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février 2009

samedi, 28 février 2009

走るフランス人たち

一昨年、結婚式に呼んでくれたフランス人の友人夫妻が、勤務先の香港から一時帰国し、新婦の30歳誕生パーティーを開催する、とのことで、招待してくれたので、再び、あの豪邸に行ってきました。パーティー開始後すぐだったこともあって、ほとんど人は居なかったのですが、そんな中でも結構走る人が存在することを知り驚きました。旦那も香港マラソンを走っており、奥さんの方は今度万里の長城マラソンに出るとか。その友人は初マラソンをどうするか、と悩んでいたらしく、ニース・カンヌを薦めておきました。
その後、うまみ庵に出かけてしっかり食事を取り、シェフに合流してもらって1区にあるフランス語ソングが歌えるカラオケ屋(中国人経営)へ。しっかり閉店の2時まで歌って帰って来ました。さすが中国人、適応力が違います。

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vendredi, 27 février 2009

会食ウィークの終了

今週1週間は必ず何かがあって、夜は会食の日々が続きました。ウィークデイ最終日、今日は仕事ではなく、職場の同僚とのプライヴェートで、松ちゃんでの会食を行い、帰ってきました。最近は2回転となっているのか、21時頃に食べ終わってしまうとどんどん片付けが行われ、残ったビールをゆっくり飲みながら語らう、といったことは難しくなってきました。とりあえず事務的に肉を食べるだけのところになりつつあります。若干残念ではありますが。
明日はフランス人の友人の誕生パーティーです。なかなか走ることが出来ていません。パリ・ハーフまであと1週間ちょっと。。。

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jeudi, 26 février 2009

人脈形成

先日、出張者が学校訪問でお世話になった方をお招きして、謝意表明会食を田川で行いました。日本にはまだ行ったことがないが武道をやっている(柔道と合気道と何かが一緒になったという、よく知らない武道でしたが)という同氏は、小学校の先生を10年やった後に試験を受けて視学官となり現職にいる、とのこと。フランコ政権時代のスペインを逃れてきた家に生まれた、パリ生まれ・パリ育ちだそうです。そんな彼らに日本食を味わって貰いながらの会食では、改めていろいろな情報を得ることができました。
小学校の場合、市が設置を行い、どの学校に通うかという点も市が決定するのですが、教員は国民教育省の流れで来ており、双方で話し合いが必要な局面もあるそうです。校長先生というのは、学校の授業時間中は国民教育省から給料をもらっていても、休み時間に学校施設の監督者となる場合には市から給料をもらうらしく、そのあたりの仕組みもまた複雑です。生徒指導や学力の問題を抱える学校には、基本的に若い先生が行かされることになるらしく、異動希望は年功に応じてかなえられるのだとか。他方で、ずっと同じ学校で勤務する、ということも可能だそうです。最近は「結果(résultat)」が大変重視されるようになってきている、とのことでしたが、日本の競争と比較すれば何ということはなく、フランスから見ると日本というのは大変厳しい社会であり、自殺者が多いのもそれ故だろう、という見方になっているようで、これは一般にフランス人によく流布しているステレオ・タイプであるようです。真実が含まれているのかも知れませんが。
こういう機会を設け、人と人とのお付き合いをしておくと、「また何かあったらいつでも言って欲しい。」という関係を構築することができます。そして、こういう人脈をどれだけ次代に引き継ぐことができるか、という点が今後の課題になりそうです。

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mercredi, 25 février 2009

会食続き

午前中、出張者の人を案内して施設視察と状況聴取に出かけ、空港まで送り、ターミナル2Dのピザハットで軽食を取りながら打ち合わせ。その後、職場に戻ってきてからは事務仕事に追われつつ、20時から別の出張者との夕食会をCercle du 17eで。Cercleのヴォリュームが以前と比べて圧倒的に多く、デザート・コーヒーまで行き着きませんでした。今週は誠に会食週間です。

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mardi, 24 février 2009

朗報と再びうま味庵

午前中、出張者の方と濃くあつい打ち合わせを行うことができ、若干の朗報ももたらされました。ただ、これは神風が吹いたようなものであり、恒常的な状況の改善のためには改めて努力が必要になってきます。
午後の終わりは一緒に会議に出て、昼食は全10名でMaison de Campagneで。その後、職場に戻ってきてルーチンの事務を行った後、夜は再び合流。日本語ぺらぺらのフランス人青年も合流し、日本料理評価委員会が認めた正統な日本料理屋でもあるうま味庵でささやかな夕食会。ヴァージン・メガ・ストアーでマンガ・コーナーも御覧頂くことまでできました。明日はいよいよ施設訪問です。

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lundi, 23 février 2009

再び出張者

午前中はのれんをとにかく腕押し、糠にかすがいを打ち続ける仕事を続け、午後は本棚の購入の件などを処理しつつ、明日から始まる調査に向けた準備を整え、夜はその調査のために訪仏された出張者の方との会食をスージーで。情報のインプットをしっかりと行っておきたいと思います。

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dimanche, 22 février 2009

Le Trail du Chateau de Pierrefonds

Affiche_trail_2009今日はピカルディー地方はコンピエーニュ近郊にある小さな街、ピエールフォンで開催されたトレイル・レースに出場してきました。32キロ、アップが800メートルというタフなコースで、ゴールはピエールフォン城の「足下」とのこと。パリ・マラソンを視野に入れ、そろそろ30キロを走っておいた方がいいだろう、というのが一つと、フランスの掲示板によればオーガナイズが大変上手く行っており、「トレイルの入門に最適」とのことだったことから、2月5日に覚悟を決めて申し込んでいたものです。ピエールフォン城は19世紀後半にヴィオレ=ル=デュックによって修復が行われた城郭で、以前一度、2007年4月29日に訪問したことがありました。歴史は浅いものの、街を見下ろして聳える圧倒的な迫力があるお城です。そのお城の「足下」まで行く、ということは、もしかすると「あの」坂道を登ってゴールなのかしらん。。。

