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mai 2008

jeudi, 29 mai 2008

勲章とか表彰とかいうもの

勲章とか表彰を大変好む人がいます。その一方で嫌う人もいます。
前者は、それによって何かしら自分が行ってきたことが認知された、と思い、それにより満足感を得るのだろう、と思います。祖父が昔、田舎の家の仏壇が置いてあった部屋に額に入れた表彰状を並べ、その一つ一つがどういうものだったかを話してくれたのを思い出します。
後者は、思想信条に基づき、勲章やら表彰やらを発行する主体からの働きかけを拒む、ということであるように思います。また、勲章や表彰といったことで自分が行ってきたかけがえのないことがランク付けされてしまう、と思う人もいるのかも知れません。少なくとも、勲章を授与したり表彰を行ったりする側にいる人から、「人をランク付けしてしまうから嫌だ。」と聞いたことがあります。
自分は幸か不幸か、今のところそのいずれでもありません。勲章をもらったり表彰をうけたりするに足る功績が皆無であり、従って、好む好まないではない、自分とは関係がないことがらであるためでしょう。ただ、仮に「あげる」と言われたら、多分拒むことはしないのだろうなぁ、と思います。思想信条がまだ確立していないから、こんなのんきなことを言っていられるだけなのかも知れませんが。
そして、少なくとも「ランク付け」の意識は持たないだろうなぁ、と思います。別にその勲章なり表彰なりが人生の全てではないのだから、その勲章なり表彰なりの世界でのランク付けくらいは甘んじて、あるいは恐縮しつつ、受け入れて、誇りに思えばいいのではなかろうか。「学歴」と似たようなものかも知れません。

一つの仕事の締め切りをとりあえず守ることができて、今日はとりあえずほっとしました。ジョギングの方も、モンソー公園6周を29分05秒で行うことができたりして、好調です。

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mercredi, 28 mai 2008

午前様

今日は久しぶりに午前様となりました。午前中、高等教育機関の先生からある先生の経歴等についての聞き取りを行い、その結果を踏まえた調書の作成をしていたら、みるみる時間が過ぎていく。その間、来週出張に来られる方のためのアレンジや各種雑用を行っていたら、何時の間にやら24時30分を過ぎていました。とはいえ、昔はこんな日々がずっと続いていたのだから、今はまだまだ楽なものです。それに、こんな日々が続いていても、今はその反応ががわかりやすく、大きな目標との整合性も見つけやすい。その整合性が見つけにくくなり、また、処遇面でも従前の取り扱いが変わってくるとした場合、心が折れずに午前様続きを堪え忍ぶことができるのか。おそらく、事実上、堪え忍ぶ以外の選択肢はないのでしょうが、ちょっと考えておくことが必要な問題だろう、とは思います。

夕方、ギメ美術館に2度目の訪問。今度は前回よりは少しゆっくりと見ることができました。
林忠正という画商のこと、18世紀後半から遠近法が日本に入ってきて北斎の版画にもその影響が出ていること、北斎の「青」が西欧から入ってきた顔料の力であること、刷物(すりもの)なる緻密な浮世絵版画は商業的には流通していなかったこと、竜虎の図は北斎の辞世の絵と解読することもできること、モネとは違い北斎は歳を重ねてからも緻密な描写を行っていること等、いろいろと学ぶことができました。先週日曜日には1500人が入場したらしく、平日も15時頃は大変なにぎわいだ、とのこと。改めて、プライヴェートな時間にじっくり訪問しようと思います。

凱旋門の広場を車がかき分けながら進んでいる時の会話で、仕事が前向きに進んでいくことを感じることができました。そして、それらの仕事に対して高い評価を貰えると、それはやはり嬉しくなります。今のところとりあえず、大変ではあっても順調に仕事が進んでいます。

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mardi, 27 mai 2008

再び雨の日々

昨晩は早く寝たはずだったのに、今朝は7時半過ぎまで目が覚めませんでした。やっぱり疲れていたのか。モンソー公園10周のはずがその時間がなくなってしまいました。が、とりあえず7周。心拍数もスピードもあまりあげなかったつもりなのですが、それでも終わってみたら36分少々。1月23日にも7周を36分少々で走っているようなのですが、その時は心拍数が高いまま推移しているのと比較すると、今回はさほど高くならずにこのスピードが出ている。凄いことです。そういえば、今朝は久しぶりにスーザンの後ろ姿を見ながら走ることができました。それもこのスピードの原因だったのかも。

終日、何となく雨が降り続く、まるで日本の梅雨時のような一日でした。つい、職場の部屋の窓から通りを見下ろして、水たまりに雨粒が落ちていないかを確認してしまいます。それに蒸し暑い。とはいえ、日本の蒸し暑さからすれば快適で仕方がないのでしょうが。仕事の方も次から次へといろんな方向から矢が飛んでくる。7月頭から始まるヴァカンスまで、残り1月少々。そろそろ駆け込みが始まっている気配を感じます。そして、4年目にしてやっと、仕事も人脈もさらに広がりと深まりを増している確かな手応えを感じます。

