
6時起床で準備開始。朝食はお餅3つにSpordejを付属のさじ5杯分程度、それにボン・マルシェ食品館で買ってきてあったイチゴを少々。バナナとコーヒーを追加し、boisson d'attente(レース開始までに飲む飲料。パウダーを水に溶かす)をちびちびとやりながら、レースの格好に着替えをしてストレッチをして体をほぐします。天気予報ではスタートの9時段階で8度、その後13時頃までに11~12度に上がる、とのこと。最高気温は21度との予報。随分暖かくなったものです。が、昨年の経験及びニース・カンヌ・マラソンの経験を踏まえ、下は短パンでよいとして、上はまずアンダーウェアーにNike Proを着た上で半袖ジャージを重ねることとしました。一応、一桁台の時は重ねておいた方が自分にとっては無難です。
OVERSTIMSのベルトに必要なジェル(酸化防止を2つ、普通のエネルギー補給用を4つ、即効性のあるcoup de fouetを1つ、超速効のRed Tonicを1つ)を詰めてお腹に巻き、ゼッケンを付け、パタゴニアのR2ジャケットとナイキのナイロンのジャージの上だけを羽織り、8時過ぎに自宅発。道の前後にはランナー達がスタート地点に向かって歩いており、自分もその一員となりました。昨年は一旦職場に集まり、仲間と合流した上で荷物を職場に置いておいたのですが、それだとゴールした直後に暖かい服を羽織ることができず、風邪の一因ともなったことから、今年はゴールしてすぐのところにある荷物置き場に荷物を預けることとしたものです。
家を出た時に改めて予報を確認したら、8時段階で既に9度あるらしく、かなり暖かい。その証拠に、R2ジャケットとジャージを着込んだ上半身からは発汗し始めました。他の欧米系ランナーたちを見ているとTシャツ1枚の人が多い。さてどうしようか。一応、乳首ずれ防止用のバンドエイドは持ってきてあり、必要に応じて半袖ジャージ1枚で走ることもできるようにはなっているけれど。いやいや、騙されるな。欧米人の平熱は日本人の平熱より1度程度高いそうな。彼らは薄着でもいい。そんな彼らと同じ格好をしてしまったが最後、凍えることになるぞ。




結局、荷物を預けたのが8時半前。それからスタート地点に向かっていったはいいが、トイレ(簡易式のやつ)を待っていたら、スタート1分前にやっと順番が回ってきて、しかも「3時間45分目標」のスタートラインのところには既に入れなくなっていたため、最後尾に並ぶこととなり、「最初のマラソンの人はいるか~」という会場アナウンスに手を挙げて歓声を上げる人が周囲に随分いることに小さな優越感を抱きながら、スタートの8時45分を迎えました。仮に将来的にこのマラソンを再び走るチャンスを得た場合には、もう少し早く会場入りしておこうと思います。何時だったかシャンゼリゼ近くの土産モノ屋で買った「PARIS」と刺繍の入った3色ヘッドバンドを装着し、のろのろと前進しながら気付いたのですが、目標時間毎に区切られたスタートラインの鉄柵の内側にも簡易トイレが設置されている様子。早くからスタートラインに並んでおいても何の問題もなさそうです。。


ドラノエ市長も観覧しているスタート・ラインを超えたのが8時59分。のろのろと歩みを進めたのが嘘のように、クリアになった道をゆっくりと走り始めました。最後尾だったのが功を奏して、キロ6分弱という理想的なスピードでシャンゼリゼを降りていき、コンコルド広場を経由してリヴォリ通りへ。昨年はコンコルド広場をオベリスクを中心にぐるりと反時計回りしていたのですが、今年はオベリスクを絶えず右手に見ながらショートカットすることとなりました。ここで稼いだ百数メートル少々の距離が、35キロ過ぎに精神的な苦痛になってくるとは。。。あれ、昨年はローランギャロスの角を曲がってすぐのところが35キロ地点の補給所だったよな、とか、オートイユ広場のコーナーのところが37キロだったよな、とかいった思い出のとおりに標識が置かれていない時、大変がっかりします。おそらくそれ以前の地点でもそうだったのだろう、と思いますが、特に35キロ過ぎでこういう目に遇うとなかなかこたえます。結局、この百数メートル少々はブローニュの森に入ったところで調整が行われており、39キロ地点でもとに戻ってくれた時にはほっと安心。その後のレース運びが大変楽になりました。




一度コースを経験していると心理的に大変楽なのは先般のハーフで実感していましたが、今回のフルでもまさにそのとおりで、だいたいどの程度のペースで走っていればどのくらいの時間にどこに辿り着くことができる、というイメージを持って走ることができるので、大変楽です。ルーヴルの次は市庁舎、バスティーユ、ナシオン広場、ヴァンセンヌの森の入り口、再びぐるっと回ってバスティーユ、河岸に出て平坦な道を抜けつつ何度かアップ・ダウンをして30キロ、その後だらだら坂を上ってラ・フォンテーヌ校前を通過、ローランギャロスの角から先はだらだら坂、オートイユ広場の先の短い急坂を上がった後は競馬場脇を走って、ブローニュの森に入り、引き続き上り坂をいくつか経た後40キロ地点。そこから先は平坦な道を走り続け、ドーフィヌ広場に出たらゴールはすぐそこ。あらかじめ想像図があり、全体の中での自分の場所が分かる。4年近く住んでいる「ホームグラウンド」ですし。ヘルシンキやニース・カンヌとは一味違います。