トレイル・レースは昨年、7月6日のソローニュ・クラッシックで22.2キロというのは経験しているのですが、あれは若干のアップダウンはあってもさほど急勾配でもなく、結局2時間で走ることができたという点ではほとんど平地のレースのようでした。今回は32キロという距離もさることながら勾配がどの程度なのかが分かりません。不安一杯で準備をし、5時45分、真っ暗ななか家を出ました。

日曜日の早朝、しかも冬のヴァカンス中ということもあって、ピエールフォンの街までは1時間少々。車内で昨晩用意しておいたおにぎりを食べておきエネルギーを蓄えます。街に入った後、さてゼッケン引き取り所はどこかしらん、と街の辻に立つ看板を覗き込んだら、「ゼッケン引き取りはこちら」という紙看板が出ていて全く迷うことなく目的地にたどり着きました。そして、引き取り所になっている体育館の駐車場に車を停めることが出来たのも嬉しいところ。あと10分遅れていたら一杯になるところでした。ゼッケンは288番。スムーズな引き取りができました。アジア人は自分一人のようで、周囲から奇異の眼差しを浴びることとなりました。

最初、膝までのタイツで走ろうか、と思っていたのですが、まだ暗い駐車場でウォームアップをしているいかにもトレイル慣れした人たちはくるぶしまでのタイツをはいている。多分、それが正しいのだろう、と持ってきていた長タイツに履き替えました。他方、一つ大いなるミスを犯したことに気付きました。ウィンド・ブレイカーを持って来るのを忘れた。。。Nike Proのタイトフィット・インナー(半袖)にNike Fitの長袖シャツを合わせたのですが、その上に羽織るべきウィンド・ブレイカーを持って来なかった。。。一緒に走る人たちは皆、それを着ています。試しに車の外に出てみたら大変寒い。大いなる失敗です。こういう経験を通じて人は賢くなっていくのだろう、とは思いますが。。。

8時に車を出て、出発地点までピストン輸送を行っているバス(通学バスでした。街の所有物でしょうか)に乗り込み、隣町へ。ピカルディーのだだっ広い畑を見ながら、一体どこにトレイルができるような山があるんだろう、と不思議に思ったのは、進行方向右側に座ったからかも知れません。あっという間に到着し、教会前のスタート地点へ。600人の制限人数に到達したのかどうかは分かりませんが、かなりの人混みとなりました。エネルギー・バーとOverstim・sの抗酸化ジェル(Antioxydant)を摂取し、スタートに備えます。集まっているランナーたちを見ていて、皆が年季の入ったシューズを履いているのに圧倒されました。おろしたての靴を履いているのは自分くらいではなかろうか。片方の靴の裏でもう片方の靴を踏んでウェザリングを施したりしながら、緊張感を高めていきます。
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定刻を5分遅れの9時05分、スタート。チップによる計測がないため、タイムを計るには自分の時計だけが頼りです。そして、そもそもこういうレースではタイムというものはあまり意味を持たないことに、走り始めて5分後、まだぬかるみの残る未舗装路に入り込んだときに気付きました。こういうレースではタイムはあまり問題になりません。もの凄い登りにさしかかると、皆当然のように走るのをやめ、歩き出します。ああ、そういうことなのか。もちろん、先頭集団はこういう場所でも走り抜けているのかも知れませんが、歩くことにも市民権が十分に与えられているこういうレースでは、タイムのことを気にしても仕方ない。

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急な登りがあればだだっ広い畑の中の1本道もあり、ぬかるんだ急な下りがあれば低木の間を抜けていく気持ちの良い落ち葉の道があり、時折倒木や水たまりが行く手を阻んでいたりする。木の根が張り出していたり、滑りやすくなっていたり、石が付き出していたりする道を走るのは、どこに足を置いたら良いのかを瞬時に判断しなければならないという点で、登山に似て、大変頭を使う作業でした。それと、くるぶしまでの長いタイツにしたのは正解。結構、脛の辺りに当たる木の枝があったりして、膝までのタイツだった場合、直接それが肌に当たることになります。いろんなことを勉強させてもらいました。
先々週購入しておいたトレイル用のリュック(ビニールの水筒が入り、チューブが胸まで伸びてきていて、走りながら給水が可能)のありがたみをつくづく感じました。きつくなってきた時に少し水を飲むだけで随分体が楽になります。

スタート前にMCのお兄さんが言っていたところによると、給水地点がある17キロ地点まではそんなに大変ではない、17キロ地点から先の15キロが大変だ、とのこと。いえいえ、17キロ地点までの区間も十分大変でした。が、確かにそこからがきつかった。家に帰ってからPOLAR心拍計のデータをパソコンに取り込んで見てみると、高度差30メートルから80メートルほどある登りを15キロの間に8回、繰り返している。道理で。そして、この区間を乗り切るに当たって、自分に一つルールを課しました。「一定以上の登りの区間では歩いてもいいが、平坦な区間、下りの区間は走り続けよう。」そして、おそらく同じようなルールを自らに課している人たちが前に後ろに居てくれたのも、自分のこのルールを遵守する助けになりました。仮に一人だったら、あるいは、周りにいる人たちの数が多すぎて自分が匿名の存在になっていたらこうはいかなかったのでしょうが、レースも後半にさしかかってくるとだいたい同じペースの人たちが集まった5人程度の小集団が出来あがっていて、抜きつ抜かれつを繰り返すうちに少しずつ顔やユニフォームで近隣の人と知り合いになってしまっているため、誰かが走り出すと周りの皆が走り出す、という好循環ができあがっています。トレイル・レースの楽しみの一つでしょうか。
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登りの時は歩いているとはいえ、急な坂をぐんぐんと登っているので、20キロを超えたあたりから膝はぱんぱんに張ってきます。そんな時に走るのは大変きつい。そのきつさを和らげるために使った戦法が3つ。一つは「楽しいことを思うこと」で、可愛い甥の写真を思い出したりするとすぅっと体が楽になりました。二つめが「無理にも笑顔を作ること」で、「何でこんなにきついんだ」という半ば自虐的な笑いであっても、体を楽にしてくれました。そして三つ目は、30キロを超えた地点で冷たい風に吹かれながら畑の中の直角カーブを曲がった時に思いついたのですが、「苦しいと思わないようにすること」でした。膝が痛い、脚がつりそうだ、呼吸が苦しい、背筋が痛い、といろいろな不平不満が体のあちこちから脳に信号として届けられるのですが、脳の方で「だから何?」という姿勢を維持するのに成功すると、案外走り続けることができる。「意思の力」「おもねらないこと」「不感症」、もっと適切な用語があるのかも知れませんが、この三つ目の方法はランニング以外の様々な局面で応用できそうです。