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lundi, 26 mai 2008

お札のコレクション

P5260091朝の会議のほか、様々な事務に明け暮れた今日は、夕方から、コレージュ・ド・フランスに「お札」が寄贈されたことをお祝いしてのレセプションに行ってきました。今はなきベルナール・フランク先生が収集されていたお札を、奥様が寄贈されたもので、多分、しげしげと意識して「お札」を見るのは初めてじゃないか。そんな経験をすることができました。それにしても、こういうものを収集しながら、フランスにおいて日本の紹介をされていた先生の御尽力には本当に頭が下がります。お亡くなりになったのが今から10年少し前、69歳の時ですから、あまりにお若い。ある日本学の先生が言っていた、「突然いなくなってしまわれた。」という言葉を、しみじみと噛み締めてしまいました。そして、同時に、コレージュ・ド・フランスという歴史と伝統のある機関の財産が増えたことを、嬉しく思います。これがきっかけとなって、また日本に興味を持つ人が一人でも増えるかも知れない。「思い」が引き継がれていったことを感じました。

月曜朝からモンソー公園8周は少々きつかったです。が、少しずつ慣れているように思います。約2週間ほど前からスピード・トレーニングを開始したのですが、最初の頃は走り終わった直後、まだ路上にいる時から急に眠気に襲われるような時がありました。最近はそれがなくなってきています。お昼御飯を食べた後の疲労感も、少しずつ少なくなっているように思います。こうやって慣れていけば、日本に帰ってからのハード・ワークに耐えられる体が作られていくかも知れません。

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samedi, 24 mai 2008

ルロワールのスーパーハッチ

今日は今シーズン最初の川釣りに、ノルマンディーに向かいました。ルロワールです。
ブローニュ=ビヤンクールのケンフラさんとの待ち合わせ場所までは、駐車場を出て15分程度だったなぁ、そこからフリーガンまではちょうど1時間だったなぁ。思い出しながら、今年は一人の釣り。外環道路からA13に入り、曇り空の下、この位の天気の方が、かえって釣りにはいいかもな、帰ってくるときに渋滞しなければよいが、などと考えながら、車を走らせます。
8時10分過ぎにいつものshellのスタンドがあるサーヴィス・エリアで給油と買い出し。そして、値段をしげしげと眺め、サーヴィス・エリアでの買い物がいかに法外なものだったか、ということを3年が過ぎて初めて知りました。冷たいサンドウィッチが650円程度する、というのは尋常ではないぞ。それに、チョリソのスライスだって結構する。Justin BridouのPetits Bâtons de Bergerだって結構する。高速道路のサーヴィス・エリアというところで販売するに当たっては、輸送料、店舗内の占有料金、販売に携わる人の人件費等々、様々な価額が追加されて、この金額となるのでしょう。同じものがカルフールでいくらで売ってるのか、いずれ調べてみたくもあり、調べてみたくもなし。いずれにせよ、かなりの驚きでした。

8時30分にサーヴィス・エリアを出発。ただ、ルロワールは遠かった。フリーガンの感じで走っていたのが失敗。ルロワールはさらにそこから10分程度走らねばならず、ああ遅刻だぁ、と思いながら最後の小道を走っていたら前に車が行列をなしているのが見えた。あ、ボーさんのNISSANだ。その前に2台。先頭の車の人が扉を開けて、パヴィヨンの脇続々と車が入っていき止まる。
ボーさんとまず握手。その後、先頭の車、次の車に乗っていた人たちとそれぞれ握手。同じ趣味の者同士、なんだか少し恥ずかしいような感じはするものの、言葉が無くともすぐにうち解けることができるのがうれしい。
さて、ボーさんから衝撃の発言が。「フリーガンでは釣れません。」「え、どうして???。」「自分に場所を貸してくれていた所有者が、自分との契約を無視して、他人にあの土地を売ってしまったのです。そのため、いま、あの土地に立ち入ることができなくなってしまっています。現在、その無効を確認するための裁判を行っているところです。結果が出次第、御連絡します。」なんでも、所有者があの土地を売りに出す時にはボーさんに知らせることにしていたのに、それが行われなかった、とのことであり、賃貸借契約書の中にもその旨が記述されていた、とか。あの土地を所有者から買い受け、東小屋が建っているところの裏手に自分の家を建てつつ、流程はずっとそれまでと同様、釣り人に開放するつもりでいたそうであり、たいそう残念がっていました。ただ、裁判には自信があるようです。「結果が出たら真っ先にあなたに御連絡しますよ。」「お願いします。たぶんこれがフランス最後の年になるでしょうから。」
P5240031小屋の中で巨大なモンカゲロウを発見。ボーさんが机の上に置いたところの写真を撮ったら、「ここではだめです。」と外で、葉っぱの上に乗せて写真を撮らせてくれました。いわゆる「ヤラセ」ですが、いい写真が撮れました。ここのモンカゲロウ、フックサイズにすると8番くらいになるでしょうか。かなり大型です。

P5240033P5240034
さて、釣り人たちだけが残って10時から釣りを開始。しかし、全く反応なし。モンカゲロウが水面に落ちてずいぶん長く流れていくものの、反応はない。上流域を探っても反応がなく、下流域を視察してもライズは全くない。ううむ、難しいなぁ、と思いながら、ぷらぷらと最上流行きに戻ってきたところ、モンカゲロウの飛ぶ量が増えている。と、少し下流でライズの音がした。それでは、と、14番のモンカゲロウ・パターンを結び、2年前、ローレンスが粘っていた場所を流すと、こういう確信がない時に限ってパシャリ。追いかけてきて食って水中に戻ったところで合わせをくれると、見事にフッキング。気持ちの準備ができていない時というのはもろいもので、竿のマネージメントもできないまま魚の引きに耐えていたら、ぷつり。ティペットが7Xと8Xの結び目のところで抜けてしまいました。ううむ、勿体ない。。。時刻は12時半前。

