ここまでで1時間少々と、42.195キロを走るにしては少々早いかも知れないなぁ、というペースでした。
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さて、10キロ地点の補給所でもペットボトルの水を貰い飲み干してしまったのですが、あまり暑くもなく汗もさほどかいていない今日のような天候で、ここまで水でお腹をふくらませるのは無駄じゃぁないのか、体重も重くなってるだろうし、ということに気付いたのは、ヴァンセンヌの森の入り口で、同士たちに並んで第1回目となる立ちションをした時のことでした。どうも貧乏性なのがよくないようで、ほかの人たちを見ているとちょっと口を付けただけでまだたっぷり残っているのに捨てている。まあ、そういうことでいいのかも知れません。日本の週刊誌では記事の材料になりそうです。材料になるといえば、この立ちションについても記事になるだろうと思います。公園のようなところにずらりと男どもがピケをはってはいそいそと去っていく様子は、映画「逆襲のシャア」の最後のシーン、地球に落下しようとするアクシスを止めるためにモビルスーツたちが張り付いては風圧にはがされていく様を思い出させてくれました。さて、女性はどうなのか。仮設トイレのようなものは設置されているのか。HPには何の情報もなかったが。スタート前、同僚と話していた謎は、フォーブール・サン・タントワーヌ通りを上がっていく時、仮設トイレに行列が出来ているのを見て氷解したのですが、それにしても10人くらいは待っている人がいて、こんなのに行列していたらタイムが望めないのは別にいいとしても、再び走り出す時に足がつったりしないだろうか、と心配になりました。が、ヴァンセンヌの森で新たな発見。女性ランナーが次々と森の中に駆け込んでいく。「ああ、やっぱりそうなんだな、今日は祭りだからな。」と思っていた矢先、今度は通りのすぐ脇の立木に駆け寄っていったかと思いきや、まるっとパンツを脱いで小用を足す女の人なども出てきました。女性は大変です。自分は結局、ヴァンセンヌの森の入り口で1回、森の中、森の出口でそれぞれ1回ずつ、ブローニュの森の中で1回と、計4回に渡ってピケを張る羽目となりました。寒い日のレースで水の飲み過ぎはよくありません。

ヴァンセンヌのシャトーのすぐそばまで来た時、「世界マラソンツアー」と書かれた赤い幟が見え、日本人らしき人たちが応援してくれました。また、シャトーの前では日の丸の小旗が振られていました。元気をもらえました。嬉しかったです。不思議な勇気がわいてきます。他方で、この森に入ると道幅が急に狭くなるため、ペースが思うように作れない。我慢の走りを強いられます。
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そして、15キロ地点、3度目の補給ポイントから少しいったところで、突然、横断幕と舞台が登場しました。横断幕には「選手の皆さん、その足下に人権を蹂躙しないでください。」というメッセージが記されています。スタート地点でステッカーを配っていたこの団体、その主張するところは、要するにチベットにおける中国の振る舞い批判です。その場でもステッカーを配っていて、それをシャツに貼り付けながら再スタートを切る人たちもいる。おそらく北京オリンピックのこの時に焦点をあわせて本件が問題化されてきたのだろうなぁ、などと思いつつ、メッセージだけは十分に受け取って、走り続けます。
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この森にさしかかった頃、雲間に覗いていた太陽が再び分厚い雲に隠されてしまったせいで、急に冷え込んできました。ペットボトルをもらったはいいが、持っているだけで指先が冷えきってしまう。少しだけ口を付けて、すぐに放り出してしまいました。冷たい水を飲むので、体の方も冷えてくる。ちょうどヴァンセンヌの森の出口あたりが下り坂になっていて、そこを快調に飛ばしていると寒い。。。どれだけ体を動かしていても、やっぱり太陽の日差しがあるから暖かいんだ、ということを体を持って学ぶことができました。5度だと半袖半ズボンでは厳しいようです。そして、体力がどんどん奪われていくのを感じました。ちょっとピンチです。
写真は、散乱するペットボトルと、ビキニのだまし絵Tシャツで走るおねいさん、そしてヴァンセンヌの森出口近辺です。
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中間地点の通過がスタートの2時間10分後。前回のハーフの時より15分程度遅くなっていますが、なかなかいいペースです。ここから長い下りと短い上り、再び長い下りを終えるとバスティーユが見えてきます。上り坂のところで後ろから来た同僚に声を掛けられました。ついに追いつかれた。スタート地点はこちらの方が前だったので、ペースに相当な差があるのでしょう。凄い。
22キロを超えて走るのは初めての経験であり、ここから先は全てが未知の世界であることを思うと、さらにペースを下げなくてはならないような気になってしまいます。