舗装道路に出て下っていった先、道路で車を止める役割をしている人に「日本人ですか?」と呼びかけられ、「そうです。あと何キロ残ってるんですか。」「1キロ少々ですよ。」気持ちが楽になるとともに、残りは走り続けよう、という気になりました。残された距離が分かると、その間に全力を使い切ろうという気持ちになれます。やがてお城が見えてきた。さっきのおじさんは「あとはくだるだけ。」と言っていなかったっけ?。そうなるとお城の「足下」というのは下の方なんだろうな。いや、でも去年の写真ではお城の坂を駆け上がっているような写真があったけど。。。

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やがて道が登り始めました。やっぱり下りだけではなかったんだ。。。既にゴールした人たちが坂道を下ってきます。「Bravo!」「Allez! Allez!」「Courage!」様々な励ましの言葉をもらいながら上り坂を走り続けます。少し前なら歩いて登ったであろう坂道ですが、ここまで来たらもう大丈夫。そして不安は的中。やはりゴールはお城の中となっていました。よし。まだ煙草を吸っていた時分に息を切らしながら歩いて登った上り坂を今は走って登っている自分を誉めてあげながら最初の登りを終え、ぐるっとお城の周りを巡った先、さらに急な坂を走って登っている人の姿が見える。えええ。。。全貌が見えるところに来たところ、最後にさらに登りがあって、その先にブルーのゴール・ゲートが置いてあるのが見えました。そのとき、Nike+からは「3時間55分経過」のアナウンスが。この様子だと4時間を少し超えてしまうかも、と思いつつ、最後の坂道を走って上がっていき、ゴール地点で応援してくれている人の声とカメラとテレビカメラに励まされながらゴール。後で時間をみたら「3時間56分51秒」との表示。そしてゴール時の心拍数は100%MAXになっていたようです。即日出た結果では、完走者557人中472位だった、とのことであり、本格的トレイルは事実上初めてだった自分としては健闘したのだろう、と思います。他方、トップは2時間16分でゴールしている。多分、自分が歩くことを是とした坂道も走り続けなければこのタイムは出ないでしょう。恐るべきことです。

ゼッケンは後ほど行われるくじ引きで使われるとかで取られてしまいました。出発時に荷物を預けた人はゴール地点で引き取れるようになっていて、フリース等を預けておかなかった不明を悔いましたが、まずは車へ向かおう、と、張った脚をそろりそろりと出しながら坂道を下っていきます。駐車場までがちょっと遠かったのが辛かったですが、それでも15分程度。ちょうどクール・ダウンになったのかも知れません。車に辿り着いた時の安堵感といったらありませんでした。

Sp2220063バドワとおにぎり2個でとりあえずのエネルギー補給を行い、体育館で昼食を取れるとのことで向かっては見たものの、あまりの行列の長さに辟易として、すぐにピエールフォンを後にしました。誰かと一緒ならまだしも、一人であのお祭りの中に入っていくのも億劫でしたし。


そして、教訓がもう一つ。レースで使う靴と会場まで行く時に使う靴は使い分けた方がいい、ということを思い知らされました。思い切り濡れて、泥まみれの靴のまま、帰ってこなくてはならない羽目となったことからの後知恵ですが、このことは今後ずっと守っていくことになるだろうと思います。

15時過ぎに自宅に帰還。何よりも先に靴を洗い、お風呂に浸かり、洗濯機を回しました。夜には切れた筋肉繊維の修復を助けるため、スキヤキ肉を焼いておろしポン酢で食べておきました。今日のところは筋肉痛はさほど激しくないのですが、明日・明後日はどうなっているか。とにかく早く寝てしまい、来週に備えることにします。

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jeudi, 19 février 2009

マーラー交響曲9番 par パリ管@プレイエル

3日目になっても評価の尺度が噛み合わないこと、しかも一人だけ違う評価をし続けること、そういうことが生じた面接も終了し、一息ついた今日は、マーラーの交響曲9番をサル・プレイエルに聴きに行きました。もしかしてパリ管を聞くのは初めてだったかも知れません。

19/02/2009 20:00
Orchestre de Paris
Christoph Eschenbach : direction

PROGRAMME DU CONCERT
Gustav Mahler
Symphonie n° 9

そして、初めて、オーケストラの後ろから指揮者を正面から見、後ろに広がる客席を眺めながら、コンサートを聴く機会ともなりました。
エッシェンバッハの謹厳でありながら情熱的な指揮、それに乗ったオーケストラが作り出した音楽は、マーラー9番を初めてコンサートで聴いた自分に至福をもたらしてくれました。特に第3楽章の吹き出すような情熱の中に突如現れるトランペットの内省的な響きや、内に内に情熱を込めていくような第4楽章の弦楽器の音色には、体重が減ったんじゃなかろうか、とさえ思うような感動を味わうことができました。いつまでも終わらないで欲しい音楽の響きがホールから消えた後、指揮者が手を下ろしきる前に拍手が始まってしまったのは少々残念でしたが、すっかり満たされて会場を後にしました。オペラも良いのですが、コンサートも良く、ひょっとすると内面的にはよほど、こちらの方が盛り上がることができるかも知れません。