早めの昼食。そうしたところ、急に眠気に襲われ、13時頃から小一時間、安楽いすでうとうとしていました。と、ポツポツと落ちてきた。車の中に撤収し、惰眠をむさぼることに。そのうち、車をすっかり綺麗にしてくれそうな土砂降りとなりました。
雨の音に耳を傾けながらの昼寝で、いろんな緊張がすっかり抜けてくれたリラックス感を感じながら、17時、雨がほぼ止んだところで釣り再開。ごく少量のウィスキーをフラスコから口に含むと、ほろ苦い甘さが口に広がって、気付け薬のように作用してくれます。

18時頃から、下流のS時のところで釣りをするも全く気配がない。この頃からでした。ボウズかも知れない、と思い始めたのは。そして、「釣れなくてもいいや、このコンディションなら。」と、ボウズを従容と受け入れる気分になってしまっている自分に気付きました。何か自分の中で減退しているものがあるのだろうか、とも思いましたが、どうやらそうではない。より贅沢を求めるようになっているようだ。ライズがない中で釣りをすることを潔しとしなくなってしまっている。少なくとも、インジケーターをつけたニンフ・フィッシングをしよう、という気持ちが薄れている。随分バンブーな心境になってきたものです。
P5240040なんて思っていたら、19時半過ぎ、にわかに空がかき曇り、猛烈な雨となりました。パタゴニアのレインジャケットがみるみる水を吸っていく様子で、道のべに清水流るる木の陰に身を寄せてしばし雨宿り。15分くらいのものでしたが、水面が沸騰するような文字通りの土砂降りでした。

そして、20時30分過ぎ、ライズが始まりました。モンカゲロウの流下も一段と増え、スーパーハッチと呼んでいいような、そんな量になってきました。活発にライズしているのは4~5匹程度、同じところでモンカゲロウだけをねらって捕食しています。先ほど雨宿りした木陰、岸から50センチ程度のところで何度もライズしてくれます。敵ながらあっぱれなのは、本物のすぐ脇10センチくらいのところをフライで流しても、そちらには見向きもしてくれないところ。やがて、水面すれすれを飛ぶモンカゲロウを30センチくらいのブラウンがジャンプして捕食するくらいの活性となりました。あつくフライの投射を続けました。そして、、、見向きもして貰えませんでした。ううむ。ううむ。ううむ。。。

P524004921時30分、ライズが収まったのを見届けて竿をたたみました。あれだけのライズがありながら、ヒットさせることができなかった。どうしてだろう。フライのサイズが少し小さかったのか。それでも12番だぞ。出会い頭の事故のようにライズしてくれてもよかったのに。。。
22時過ぎに釣り場を出発。悩みが道の迷いまでを招いてくれて、B&B HOTELへの到着は23時前になってしまいました。明日はフリーガンの代わりとして急遽予約を入れたアンデルです。

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jeudi, 22 mai 2008

未来に後ろ向きに入っていく

あるスピーチを準備していた時、その終わりの文句を探すのに苦労していたら、ふと浮かんだ言葉がありました。
「我々は未来に後ろ向きに入っていく。」

何となくヴァレリーの言葉だったような気がして、ネットで調べて見たところ、やっぱりヴァレリーの言葉のようだ。では、どの作品に出てくる言葉なのか。落ち着かなくなって、22時過ぎに残業を切り上げ、自宅に帰ってプレイヤッドの「カイエ」の索引で調べてみるが見当たらない。「現代世界の考察」の中にも見当たりそうにない。ううむ。。。そして、やっぱりパソコンは偉大でした。
「Valery avenir reculer」でフランス語グーグルを検索したところ、いくつかのヒントが出てきて、それを辿っていくうちに、この言葉が「Variété」に出てくる言葉であることを知りました。そして、プレイヤッドを調べているうちに、やっと見つかりました。「Nous entrons dans l'avenir à reculons」
歴史を振り返りながら未来を目指していく、というテーマにはぴったりな言葉です。早速この言葉を職場にメールで送っておきました。明日、最終的に筋の通った文章にしようと思います。

今朝は朝寝をしてしまい、ベッドの中で微睡みながら走るのを止めようかとも迷いましたが、結局走りました。そして、6周30分を切りました。気持ちが高まってきています。もっと心拍数を高い水準で維持すればもっと早く走れるかもしれません。明日、挑戦してみます。

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mercredi, 21 mai 2008

山が近い

今日はなかなか忙しかった。次から次へと立ち現れる仕事に追われた午前中、午後は、写真展開催に向けて相談に来られた方との打ち合わせ、突然呼び出された検査関係の会議、金曜日の行事に向けた打ち合わせ、そして残業の夕べとなりました。

そんな中、朝のジョグではBPM85で頑張りました。ちょっとだるくて走るのを止めようか、とも思いましたが、やっぱり走ってみると気合いが入って気持ちがよいです。思ったより長く心拍数90%MAX超が続いたのは収穫だったかも知れません。それにしても、改めて、「負けないで」は最強のパワーソングだなぁ、と感じました表情がゆるむと体も楽になります。

山が近づいて来ています。

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mardi, 20 mai 2008

HOKUSAI 

今日はギメ美術館で行われた北斎展のオープニングに行って来ました。ギメ美術館の正面から入り、階段を下りていった先が特別展会場となっており、その手前、円形の広間になっているところでセレモニーが行われました。およそ150名程度の人が集まっていたでしょうか。館長ほかのスピーチが簡単に行われた後、かなり分厚く幅のあるテープがカットされ、見学が始まりました。会場にはおよそ150名から200名の人が来ており、場所によっては展示に人だかりができてしばらく待たないとならない、といった盛況となりました。