今回は音楽ドーピングが見事に成功しました。プレイリストは以下の55曲、トータル演奏時間4.1時間です。
Link [KISS Mix] L'Arc~en~Ciel
Jump Van Halen
Panama Van Halen
5150 Van Halen
We Are The Champions Queen
Radio Ga Ga Queen
Don't Stop Me Now Queen
Two Hearts Phil Collins
It Ain't Over Til It's Over Lenny Kravitz
STAY AWAY L'Arc~en~Ciel
Twilight ELO
God Blessed Video Alcatrazz
Fais Comme L'oiseau Michel Fugain & Le Big Bazar
Eye of the Tiger Survivor
若葉 スピッツ
メリッサ ポルノグラフィティ
涙 ケツメイシ
Driver's High L'Arc~en~Ciel
Forever You ~永遠に君と~ 愛内里菜
さくら ケツメイシ
Gonna Fly Now (Theme from "Rocky") DeEtta Little,Nelson Pigford & Chorus
flower L'Arc~en~Ciel
Overjoyed Stevie Wonder
Rock & Roll Led Zeppelin
Born To Run Bruce Springsteen
愛の中へ OFFCOURSE
youthful days Mr.Children
OMENS OF LOVE T-SQUARE
Une Belle Histoire Michel Fugain & Le Big Bazar
You Got It All The Jets
Don't Stop Believin' Journey
Can't Take My Eyes Off You The Boys Town Gang
また君に会える ケツメイシ
Understanding hitomi
OCEAN B'z
風の詩を聴かせて 桑田佳祐
涙の海で抱かれたい~SEA OF LOVE~ Southern All Stars
波乗りジョニー 桑田佳祐
君こそスターだ Southern All Stars
ダーリン 桑田佳祐
DIRTY OLD MAN ~さらば夏よ~ サザンオールスターズ
innocent world Mr.Children
CROSS ROAD Mr.Children
旅立ちの唄 Mr.Children
HANABI Mr.Children
正夢 スピッツ
Tomorrow never knows
Sing Me Away Night Ranger
Can't Stop Lovin' You Van Halen
Dreams Van Halen
When You Close Your Eyes Night Ranger
Forever Love (Single Version) X Japan
愛を止めないで OFFCOURSE
負けないで ZARD
Titles Vangelis
今回のコンセプトは「若かりし頃を思い出して元気になろう」。高校時代、大学時代、自分は何にだってなることができると思っていた、おそれを知らない愚か者ジークフリートのようだった時代を思い出して気分を高揚させよう、というものです。基本的に過去のレースで気分を高めるのに効果があった曲を集めつつ、高校・大学時代にバンドでやった曲や愛聴した曲が、気合いを入れなくてはならない時間帯(場所)、おそらく気持ちが萎えているであろう時間帯(場所)で流れてくるようにあらかじめ順番を決めておいたのですが、これが見事に決まりました。特に、冒頭のヴァン・ヘイレン3連発と終盤の2連発は効果がありましたし、しれっと2曲入れたオフコースがヴァンセンヌの森の直線で、あるいはブローニュの森の40キロ地点で、始まった時には元気が回復する、ってこういうことなんだ、と実感しました。ナイト・レンジャーのWhen You Close Your Eyesでギターソロの指使いをエアギターしていたら体の辛さを忘れることができたのも発見でした。ちょっと複雑なことを考えてみる、というのが体のしんどさを忘れるにはいいのかも知れません。そして、今回のレースでのアドレナリン分泌促進ソングは、ラルクのLink、ブルース・スプリングスティーンのBorn To Run、そしてX JAPANのForever Loveとなりました。ラルクのLinkはジョギング・レースを始める時の定番ソングとなっているのですが、今回のレースではそれを始まりと終わりに聴くこととなりました。Born To Runはヴァンセンヌの森の中、応援の人が絶えて孤独なレースが続いている中、体が芯から熱くなるような感動を覚えました。そして、やっぱりForever Love。昨年のパリ・マラソンではセーヌ河岸の長いトンネルを抜ける時に流れてきて「感動した」のですが、今回は38キロ地点半ばから39キロ地点半ばにかけて、最も苦しい区間を走っていた自分を励ましてくれました。何かを希求し続ける思いが詰まっていて、視線を高く保ちながら何を見るともなく走っていくことができました。
こういうプレイリストも、あと20年ほどした時にもし自分が走っていれば、「若かりし頃を思い出して元気になろう」プレイリストとして使えるのかも。それはそれで楽しみです。