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mercredi, 18 février 2009

面接2日目

面接も2日目となると主要審査委員間では評価が一致するようになってくるのが通例なのですが、通例とは例外があるから成立する概念であることを知らされた一日でした。他の4人が全く評価していない志願者について「自分は彼に1番の点数を付けた」と言う人がいたりした場合、委員会としての結論を出すためには十分な議論を経る必要が出てきます。よって多大な時間を要することになる。とはいえ、人の人生を左右することではあるので、ちゃんとした検討は必須です。面接時間に滞った仕事をしていたら、久しぶりに23時前までの勤務となりました。明日が最終日です。

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mardi, 17 février 2009

TUTOIEMENT

今日から3日続く面接が始まりました。今日は午前中だけで済んだのですが、午後、夕立のように仕事が降りかかってきてしまい、20時からの会食に間に合わせるため、悲壮な気持ちで取り組みました。悲惨オーラが出ていただろうと思います。
「ひょうたん」で行われた会食は、フランスの中学校の日本語の先生(フランス人)とで、早稲田大学に留学されていたというだけあって、日本語がぺらぺらです。おかげさまで当方の拙いフランス語はあまり出番もなく、大変助かりました。そんな先生といろいろ話をしていると、物事を改善するためには、現場からの声を十分に聞くことが不可欠、という当たり前の真実に行き当たると同時に、会食の機会に得ることができた現場からの声も、自分の想像力と創造力を働かせてアクションにつなげていかなければ、ブログのネタ集め程度の意義しかなく、それが印税収入に結びつく人の場合はさておき、自分などはやはりアクションにつなげていかないとなぁ、とつくづく思った次第です。もらったヒントは明日から早速関係要路に伝え、物事を動かしていこうと思います。
仕事はさておき、「tutoyer」ということについて興味深い話を聞きました。相手を呼ぶ時に「vous」を使うか「tu」を使うかは、日本人(あるいは自分)にとっては結構難しい問題です。「tu」は「君」とか「おまえ」といった訳語が当てられており、ものすごくくだけた感じであるように思われます。昔、東大総長までつとめられたフランス文学の先生が、「男女がvousで呼び合うのをやめてtuで呼び合うようになった時には、彼らが「親密な」関係になったことを示している。」とおっしゃったりした、とも聞きました。そんな中で、フランス人とtuで呼び合うには結構な勇気が必要だったのですが、そうでもないらしい。彼によると、「tutoiement」は2人の間に有る程度の距離がある場合までを含むものであるらしく、「ため口」より丁重である場合までを含み、「です」「ます」調も十分射程に入っているのだそうです。なかなか奥が深いです。ちなみに、学校の先生である彼は、自分の生徒たちを呼ぶ時は「tu」を使い、逆に生徒たちが自分を呼ぶ時には「vous」を使わせるが、それは上下関係をはっきりさせるためだそうです。現大統領は閣議の場では皆が「vous」で呼び合うことを求めたようであり、昔からの格式高い家族では今でも「vous」で呼び合っている、と聞きます。ううむ。。。難しく考えない方がいいのかも知れませんが。。。

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lundi, 16 février 2009

記者会見

午前中は会議とその後のこなしを数件。午後は週末に届いていた厄介なメールに対する回答をいくつか作成し、評定面接を行った後、引き続きの回答作成。明日から始まる面接の日々に備え、応募書類を見ていたら、一本東京へのレポートをやっていなかったことを思い出し、それを作成したりしていたら、久しぶりに22時を超えました。

なにやらGoogleニュースによれば、酔っぱらって記者会見に現れた大臣が攻撃されているようですが、フランスでは2007年6月に国家元首がそれをやっていました。ロシアの大統領との会談が終わった後の記者会見です。ちょっとプーチンさんとの会談が長引いたことを冒頭、謝っているのがサンパなところです。

会見時の失態が会合の中身よりも重要な事項になってしまったのには、そのような様子を見せた側にもそのような様子しか報道しない側にも、そしてそれを見てメディアの前で何かを語る人々にも、問題があるように思います。風邪薬を飲んでいようとも泥酔していようとも、それなりにもっともらしくプレゼンテーションをすることの大切さをフランスの国家元首は教えてくれているかも知れません。