ギメ美術館所蔵の北斎の版画や絵がおよそ130点、加えて、エドモン・ド・ゴンクールの「北斎」や「Le Japon artisqiue」なる当時の雑誌の実物が数点、特別展会場を一杯に使って並べられていました。春画のコーナーは黒いスクリーンのようなもので別の入り口から入るようになっており、ちょっとしたアダルト・コーナーとなっています。浮世絵版画では富岳三十六景より神奈川沖浪裏、赤富士、珍しい青富士を含む数枚が見所となっていますが、今回の最大の見所は、2001年にラガヌ氏が寄贈した「雲中の龍図」が、もともと一対をなしていた太田美術館所蔵の「雨中の虎図」と並べて展示されているところでしょうか。北斎って、こんな絵も描いていたんだ、と、無知な者のみに許された感嘆を味わうことができました。それにしても、北斎自身、パリで自分の掛け物が改めて一対になって展示されるとは、思いもしなかったでしょうね。この展覧会、5月21日から8月4日まで一般公開されます。カタログは39ユーロ。今日は仕事で十分に見ることができませんでした。次回はプライヴェートで見に来ようと思います。

この展覧会、日仏交流150周年の事業の一つともなっており、おそらく前半戦では最大級のイヴェントだろう、と思われます。プレスとおぼしき人たちもちらちらとおり、テレビ・カメラも入っていました。さらに北斎が知られることを期待しています。

改めてギメ美術館のHPを見ていたら、全39ページに渡るプレスリリースを発見しました。本展覧会の開催に向けた関係者の情念が詰まっているような、そんな資料です。「ddp_hokusai2008.pdf」をダウンロードその中に書かれていたことなのですが、ギメ美術館には北斎の版画・絵が130点ほどあり、その内訳はゴンクール兄弟のコレクションに加えてベレス・コレクション(2002年~2003年に購入)そしてノルベール・ラガヌ氏のコレクション(2001年に寄贈)、2006年に大修復作業が行われている様子です。また、「日本に対する特別な関心が生まれたのはフランスにおいてだった、ということをいくら強調してもしすぎることはないであろう。」とか「ジャポニズムが消失しつつあった作品を救うとともに日本美術の新たな道の発展に役立った。」とかいった記述には、いかにもフランスの文化財政策担当機関らしい響きを感じ取ることができます。

Dscn3994そして、フランス版「ぴあ」である、「L'Officiel des Spectacles」の表紙が北斎でした。鼻が高い、そんな気分です。この展覧会、開催期間中にパリに立ち寄られる方には、ちょっとでも立ち寄って行かれるのがよいか、と思います。

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lundi, 19 mai 2008

「乳首ずれ」

今朝のジョグでは、BPM85の曲に乗せてスピードに乗って走ったところ、モンソー公演8週で40分15秒という驚くべきタイムを実現してしまいました。腕振りや脚の蹴り出し等に気を付けたら、案外楽にスピードを出すことができました。1周(≒1キロ)=5分の壁をもう少しで越えることができそうです。
さて、実は土曜日のブローニュ走12キロで標記トラブルに見舞われておりました。走っているうちに、シャツで乳首が擦れて切れて出血してしまう、というものです。寒い時期のジョグでは体にピッタリくっつくアンダーウェアを着込んでいたせいで擦れることがなかったのが、暖かくなってからのジョグでは割とルーズなシャツを着るためどうしても擦れてしまいます。走っている最中は全く気付かず、走り終わってからシャツに血が滲んでいるのを一緒に走った同僚に指摘されて初めて気が付きました。同僚のフランス人から、「マラソンを走る時には乳首に絆創膏を貼っておかないと、すり切れて血が出るぞ。」と言われてはいたものの、僅か10キロ少々のジョグでこうなるとは思いもしませんでした。
そして、これがまた不愉快に痛い。普通にシャツと擦れるだけでも痛い。絆創膏を貼ってカバーしておくと問題ないのですが、シャワーを浴びるとやっぱりしみてきます。この痛さを反省材料として、今後は注意しようと思います。こんな情けない症状の名前を調べてくれた同僚に感謝です。

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samedi, 17 mai 2008

お別れと再会

朝、9時からブローニュの森走。パリ・マラソンのコースを忠実に辿り、フォッシュ通りのゴール地点まで走り、それから戻ってきました。ローラン・ギャロスのところからずっと上りがだらだらと続くのには改めて驚きます。結局12キロ少々を1時間20分程度で走ることとなりました。
帰ってきて少し昼寝をし、DARTYで電池を買った後、BRULERIE DES TERNESでコーヒーを購入、スチュブリのBradwurstサンドウィッチを久しぶりに食し、床屋へ。
この床屋さん、とうとう引退されます。今日が自分にとって最後の訪問機会となりました。本当にお疲れ様でした。そして、有り難うございました。また剣道を通していろいろな場所でお目に掛かることになりそうです。店を買い取ったフランス人と挨拶。髪型の引き継ぎも行って頂きました。