レース中、沿道に日の丸がいくつか振られていて、手を振ると反応が返ってくるのは大変励みになりました。今日のレースで一番きつかったローランギャロスのだらだら坂を上っていった先のオートイユ広場、37キロ地点手前のコーナーで、うつむいて走っていたら「頑張ってください」と日本語で声を掛けられた時には、今回のパリ滞在で一番嬉しかったんじゃないか、と思うくらい、本当に嬉しかったです。ゴール直前、進行方向左手に見えた日の丸の方にも、最後の最後に励まされました。有り難うござました。




今回のレースでは、OVERSTIM-Sのジェルでこまめに燃料補給をしながら走ったのですが、これも効果があったようです。スタート直前にANTIOXYDANT、5キロ地点でENERGIX、10キロ地点は水摂取にとどめ、15キロ地点でENERGIX、20キロ地点で再びANTIOXYDANT、25キロと30キロ地点でENERGIX、35キロ地点でCOUP DE FOUET、39キロ地点でRED TONIC、と、OVERSTIM-Sのカタログに出ているとおりの使い方をしてみたのですが、補給所で食べ物を取らず、水だけをもらうことにしている自分には効果的でした。特に、今回初めて口にしたRED TONIC。ブローニュの上池が途切れる寸前のところで口に含んだところ、そのミントとユーカリプタスの味だけで気持ちが一気にリフレッシュし、引き締まりました。今日、30キロ地点と36キロ地点の2カ所、補給所で歩いたのですが、それ以外のところ、特に39キロ地点以降に歩かずに走り続けることができたのは、一重にRED TONICのおかげであるように思います。凄い威力です。




これで最後かも知れないパリ・マラソン。悔いの無いように、できるだけの力を振り絞ってみたのですが、30キロを超えてからの減速には、つくづく筋肉不足を痛感しました。呼吸が上がることは全くなかったのですが、脚が重い重い。ラジオ・フランスの前の交差点のところでは、ちょっとしたアスファルトの盛り上がりに躓いて転びそうになり、心底肝を冷やしました。お尻を叩いたり、あごを引いて腕振りをしっかり行い、丹田で進んでいく感じを思い出そうとしたのですが、体が前に進まない。ラ・フォンテーヌ校に向けただらだら坂でいよいよきつくなった時、ふとインドに行ったGさんの走り方を思い出しました。人生の大先輩であり、昨年のパリ・マラソンを一緒に走った時には自分とほぼ同じ4時間25分少々でありながら、その後ヘルシンキで4時間1分という記録を出している彼が、先日、ハーフでパリにやってきた時に一緒にモンソー公園を走った際、ピッチを短く刻んでいたのを思い出し、それをやってみたところ進む進む。一時的にキロ5分40秒台のペースを取り戻すことが出来ました。とはいえ、ローランギャロスの上り坂、森に入ってからのだらだら坂では、やっぱり7分台になる時もあって。。。40キロを超えてから少しスピードを出そうとしたところ、右足太ももの裏側の筋肉がつりそうになり、危うく転び掛けたのが2度ほど。筋肉を鍛えることが必要です。
30キロ地点以降の写真が極端に少ないところに、この時間帯の苦しみが現れています。
フォッシュ通りに出てからの200メートル程度は、慎重にラスト・スパートをかけましたが、途中でやっぱり脚がつりそうになりました。ゴールがあと20メートル先だったら危なかったかも知れません。何とか無事ゴールしたタイムは、4時間13分2秒。昨年より11分短縮、ベストだったヘルシンキより8分程度短縮。ニース・カンヌより20分程度短縮。何よりも、補給所2カ所を除き歩かなかった。そして、ラスト・スパートをかけるくらい余裕があった。ゴール直前の写真屋さんのところでガッツポーズまで決めることができた。昨年11月のニース・カンヌ以来の左膝痛を乗り越え、雨と寒さを理由に3度しか走らなかった1月、同じく7度しか走れていない2月、3月にはOVで走りすぎて右足首に痛みを抱えてしまい、3月末日にガストロでお腹を痛め、発熱までしてしまい、2日連続のゼナ服用とブドウ糖注射でやっと復調した今日、ここまで走ることができたのですから、大満足です。
インドに行ったGさん、日本に帰ったYさんが背中を押してくれたような感じがした瞬間が2度ほどありました。12区役所裏手の上り坂を走っているときと、ローランギャロスの坂を上がっているときです。前回、ここで話しかけられたよなぁとか、「パリ・マラソン・コース」とか言って一緒に走ったよなぁ、とかいった思い出が元気の素になりました。誠に体力は気力です。お二人の分まで走ることができたかどうかは心許ないのですが、お二人との思い出に助けられながらお二人の分まで一緒に楽しんだことは確かです。有り難うございました。
走り終わってすぐに荷物を引き取って着込んだのが功を奏し、去年とは異なり体を冷やしきることなく家まで帰ってくることができました。が、やっぱり寒かった。気温的には19度まで上がっていたらしいのですがそういう感じがしなかったのは、びっしょりの汗が冷えたせいか、あるいは空がちょっと曇り気味だったせいか、あるいは応援に来てくれていた同僚夫妻とゴールの後に会えなかったせいか。いずれにせよ帰宅早々お風呂を入れて肩まで浸かった時の体と心のほぐれ方といったら、言葉に尽くしがたい気持ちよさでした。
またいつの日か。


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