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dimanche, 15 février 2009

LSDでスタミナ切れ、とは。。。

昼過ぎに起床。昨晩の焼酎が残っていて体が重く、フォンテーヌブロー行きは断念。そのかわり、久しぶりに3時間走をやってみよう、と思い立ち、15時45分に出発。モンソー公園の脇を通って聖オーギュスタン教会、マドレーヌ寺院、コンコルド広場と名所を眺めながら、日曜日で自動車通行止めになっているセーヌ河畔通りへ。昨年1月13日に同じように走っています。その後、この通りはパリマラソンで逆方向に走っていることもあって、馴染みの道となりました。晴れ渡った午後だったこともあって、沢山の散歩客が繰り出していて、その中に時々ジョガーも混じっている、という感じ。今日はベルシー橋まで行って折り返しました。
その後コンコルドまで戻っていき、橋を渡ってセーヌの反対側をエッフェル塔近くまで行き、Debilly橋で再び右岸に戻り、グルネル橋のところでついに白鳥島(Ile aux Cignes)に降り立って自由の女神のところまで走り、その後、ラジオフランスの足下に戻ってパリ・マラソンのコースを辿ってみることにしました。ジャン・ドゥ・ラ・フォンテーヌ校の前までの道、厳しい上り坂だったような記憶があったのですが、今回は全く大したことがなかったのは、そこに辿り着く前までに30キロを走っていないが故なのでしょう。ローラン・ギャロスのところの通りが案外長いのに驚きつつ、ブローニュの森の脇をかすめてオートイユ広場に向かっていく坂道を登っていく途中でついにガソリン切れ。そこから先は歩いたり走ったりを繰り返しつつ、結局、ブローニュの森に入ってからのコースは大幅にショートカットして、何とかフォッシュ通りまで辿り着いたところでエクセサイズをやめることにしました。2時間45分で25キロ少々を走っていた模様。SLDを意識したトレーニングだったのでまあいいのですが、このままだと4月のパリマラソンで4時間を切るのは難しいかも知れません。今年、膝が痛かったり、雪が降っているのを口実に走っていなかったところ、そのサボりの結果が見事に現れている感じです。
それにしても、今日のエネルギー切れは辛かった。走ろうという気持ちが心の中で遠ざかっていくような感じで、寒い中、3キロ近くとぼとぼと歩いて帰ってくる羽目となりました。右足の付け根のところに走った痛みは、ヘルシンキ・マラソンの時と同じものでした。また、20キロを超えてから推進力がどんどん失われていったのは、筋肉不足であるように思います。筋トレが必要だ。他方で、左膝に痛みが来なかったのは大きな収穫です。パリマラソンまでの残された日々を有効に使っていこうと思います。

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samedi, 14 février 2009

La Course de la Saint Valentin

20081206115948saintvalentinヴァレンタイン・デイの今日、標記レースに参加してきました。「聖ヴァレンタインのレース」というタイトルのこのレース、Les FrontRunners de Parisが主催しており、今年で10回目を迎えます。このレースの特徴は、ヴァレンタイン・デイに開催されるというだけあって、愛が込められているという点です。主催団体はゲイ・レズ・バイ・性転換ランナーが集まって作った団体で、全世界的なネットワークを持っている様子。パリのそれはフランスに4つ支部があるその一つであるようです。レースの申し込み用の紙を見ると、仲むつまじげに手に手をとった男と男が楽しげに走っている写真が使われていて、これが理由で小心者(あるいは自意識過剰)の私などは一旦は参加を諦めたのでした。が、会場となるビュット・ショーモン公園は起伏のあるトレーニングに最適の場所として有名であり一度は走っておきたかったのと、ちょうどその翌週2月22日に32キロのトレイル(アップが800メートル)に出場することにしたことからそのトレーニングにもなるだろうかと思ったこと、そしてちょっと怖い物見たさで、参加を決めました。職場の同僚2名も(当方からの強い要請により)参加してくれることとなり、ゼッケン引き取り等の際に一人でいることに伴う心細さがなくなりました。

8時に起床、メトロ5番線のOurcqまで行き、同僚たちと合流し、会場近くの体育館でゼッケンを引き取り。Tシャツ等が入った袋の中には、主催団体のメッセージが込められた小道具が入っていて驚きました。ボディー・ソープやデオドラント・スプレー(パリ・ハーフ)やシャンプーや洗剤(ヘルシンキ・マラソン)が入っていたことはありましたが、こんなことは初めてです。19人入ることができるという男性用更衣室には、畏れ多くて入れませんでした。会場となったビュット・ショーモン公園にはレインボーフラッグが掲げられていました。レースへの参加は団体構成員以外にも広く開かれており、500名を超える登録者があったために当日登録が不可能になっていたようなのですが、やはり啓発的意味合いは残されている様子です。
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体育館から公園内のスタート・ゴール地点までが長く、何よりも寒いのに閉口(放射冷却現象が進んだためでしょうか、マイナス1度だった様子です)しましたが、スタート地点に辿り着いた時には既にスタート時間まで3分を切った状態。十分に柔軟体操もできないまま、公園1周2キロを5周するレースが始まってしまいました。それらしき人たちに囲まれつつ、美しい公園の自然を楽しみながら、登って下って約1キロ、応援に来てくれていた同僚夫妻に挨拶しながら走り続け、登って登って約1キロ。この周回後半の1キロが大変足にこたえる、体への負荷の高いコースとなっており、特に3周目が厳しかったです。その3周目の坂を上った先、6キロ・レースを終えるカップルたちが手に手を取って走っていく様は、なかなか壮観ではありました。そして、ゴール方面とは違う方向の道に入っていく時に、なんだか寂しい感じになるくらい、ランナーが激減したのは印象的でした。後から送られてきた資料によれば、完走は330人、6キロのカップルランを走りきったのが121人(何故奇数?)と、実際には10キロを走った人の方が多かったのですが、賑やかだったからでしょうか。印象というのは頼りにならないものです。

4周目に入った時、「あ、この経験もあと2回できるだけなんだ。」と思ったら、レースを一期一会のものとして全力を尽くそう、という殊勝な気持ちになり、最後の2周を慈しむように全力で走ることができました。ゴール直前まで登り続けるという、ラスト・スパートが不可能なコース作りになっていたのですが、そこも全力で駆け抜けゴールしたら52分少々。後の公式記録では52分19秒で、209人中137位となっていました。アップ・ダウンがあったにもかかわらずこの好成績だったのは、ダウン時にスピードが乗っていたことによるのでしょう。3分56秒/キロで走っていた時もあったようですから。
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Sp2140049ゴールしてしばらく応援に来てくれていた同僚と話し、すぐに着替えのために体育館へ。一緒に走ってくれた同僚2人とすれ違いつつ、小走りに冷え切った空気の中、風に押されて戻り、建物の中に入った時には本当にため息が出ました。着替えを済ませて繰り出したケバブの昼食は本当に美味しかったです。