家に戻った後、フランプリで買い物。水やスパゲッティ等を購入。パルメザン・チーズとおぼしき粉チーズが日本と同じような厚紙の筒に入って売られていたのをやっと見つけました。あるんだ、と驚き。
そして、近所のチョコレート屋さんで残っていた限りのマロン・グラッセを購入し、出張でパリに来る高校時代の同級生のお迎えに空港へ。途中、GO SPORTSに寄ってジョギング用のシャツやパンツを購入しました。AF275は通常到着ターミナルは2Fのはずで、家を出る前に確認した空港HPでも2F着とされていたのに、蓋を開けてみると2E。それでも、荷物が出てくるのに時間が掛かったせいか、友人がゲートから出てきたのは18時過ぎとなりました。昨年末以来の再会です。
凱旋門、コンコルド広場、マドレーヌ広場、ガルニエ宮と回り、ホテルにたどり着こうとした時、車が一気に綺麗になるような猛烈なにわか雨に襲われました。さすがに車を降りるのもはばかられ、サン・タンヌ通りを走ったりしているうちに小降りに。すかさずホテルにチェックイン。スージーで夕食を食べ、再び名所をドライヴし、22時30分過ぎにホテルに戻りました。
明日は朝からルーヴルです。

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vendredi, 16 mai 2008

ヒレ・ステーキ@La Maison de l'Aubrac

今朝、通勤路のクルセル通りがこんな風になっていました。毎年恒例ののみの市が始まった様子です。
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土砂降りの雨が一瞬降った夕方からは、今日の深夜便で日本に帰られる出張者の方とLa Maison de l'Aubracで食事会。前回、この店に来た時にはサーロイン・ステーキを頼んだのですが、今回はヒレ・ステーキをお願いしました。そして、このヒレが本当に美味しかった。このレストラン&ワインバーでは、これがベストではないか。いや、これまで食べたどんなヒレステーキよりも美味しいぞ。願わくば、これをおろしポン酢で食べることができれば。。。

再び職場に戻って、今週の仕事に決着をつけ、晴れて週末に突入です。

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jeudi, 15 mai 2008

心拍数の上がり方

昨日に続けて朝のジョギングはモンソー公園を6周。昨日は31分30秒程度、今日はもう少しペースを上げてみたところ、31分を切ることができました。この調子で6周30分=1周5分のペースで走ることができるようになったら、来月のヴァンセンヌでの10キロレースで50分を切ることができます。目的の実現に向け、精進したいところです。
走り始めは心拍数が上がるのが遅く、なかなかスピードに乗らないのですが、だいたい3周目くらいから心拍数が80%MAXになってきて、そうなってくると1周目では考えられないくらい楽にスピードを出すことができるようになります。ヴァンセンヌのレースでは、暖機運転として、スタート前に3キロほど走っておく方がよいのかも。
来週、大きな行事が二つあるため、忙しくなりはじめました。

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mercredi, 14 mai 2008

SUSHI GOURMET

朝、パリ国際大学都市日本館に行き、いろいろなことを勉強し、午後は様々なサインをもらうべき文書を作成し、夜、標記レストランに行ってきました。ラジオ・フランスの後ろにあるお寿司屋さんで、推奨日本レストランにもなっています(SUSHI GOURMET, 1, rue de l'assomption, 75016 Paris, TEL:01 45 27 09 02)。昨年後半から今年1月まで、仕事でお世話になった人の送別会でした。以前、このお店でバイトをしていたというその人のリクエストで、噂には聞いていたが初めて行ったそのお店、カウンターではいわゆるイート・イン風に食事をすることができますし、テイク・アウトも可能です(フランス人が持ち帰るのを傍目に見ていたら、「あれは「鰻丼」だろう」と思われるものもありました。美味しそうでした)。そして、美味しいお寿司を楽しむことができました。いわゆる16区のマダム風の人も、仕事帰りにテイク・アウトして行っているのが見え、安心できます。このお店、姉妹店も出来た、とマスターから聞きました。「寿司市場(Sushi-Marché, 20, rue Mirabeau, 75016 Paris, TEL:01 42 88 11 49)」がそれです。いずれ訪問してみたい、そんな気持ちのよいお店でした。
夕方から雨が降り、夏日も一段落です。
NYCマラソンの抽選に漏れた勢いで、ニース→カンヌを走る11月9日のマラソン、「Marathon des Alpes-Maritimes」に登録しました。 スタート地点のアルベール1世公園のすぐ脇の「天国ホテル(Hôtel Paradis)」も予約済みです。残すところ178日。4時間を切るため、十分にトレーニングを積んで臨む所存です。

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mardi, 13 mai 2008

NYCマラソンは落選

連休明けの今日、いろいろな仕事が降りかかってくるのにひたすら耐えました。全速力で走るためには、少し時間が必要です。
そんな中、ニューヨーク・シティ・マラソンの抽選に外れた、というメールが入ってきました。残念。次の一手を検討する必要があります。。。

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lundi, 12 mai 2008

OVで釣った

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そして、今次OV遠征最終日、ついに良き結果が出ました。37センチのブラウンです(よね?)。
朝5時、フライはモー浜、重機が入っている先の消波堤に上って数頭目の快挙です。投げ込んで引っ張っていた時にぐっと重みが増し、あわせが見事に決まりました。外れたり切れたりといった事故が起きないことを祈りながらのやりとりとなりました。今次遠征初日に釣具屋でライセンスと同時に購入したネットを広げて掬い取った時には、本当に安堵の気持ちで満たされました。ついに連敗を脱出し、ボウズを逃れることができた。ただただ嬉しく、満足してしまい、満足してしまうと真剣に釣ろうとする気が薄れてしまう。今日、自分が乗った消波堤の特に浜側では、わりと頻繁にもじりがあり、時々背鰭も見えるといった様子で、魚の方にはやる気があった様子なのですが、それに自分が応じることができなかった。日本に帰った後、あの時もう少し真剣に釣っていたら、もっと満足できたかも知れないのになぁ、と後悔するかも知れない、とふと思ったりして、ちょっとだけ真剣になったりしたのですが、あまり真剣になりすぎるのも格好悪い。まあいいだろう。こんなものさ。