バスティーユに辿り着かんとする道を走っている時、何気なく写真を撮り、カメラをおろした時、前を走っているのが日本人、しかも大変綺麗な雰囲気の日本人であることに気付きました。あれれ?。もしかすると。隣まで走っていき、向こう側を見ると、金哲彦さんが走っている。となると、これが蒲生麻由さんか。。。綺麗だなぁ。道の端の方を走っていた同僚に通報に行ったところ、彼も見に来て、「あ、本当だ。」「挨拶くらいしましょうか。」「そうだね。」という会話も行われはしたのですが、「仕事で走っているのだから邪魔するのもよくないしなぁ」ということとなり、結局挨拶プランは断念。結局、蒲生さんの美貌からエネルギーだけいただき、バスティーユ広場を曲がりました。素敵な遭遇でした。
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バスティーユ広場からシュリー橋の方に向かって走り、セーヌ河畔を走るのですが、そろそろしんどくなってきたのがこのあたりで、顔の表情がこわばってきて、「マジ」になってきているのが自分でも分かりました。未経験ゾーンを走っているという心理的プレッシャーに加え、実際のところ足の筋肉が少しずつ不平を鳴らし始めたこともあり、心拍数は150~160/分と、マックスの80%台なのですが、だんだんスピードが上がらなくなってきた。脱線ですが、筋肉が抗議をし始めた原因の一つに、前半、BPMが小さい(155~159)曲たちに乗って走っていたことがあるのではないか、と思っています。BPMが小さく、テンポが遅い曲に乗って走る時には、どうしてもステップを大きく取る必要があり、その分筋肉に余計な力が加わっている。疲れ方も大きいのではないか、と思います。以前、BPM140台の曲に無理に乗ろうとしていた頃、よく膝を痛めていたように思います。この点は次回への教訓とする必要がありそうです。
1キロ毎のゲートが妙に遠いような気がして、それを探しながら走る、といった、前半とは全く違った意識の持ちようになってきました。周囲の景色も目に入らなくなってきて、ノートル・ダムが見えようと、学士院が見えようと、エッフェル塔が見えようと、パレ・ド・トーキョーが見えようと、あ、ここまで来たんだ、という以外、何の感興もない。特に、ルーヴルの脇の下あたりを抜ける長い地下道を走っている時には本当にめげました。そして、その出口が見え始めた時にヘッドフォンに流れてきた、ジャーニーの「Don't stop believing」にどれだけ勇気づけられたことか。そして、30キロ地点になるシャイヨ宮の下、庭にあるメリーゴーランドが回っているのが見えた時には、どれだけ嬉しかったことか。そろそろいろいろな力がなくなりつつあります。
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30キロでの補給では、まずオレンジにかぶりつき、バナナを1本食べ、もらったペットボトルで今日3つめのエネルギー・ジェルを流し込みました。それにしてもここからの行程はきつかった。ラジオ・フランスの脇を走ったはずなのですが、全く記憶にない。その先にくる長い上りのだらだら坂では、歩く人が1割程度となり、走りにくいことこの上ない。救いは、ジャン=ドゥ=ラ=フォンテーヌ校の傍らを抜けてブローニュの森に入り、急な折り返しになっている35キロ地点の直前、ローラン・ギャロスの近くで待っていてくれた同僚夫妻の応援でした。大いに力をもらいました。とはいいつつも、もう話しかける余力もなかった、というのが正直なところで、明日会ったら状況を説明しておこうと思います。
この辺から先はとにかく上りが続きます。レースの最終盤にだらだらと続くこの上りにはまったくもって閉口しました。写真を撮ろうなどという気力は一切残っていません。心拍数はマックスの82~3%で推移しているのですが、筋肉と関節はなだめすかして辛うじてこちらの意志に理解をもらっている、といった状況で、前回のハーフの時のようなラストスパートなど、望むらくもありません。35キロの補給で水をもらったものの、もうほとんど飲めませんでした。
「とうとう「35キロの壁」の向こうまで来てしまった、さて、本当にしんどくなるのだろうなぁ」と思っていたのですが、本当にしんどかったです。「ここで歩いてしまったら走れなくなるぞ。」「歩いてしまったら過去6ヶ月の練習をしていた自分自身に顔向けできないぞ。」「歩いたらかっこ悪いぞ。」いろんな言葉を並べつつも、結局のところ「意志の力」などという立派なものではなく「惰性」で、体を前に進めていました。「自分は何故走ってるんだ。」という哲学で体の苦しさを忘れさせようとも試みたのですが、「意地で走ってるんだ。」「走ってるから走ってるんだ(「走りたいから走っている」とは言えない状況)」と、意固地な親父のような理不尽な回答しか得られず、諦めました。ただ、この意固地さに勇気づけられたのは事実です。
36キロ地点過ぎのだらだら上りでは、キロ8分に近いスピードしか出ておらず、もうほとんど歩いているようなものでした。いったいいつまで上るんだ、と思っていた矢先、ヘッドフォンから「負けないで」が流れはじめた時には、疲労で固まっていた顔に笑みが戻ったのが鏡をみるかの如く分かりました。故坂井泉水さんの透明な声で「負けないで、ほらそこにゴールは近づいてる」と語りかけられて勇気百倍。踏みしめる一歩一歩に少しだけ力が戻ってきて、上池へ。ただ、そこで池の周囲をぐるっと回らされた時にはこれまた落ち込んでしまいました。考えてみれば、モンソー公園をあと5周すればよいだけなのですが、37キロの先の5周というのは普通の5周とは訳が違う。当たり前のことを思い知らされました。

Dscn3839何とか40キロの補給地点を通過。ここではもう何も手に取らず。オレンジなりを取るために歩い