帰宅しシャワーを浴びた後、レースの心地よい疲れのまま寝入ってしまい、危うく夕方のソルボンヌ大学文明講座修了証書授与式に間に合わなくなるところでした。同授与式に参加した後、ちょっとしたカクテルで関係者との意見交換。次回は6月8日(月)とのこと。親切な先生と立ち話をしたのですが、そのフランス語の綺麗なこと。感動的に美しいフランス語でした。会場を失礼した後、近くのカフェに入ってビールを2杯。その後、うまみ庵に出かけて4人で焼酎1ボトル半ほどを空けてしまい、ヴァージン・メガストアで買い物をしたり、さらにパブみたいなところに入ったり、さらにははぐれてしまった1人の家に上がり込んだりして、2時頃自宅方面に向かったのですが、乗ったタクシーが凱旋門広場で別の車と軽い接触をしたりして、いろんなことがあった土曜日が終わっていきました。

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mercredi, 11 février 2009

紀元節

日本の祝日にあわせて休日となった今日は、夜の会食が予定されていました。出張者の訪問先アレンジを一手にやってくれた機関の2人を日本食レストラン田川にお招きしての会食時のネタとして、2月11日がどういう日か説明できるようにしておこうと、いろいろと調べました。要するに、紀元前660年に最初の天皇陛下が即位した記念日で、現在の天皇陛下は第125代である、というところだったのですが、結局、その他の話題で満ちていて、2時間半程度の時間があっという間に流れていきました。
フランスの学校では携帯電話は持ち込み可能だが電源を切っておかなければならないようになっている、とか、フランス人はOECD・PISAの学力調査の結果は全く気にしていない、とか、10月から12月までは全世界から出張者が多数あって大変だが1月~2月は通常そんなに多くない、とか、いろいろと興味深い話を聞くことができました。一人はもともと英語の先生だったらしく、現在のポストには4年目で異動希望を出すことは可能だが、そうするかどうかは分からない、とのこと。昨年度も同じような機会を設けたことがあったのですが、そのときに一緒だった人がポストを移ってしまったことを大変残念がっていました。折り紙を折ってくれた、と覚えていてくれたりして、強い印象を与えるにはやはり日本文化です。有意義な紀元節の会食でした。

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mardi, 10 février 2009

不眠が再び

ここしばらく、深夜3時頃に目が覚める日々が続いています。仕事のことが頭に浮かんできて、いつの間にかそれで頭がいっぱいになって目が覚めている。何とか眠っても6時前にはまた目が覚める。今日もそんな風に朝を迎えてしまったことから、仕方ないので、7時から雨の中35分程度走って帰ってきたところ、急遽朝の仕事に行く交通手段が無くなったとの連絡が入り、仕方なく自家用車を出動させました。
知っている人が運転している車に乗るときには助手席に座るのがルールであって、後部座席に乗ることは運転している人を運転手扱いすることになるのでよくない、というマナーは少しずつ忘れ去られつつあるようです。
今日は出張者と一緒に学校の見学だったのですが、この学校でいかに日本語教育が優遇されているか、ということを強調され、いろいろと考えるところがありました。他方で、「フランスの高校を」という配慮でアレンジしてくれた人を前にして、出張者から、「この学校がいかに特別なところか、ということが分かりました。一般化してはいけませんね。」とのフレーズが飛び出し、アレンジしてくれた人から「特別なところもあるがフランスの高校です。」と言われたりすると、冷や冷やものです。空気を読むというのは、なかなか難しいことであるようです。
今晩は眠れるといいのですが。。。

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lundi, 09 février 2009

暴風雨

この冬のフランスは試練を受けているかの如く雪や暴風雨が頻繁に通過します。今朝は雨。今夜暴風雨になるそうです。被害がさほどでないことを祈っています。

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dimanche, 08 février 2009

Les Foulées de Vincennes(ヴァンセンヌ10キロ・レース)

Foulees_vincennes今日は先週に引き続き10キロ・レースに出場しました。ヴァンセンヌの森の脇に設けられたコースをぐるっと2回まわって10キロです。先週の8区の10キロ以来走っていないので、少々不安ではありましたが、スタート予定時刻の10時45分に間に合うよう、9時45分に車で出発。そして、これが無茶だった。シャトーの前の巨大パーキングは既に一杯。その脇のピラミッド通り沿いのパーキングに何とか車を停めた時、既に10時20分を回っていました。大あわてで準備運動もせず、デジカメも車の中に置き忘れたまま、約1キロの道を駈けていき、ゼッケン引き換え所を何とか見つけたのが10時30分過ぎ。それからゼッケンを付け、靴にチップを付け、荷物を預け、スタート地点に入ったら、10時40分を過ぎていました。最後尾で屈伸やストレッチをしていたら、いつの間にかスタート時刻を過ぎていたらしく、目の前の集団が動き出している。自分も音楽と心拍計のスイッチを押しながらスタートラインを飛び越えました。
コースは市庁舎前広場を出た後、ヴァンセンヌの森の脇の住宅街の前を走りながら森の中に一瞬入り、一般道に出て戻ってきて、再び一瞬森の中に入った後、市庁舎前広場に出てきてもう一周、というもので、ほぼ真っ平らです。最後尾スタートであったということもさりながら、BPMを全く無視した、自分にとって気持ちのいい音楽だけを選んだプレイリストだったということもあるかも知れません、とにかくごぼう抜きです。最後の3キロ程度は心拍数が102~104%MAXのまま走り続け、最後の1キロは少しバテながらもスピードに乗ってゴール。実時間で50分24秒という好タイムでしたが、後ほど送られてきた結果では全3182人中1829位。まだ真ん中以下です。
最後、ちょっと左膝に痛みが走ったのが気になりましたが、これまでの痛みとは違った表面的な傷みであり、「壊れてはいないな。」と思えるあたり、以前のような心理的圧迫感はありません。メダルはガラスの中に文字と絵が刻まれたもので、もしかすると初夏に行われるヴァンセンヌ10キロの記念品を作っているところと同じ会社による製作かも知れません。
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寒いのですぐさまジョギングで車に向かい、そこで着替えて一旦家へ。家でレンジで温めるPICARDのカレーで昼食とした後、柔道パリ国際に向かいました。