Dscn3934キンさん、スティーリーさんと一緒に、7時過ぎに一旦切り上げ、昨日、NEDさんがいい思いをされたというブラウン・ポイントでのビビオでの釣りに向けてホテルでしっかり腹ごしらえをし、9時頃同ポイントに到着。丘の中腹に腰掛けて、回遊している魚によるものと思われるライズに3人揃って興奮したりしながら、幸せな時間を過ごすことができました。それ以上を求めたりしないのが幸せを得る要諦かも知れません。散発なライズをしていた魚の気まぐれと、波長を合わせることが結局できませんでした。キンさんとスティーリーさんにお別れを告げて釣りを終了。今次OV遠征の終了です。
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丘の上を歩いて帰ってくるとき、巨大なレインボーと思われる魚が回遊しているのを目にし、丘を駆け下りたい衝動に駆られたりもしましたが、じっと我慢。一つ大人になって11時50分、パリに向けて出発です。

皆、平気で140キロで走ったりしているベルギーの高速道路を、遵法精神はどこにあるのか、と思いながら走っていたら、13時14分、看板に「Lille」の文字が見えました。フラマン語では「Rijsel」と書くらしい。「L」と「R」はヨーロッパでも判別が難しいのだろうか、などと思っていたら、やがて「Parijs(Paris)」の表示が。Kortrijkを通過。「j」の文字が子音を表す文字と隣り合わせにならなくなると、ああフランスに戻ってきたなぁ、という感じがします。

14時過ぎ、フランスに入国。ラジオを聞いていたら、なにやら大渋滞が発生しているらしく、「家にたどり着けるのは深夜になるでしょう」などという発言すら聞こえてくる。ううむ、もう少し早く出発すべきだったかなぁ、まあここまで来たら覚悟を決めよう、と給油をし、さらに走り続けたところ、あれれ、サンリスを過ぎた、シャルル・ドゴール空港出口だ、IKEAだ。。。全く渋滞の気配がない。そして、「A1→BP 8min.」との電光表示が見えました。深夜なみじゃあないか。渋滞はA13方面だけなのだろうか。

結局15時35分に自分の部屋に到着。休息も含めてDOOR TO DOORで3時間45分で済みました。昼に千葉から忍野に向かった時にはこの程度の時間が必要だったような気がする。忍野で釣りを終えて千葉に帰ってくる時、途中温泉で1時間ほど時間をつぶしたりはしたものの、5時間近く掛かっていたような記憶がある。残された時間は約1年。これから何度かは行くことになるだろう。ラストスパートが楽しみです。

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dimanche, 11 mai 2008

OVで日焼けした

4時起床。4時半に南の駐車場に着くと、Bさんは既にそこで準備中。健闘を祈り合って別々に湖に向かい、消波堤の上に乗りました。本湖側、浜側、両方にフライを落としてみるものの、全く反応がない。鏡面のような水面に何かの兆しが見えることもなく、そのうちに曙の空の色に絶望的な気分が静かに高まっていく。Bさんはホテルに戻っていく。抜けるような空の色が水を澄ませていく。なんだか眠くなる。。。そして、消波堤の上で大の字になって寝てしまいました。
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9時頃目を覚ましてホテルへ。お昼御飯が不要なくらいしっかりと朝ご飯を食べた後、あまりの天気の良さにホテルの部屋で寝るのも勿体ない、今日は一日湖のそばに居てみよう、と、北東に向かい、「ブラウン・ポイント」を見下ろす丘の上にアウトドアのチェアを広げて、そこでぼんやり読書を始め、うつらうつらお昼寝タイム。しばらくしてから場所を変え、まさにブラウン・ポイントの水面が目の前まで迫っているところまで行って、再びチェアを広げてお昼寝。怠惰な時間に初夏の太陽が照りつけます。
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Dsc_8235できることやらしたいことやらを選んでいくうちに人生の時間は流れていく。ここでぼんやりしている時間に別のことをしていたら、その別のことで自分が何者かになれたかも知れない。いや、まあ、ここでぼうっとすることを選択したのは今の自分であり、ほかの何かになろうとすることをやめた自分、そして、今の自分に満足している自分の選択なのだから、きっとそれはそれで幸せなことなのだろう、と、人目思わで上半身裸になって肌を焼きます。煌めく碧い水面の遙か遠くには湖面を走る白帆が多数。近くに目をやれば白鳥が涼しげな顔。ビビオが水面にくっついたり離れたりしている。すっかり夏の日差しです。
人工の音が後ろに引っ込み、自然の音が前面に出てくると、それはそれで賑やかであることに気付きます。高い空にさえずるヒバリの声、湖の上に出ていく風が丘の木々の上を渡っていく時に枝や葉や芝生がならす音、さざ波のざわめき。自分のいびきの音で目が覚めそう。まさにヴァカンスです。

熱い日差しの下、ぼうっと湖面をみていたら、ポツポツとライズが見えました。一体何のライズなんだろう、と思っていたら、自分が浮かべていたビビオ・フライを三角形の口を開けた鱒が吸い込んだ。あっ。とっさに反応した腕が空を切り、目が覚めました。夢、、、か。フロイトの夢理論を思い出しました。
16時過ぎ、ライズが2回見えました。ビビオで釣りを再開するも反応はなし。17時頃計ってみたところ、日陰の気温が27度あり、水温が16度まで上がっていました。

釣れないまま、岸から呆然と沖を見渡していると、時々水をまいたようなライズがある。そして、それが割と頻繁にある。何だろう、と見はるかしていたら、やがてそれが近寄ってきた。ものすごい数の小魚の群れ。「なぶら」ってこういうものなんだろうか。それであれば、群れの下にいるのはレインボー?。でも、別に追われている風情でもない。そうこうしていると、カモメがアタックをしかけはじめました。何故、あのように水面近くを泳ぐのか。酸素が足りなくなっているのだろうか。よく分かりません。が、ライズ幻想が崩れた今となっては、これ以上ここでのんびりしている必要もなさそうだ。そろそろ釣らないと。

Dsc_824818時に北西に到着。お湯を注ぐだけの簡単でこの上なく不味いフリーズ・ドライ食品をとにかくお腹の中にいれておき、車のナンバーによると遠くフランスはヴェルサイユから来たらしい3人組のフローター・フランス人集団を見送りながら、消波堤の上に乗りました。水位がもの凄く下がっていて、ちょっと驚きます。
消波堤の両側をたたきながら先端に向けて歩いていくのですが、何ら反応はない。減水で澄んだ水の中に藻が生い茂っている右側を見ると、ちょっと絶望的な気分にもなります。そうこうしている内に、2人程度の釣り人とすれ違った後、消波堤の先端部分に辿り着きました。そして、何度もロッドを振り、徒労感に満たされる。。。

20時、向かいの消波堤の上で釣っている人も座り込んでしまって動きが止まりました。どうしたっていうんだろう。何も起こらない。フローターが3人、向かいの消波堤の上に5人、さらにその奥に5人くらい、釣り人が居るのが見えます。誰の竿もしなりません。フィッシング・プレッシャーが高いのかなぁ。いや、それにしても。。。
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そのまま、21時が過ぎる。ほかの誰にも釣れていないというのは、凄いことです。やがて、向かいの消波堤の上にいた3人グループが、こちらがいる方の消波堤に向けて渡ってきました。そうか、ここは渡れるのか。。。これがこの日の最大の驚きと感動となりました。
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湖面には何の変化もない。魚は本当にいるんだろうか。どこかで集会でもやってるんじゃなかろうか。選挙でもあるのかなぁ。。。22時10分、釣りを切り上げました。戻ってくる道中もライズを目にすることはありませんでした。白鳥と鴨は多数いるのに、魚は気配すらない。。。顔と腕の日焼けが早速痛み始める中、宿に戻りました。
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OVの連敗記録がさらに伸びてしまいました。昨年9月の3日連続ボウズに引き続き、2日連続ボウズです。弱いときの阪神タイガースみたい。そういえば、OVでは初日に1匹釣っただけで、その翌日もボウズだったから、よく考えたら6日連続ボウズだった。ボウズ・ボウズ・ボウズ。そうか、1匹しか釣ってないんだ。。。

早すぎる夏の到来を遅くまで歓迎している家族連れの声が、開いた窓の隙間から入り込んできます。明日は釣りたい。。。

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samedi, 10 mai 2008

OVで走った

11時10分に駐車場を出発、一路オーストフォルネへ。A1ではA3との合流地点をあたまに空港そばのIKEAの脇で若干の渋滞があったものの、つかまっていたのは5分程度で、やがて流れ出してそのまま事なきを得ました。フランス人は休暇が始まる前の日の晩に移動をする、ということを体感しました。
ドライブのお伴はもちろんラルク。快晴の空の下を快適に飛ばします。菜の花の季節が到来しており、まっ黄色な絨毯を敷き詰めたような光景が時々広がります。12時50分に料金所通過。リールを通過したところでガソリンを給油。59番のナンバープレートの車(リールあたりの車)の運転の荒さに、前回リールに出張できてタクシーに乗ったときに命が縮む思いをしたことを思い出します。
13時40分には国境越え。ゲント、アントワープ、ロッテルダムを超え、オーストフォルネに到着したのが15時半過ぎ。パリから4時間半で済みました。なかなかなものです。そのまま釣具屋に向かい、ライセンスを購入。今年は33ユーロになっていました。ついでに、お店の外に展示してあったスチール製の折りたたみで柄が伸びるランディング・ネットを1本、「この季節はフライは何がいいのですか。」「これです。」と示されたビビオ・フライ1つにワーム系のものを2つ購入。ホテルにチェックインします。

外はすっかり夏日で、短パン姿、真っ白なワンピース姿がリゾートの街中を闊歩しています。さて、それでは行動を開始しよう。NikeTシャツ、同ジョギング・パンツ、同靴下、同ジョギング・シューズ、同ヘッドバンドにリストバンドを着け、アイソトニック・飲料のボトルを腰に装着、ポラールの心拍計はGPSを活用、iPod nanoでBPM80を選択し、16時23分、ホテルの前のサイクリング・ジョギング・コースをそろそろと走り始めました。
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最初のうち好調だったものの、やはり26度の気温に包まれ、太陽に照りつけられると、バテるのも速い。途中、何度も歩くことへの誘惑に負けそうになりました。が、そのたびに水分を補給し、ペースを落としたところ、何とか走り続けることができ、そうこうしているうちに9キロを超えたところに標識が。「Oostvoorne 3」という文字に勇気100倍。「あと3キロだ!。」そのまま走っていくと、なんと500メートル走った先に再び「Oostvoorne 3」の標識が。あれあれ、まだか、案外距離があるなぁ、と「南」に入る時の駐車場を通過し、だらだら続く上り坂を駆け上がっていったら、突然ホテルが現れました。その時の安堵感は筆舌に尽くしがたいです。無事出発地点を通過して心拍系を止めたところ、10.8キロの表示。タイムは1時間3分少々でした。この炎天下、よく頑張りました。