今回で4回目となりますが、過去の反省を踏まえ、14時30分に到着。14時45分頃、男子4階級、女子3階級分、重量クラス7階級の予選最終戦が開始されました。満員になると16000人程度(ボクシングの場合)入る会場、ということですので、今回の柔道の場合、満員では15000人程度になるのでしょうか、その会場の8~9割方お客さんが入っていて、声援や雰囲気は圧巻です。そんな中、リネーの人気は圧倒的でしたし、フランス人選手には大きな声援が飛んでおり、4枚並んだ試合場の他の畳で試合している人も大変だなぁ、と思うことも時々ありました。結局この日は100キロ級で穴井選手が優勝(ただ、相手選手が指導4回を受けての判定勝ちでしたが。。。)しただけに終わり、男子2つ、女子2つの金メダルを獲得したフランスの国歌ばかりが耳に残りました。リネー、身長が204センチもあるのですね。道で出くわしたらさぞかし怖いだろうと思います。それと小野卓志選手の柔道のねちっこさが印象的でした。終了間際、斎藤仁代表団長にお目に掛かった時には、あの涙を思い出し、大変緊張・恐縮しました。
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所どころ渋滞するパリの街を東から西まで走り、夜はスージーで今日東京から到着した出張者の人と、打ち合わせを兼ねた夕食会。21時には終了し、帰ってきました。さて、明日からまた忙しくなりそうです。

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samedi, 07 février 2009

小澤征爾のコンサート(パリ・バスティーユ)

11時過ぎ起床。PICARDの「BENTO」なる冷凍食品で昼食としました。鳥の照り焼きと餃子と御飯が一つになったレンジ食品ですが、餃子のたれは付いておらず、御飯の量も少なく、と、日本人からすれば足りないところ尽くしではあるのですが、とりあえず雰囲気は出ています。時々食べる分にはいいかも知れません。
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家を出た時に雨がすっかり雪に変わっているのに驚きつつ、14時前にシャンゼリゼのお店に到着し、店員さんとの会話を楽しみつつ鞄を購入。日曜日ほどは混んでいませんでした。横殴りに本降りになった雪の中、14時30分に駐車場を出てOPEN DE FRANCE KENDOが行われている会場へ。
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渋滞に邪魔されたため会場到着は15時30分になってしまいました。17時まで滞在し関係者と意見交換。日本の大学から17名の学生さんが遠征で来ていて、ただ、個人戦に出てしまうと上位を独占してしまうことから、本日は参加せず、明日日曜日に開催される団体戦に出場する(人数が揃わないチームに人数調整要員として入る)ということを聞き、フランス剣道の現状を知ることになりました。今回滞在中にはおそらくこれで最後になるであろう会場を後にしました。
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ポルト・ド・ヴェルサイユのSalon de Pêcheをひやかしに行き、オルナンはHôtel de Franceのグザヴィエ・ヴァンサンとばったり出くわし、6月末までの再会を約束。この見本市、一昨年はフライ・ルアー、昨年はスポーツ・フィッシングだったように記憶しているのですが、今年は全般になり、鯉の餌の臭いが漂う一角も出現。他方で、François HUEさんのPezon et Michelのスタンドや、La Maison de la Moucheのスタンド、果てはDPSG(Des Poissons Si Grands)のスタンドも無くなってしまいました。来年、自分が居たとしても、来ることはないでしょう。ちょっと寂しい感じです。
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一旦家に帰って着替えをし、楽しみにしていた小澤征爾のコンサートへ。バスティーユはほぼ満席。お客さんの1割くらいが日本人だったように思います。

Seiji OZAWA
JOSEPH HAYDNSymphonie concertante pour hautbois, basson, violon
et violoncelle en si bémol majeur
ANTON BRUCKNERSymphonie n°1 en ut mineur, A 77
Olivier Doise, hautbois ; Laurent Lefèvre, basson ; Maxime Tholance, violon ; Cyrille Lacrouts, violoncelle

1曲目のハイドンはソリストがよく音を外してくれて、正直なところ退屈でした。コンサート・マスターの隣にいた金髪の美人ヴァイオリン奏者をオペラグラスで見て眠気を我慢。ただ、2曲目のブルックナー交響曲第1番が凄かったです。たぶん、人によって意見が分かれるのだろう、と思いますが、楽団員全員が音楽にノッている光景は、タンホイザー以来のことで、その一体感に痺れました。第2楽章のヴァイオリンが美しかったこと。第3楽章のリズム感の迫力。全体を通して「スポーツ的」であり「表面的」だったかも知れませんが、自分は気に入りました。別の録音でもう一度この1番、聞いてみたいです。
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終演後、マレのCASA SAN PABLOで飲み会。明日のことがあるので、24時には終了して帰ってきました。忙しい週末初日です。

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vendredi, 06 février 2009

同僚の帰国

3年以上にわたって一緒に仕事をし、助けてばかりいただいていた同僚が帰国しました。もう何気なく一緒に昼食に行くこともままならなくなりました。心にぽっかりと穴が空いたようです。同じポストで3年9ヶ月を超えて勤務していると、だんだん一人になっていくような寂しさを覚えます。

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jeudi, 05 février 2009

稲庭うま味庵 UMAMI-AN

職場のフランス人の同僚と一緒に、8区の日本レストラン、稲庭うま味庵(27, rue du Colisée, 75008 Paris TEL:01 45 61 09 79)に行ってきました。シェフと以前、何かの会で一緒になって知り合った後、長く会ってなかったのですが、昨年7月14日の軍事パレードの際に再会、レストランの名刺をもらい、行きたい行きたいと思いながら結局今日になってしまった、というものです。
お店に入っていくと、入ってすぐのところにカウンターがあり、シェフに御無沙汰・初訪問の挨拶。お店の雰囲気は全くもって日本の居酒屋で、大変くつろげます。枝豆、山芋の短冊、里芋フライの梅肉ソース、キムチ、ねぎま、つくね、ワカサギの唐揚げ、餃子、コロッケ、お好み焼きと食べていき、その間にビールと日本酒が入ると、すっかりおなか一杯。同僚と馬鹿話・真面目話をしながらの2時間少々はあっという間に過ぎていきました。揚げ物、焼き物ともに美味しかったです。こんなに近いところに、こんなに美味しいお店があったとは、不覚でした。すっかりファンになりそうです。次回はうどんで締めようと思います。

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mardi, 03 février 2009

AIR TRAIL PEGASUS+ III

昼食後、OVERSTIM・SBOISSON DE RECUPERATION(回復用ドリンク粉末)を買うためにジョギング・ショップに行って、つい懸案のトレイル・シューズのコーナーを見たところ、気に入った色の AIR TRAIL PEGASUS+ III を発見。ちょうど良い大きさのものがありました。EUサイズで42.5、27センチです。
Sp2030007街の靴(chaussure de ville)では25.5センチ、これまでの路上用AIR PEGASUSではEUサイズ42、26.5センチを選んでいたのですが、先の日曜日の8区10キロ・レースでそれを履いて走ったところ、左足の人差し指が妙に痛くなったことを思い出しました。そこで1サイズ大きいそれを試してみたところ、大変具合がよい。フォンテーヌ・ブローのCircuit des 25 bossesにも最適、とのこと。思わず購入してしまいました。これで再びフォンテーヌ・ブロー行きへのモチヴェーションが高まってきました。

そんな中、仕事の方は相変わらず細々とした仕事の合間に大きな行事の企画があったりして、なかなか気を抜くことが出来ません。救いは来週丸一週間、日本から来る出張者の方のアレンジがほぼ固まったことでしょうか。夕食を職場でレンジ食品で済ませ、久しぶりに詰めて仕事をし、家に帰ってきてエアロ・バイクで20分ばかりのトレーニング。明朝は走りたいものです。

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lundi, 02 février 2009

TAKI(瀧)

昨晩からの雪が2センチほど積もりました。路上テント生活者の人たちには厳しい寒い冬に逆戻りです。
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少し遅れた新年会が標記日本食レストランで開催されました(TAKI 瀧 54, rue du Docteur Finlay, 75015 Paris, TEL:01 45 79 42 28)。メトロ6番線デュプレックスを降りてすぐのところにあるこの日本レストラン、以前、その前を歩いた時に、その外観から「偽ジャポかなぁ」と思ったことを思い出しました。というわけで3年9ヶ月以上滞在して今回が初めてだったのですが、遅まきながら良い日本食レストランを発見することとなりました。突き出し、鳥カツ、鯛の南蛮揚げ、揚げ出し豆腐、そしてお寿司というコースだったのですが、いずれも美味しかったです。
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新年になっても、いろいろな仕事が降りかかってきて、マルチ・タスク度のレベルを上げるよい訓練になっています。

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dimanche, 01 février 2009

Les Foulées du 8e (パリ8区10キロレース)

今年最初のレースに、職場の地元、パリ8区の10キロ・レース、Les Foulées du 8e を選択しました。「bulletin20d27inscription20foulees2020091.pdf」をダウンロード
ここしばらくの風邪気味は、昨日のほぼ終日の爆睡と深夜に目覚めた時の「ゼナ」注入のおかげで、朝目覚めた時にはすっきり抜けてくれていて、気持ちよくレースに向かうことができました。昨年11月の17区レースの時の教訓を受け、バーブアのオイルジャケットとナイキの長ズボンで8区の区役所へ。キリッと冴えた空気は予報ではマイナス1度。モンソー公園を走る日曜ジョガーたちを横目にリスボン通りを歩いていき、区役所のクロワールでゼッケン引き取り。地下の講堂が着替え室&荷物預け所となっていて、暖かい中で着替えができるようになっているのは有り難かったです。少なくとも17区よりは運営上手であるように思います。
Sp2010009ゼッケンを付けたりチップをつけたりしている時、隣りのおじいさんのチップ装着を手伝ってあげたところ、問わず語りに語ったところでは、自分は70歳でほぼ毎週レースに出ているとか。こういう交流があるところも楽しいです。10時20分に荷物を預けてスタート地点へ。すっきりと晴れた空に気分まで晴れがましくなります。

10時30分のスタート。普段車で走っているマルゼルブ通りを駆け上がり、モンソー公園の方に向かい、ヒルトンホテルの脇をかすめながらフリードランド通りを凱旋門の方へ向かい、オッシュ通りに行ってモンソー公園をまわり、ヴィリエの交差点まで行って再び聖オーギュスタン教会まで戻るというルート。道を知っているということは、本当に気持ちを楽にしてくれます。
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くだんのおじいさんには2周目の日本大使館前でやっと追いつくことができました。とても70歳とは思えない凄いスピードです。ゴールしてみたら久しぶりの10キロを51分台と、大いに健闘したレースとなりました。久しぶりのランだけあって、心拍数の上がり方も激しく、平均心拍数がMAXの94%、最高がMAXの106%となり、39分以上の間、90%MAXで走っていた模様。ただ、左膝の痛みは直前のところで押さえられていて、ちょっと安心。久しぶりのレースとしては大いに満足いくものとなりました。

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夕方、シャンゼリゼに鞄を買いに行った帰り、凱旋門のところで毎日行われているセレモニーに出くわしました。18時15分頃の凱旋門広場には突入は禁物です。
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