部屋に戻って残ったドリンクを飲み尽くし、自販機の缶ジュース2本を飲み干し、シャワーで体を冷やしてちょっとお昼寝。19時前、キンさんからの電話で目覚め、Petit Restaurantで合流。チーズバーガーにポテトで腹ごしらえを済まし、いざ南へ。そこで初対面となるスティーリーさんと御挨拶。海峡があまりに渡りやすくなっていたのに驚きます。また、20時過ぎにはBさんの姿も確認。皆で釣りをしていると何故か心強い。
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フローターのフランス人が浜で釣り、大声を上げて喜んでいるのを聞きつつ、日が暮れていき、22時30分過ぎに納竿、宿に戻りました。結果はモー浜で1ブレイク。久しぶりのOV魚の感触だったのですが、リールでのやりとりに入ったとたん、ティペットが3Xと4Xの継ぎ目のところで抜けてしまいました。残念。。。
Bさん、キンさんと簡単な反省会。翌朝が早いことから、早々に就寝です。

今日はよく走りました。

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vendredi, 09 mai 2008

ラルク・パリ公演(TOUR 2008 L’7~Trans ASIA via PARIS~)

(後日、書いています。)
昼に日本学の先生との昼食をともにし、グランゼコールで日本語を勉強している人たちに対する支援を行うことが必要、とか、一部の人に食い込んでPRを行うことは広く浅くのPRよりも効果的(1930年代、柔道をフランスに持ち込んだキュリー氏について話していた時の文脈)とか、様々な示唆を得ました。その他、面白かった指摘は、
・日仏関係の緊密化はミッテラン大統領時代の賢人会議の報告によるものであり、パリ日本文化会館の設置や日本叢書の刊行など、諸事業が計画されていた
・スタジオ・ジブリの諸作品が日本のイメージを変えている(特に「トトロ」)
・98年サッカー・ワールドカップ・フランス大会の際の日本チームの活躍が「日本人は集団主義だ」という見方を変えた
・この「日本人=集団主義」という見方の源泉は、60年代~70年代のツアーで来た日本人を観たヨーロッパ人が持ったイメージにある
・国立東洋言語文化学院(INALCO)には以前はシックなイメージがあり、16区のお嬢さんが嫁入り前に中国語を学ぶ、というのがクリシェの一つとしてあった
等でした。相変わらず、勉強になります。

そして、今夜は待ちに待った「ラルク・アン・シエル」のパリ公演、標題カッコ書きのタイトルが付いたコンサートです。19時からのコンサート、18時に開場とされていたため、年休を取得しました。さすがに背広で行く気はせず、Tシャツ&ジーンズに着替え、開場となるヴィレットのゼニート(Zenith)に向かいます。このコンサート会場、いろんな著名なアーティストがコンサートを行っている、いわば殿堂的な意味合いがあるところで、ここで録音されたライブ・アルバムも多数あります。
こういうポップス・ロック系のライヴをコンサート・ホールで聴くのは、11年前にフランス・ギャルがパリのアポロ劇場で行ったコンサート以来で、妙に気持ちが高ぶります。友人とポルト・ド・パンタンの駅を上がったところのカフェ、Horlogeで待ち合わせ。ビールを飲んで景気をつけて、会場に向かったところ、既に人だかりができていました。
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自由席だったのですが、舞台かぶりつきの立ち見フロアにしておいてもよかったかな、というのが率直な感想。それほど若くもないのですが。待っている間、場内ではウェーヴが何度も往復し、足踏みとともに熱狂が高まっていきます。会場の入りは大体9割程度かな、脇の後ろの方の席は空いているし。なんて思いながらも足踏みとウェーヴと突如わき上がる歓声・拍手に参加していたら、早くも汗をかいてしまいました。そして20時。会場内が一気に暗転。紗幕の向こうに3人の影が大きく浮かび上がり、大歓声が悲鳴に変わります。
知らない曲が多く、特に過去3年分の曲を全く知らないというハンディはあったのですが、Driver's High、Winter Falls、Honey、STAY AWAY、Ready Steady Go、NEO UNIVERSEなどでは、周囲のフランス人と一緒になって、当方も存分に盛り上がることができました。途中、アクシデントによる中断もあったものの、全体を通じて熱狂のライヴ。エネルギーを十分に費消することができました。やっぱりライヴはよいです。

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さて、気づいた点をアト・ランダムに書きつくれば以下の通り。
1.日本人客は思いの外少なく、白人系の人たちが凄い盛り上がりを見せていた
 オペラ座の歌舞伎公演では大体3割程度が日本人だったような印象を受けたのですが、ラルクの場合1割程度でしょうか。日本からの追っかけギャルたちで会場が満たされている光景を予想していたのですが、見事に外れました。
 白人系の人たちが多かったのに驚き。そして、彼らが会場の盛り上がりの原動力になっていたようにおもいます。ライヴの楽しみには、会場が一体となる喜びもあるのだなぁ、とつくづくしみじみ思いました。
 フランス人