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avril 2009

jeudi, 30 avril 2009

4月の終わりにOVへ

朝、久しぶりにモンソー公園を6周。ねんざした左くるぶしがやっとよくなってきました。午前中はパリ国際大学都市日本館へ。マネジメントという言葉の意味を考えさせられました。昼は出張者2名との会食をスージーで。外国人学校問題等につき諸情報をいただきました。こちらからもいくつかの情報をインプット。
午後はエコール・アクティヴ・ビラングへ。この学校、私立学校でありながら、フランス人対象部門は仏国民教育省と契約を交わし、補助金を得ているとか。どういう仕組みなのかを知りたく思い、行ってきたものです。そして知り得たことは、フランスの私立学校は国と契約を結べば教員は直接国から給与をもらうことになるのですが、国家公務員とはならず、従っていつでも首を切られる可能性がある、ということ。CAPESもアグレガシオンも保有者はいるそうですが、そんな風だと優秀な教員はやはり公立学校に向かってしまうのではないか、と思われます。ディレクターCEOも、そのあたりはいいたいのだけどいいにくい、そんな様子でした。
そして夕方、21時頃から2時間ほど眠り、いざOVへ。明日からメイデーの3連休です。

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mercredi, 29 avril 2009

昭和の日、になっていたのか

4月29日が「天皇誕生日」から「みどりの日」に名前を変えていたことは知っていたのですが、「昭和の日」になっていた、ということはうかつにも知りませんでした。そんな今日、日本がGWに入り減速を開始したのか、ずいぶん静かな一日となり、おかげさまでレポートをいくつも書き上げることができ、また書類整理を開始することができました。まだまだ前に進めなければならないことは多いのですが、後ろを振り返って整理しなければならないことも多く、無事離陸するまで、これからが大変そうです。

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mardi, 28 avril 2009

あの頃みたいな夕食会

再びハーフコートのお世話になるくらい冷えた今日、終日レポート作成等々に追われつつ、夜は20時30分から、14年来の知り合い・同僚の御自宅での夕食会にお呼ばれでいってきました。
おいしいお料理とおいしいワイン、楽しい会話に時間が経つのを忘れてしまい、おかげさまで年齢も忘れ、昔の輝いていた(と思っている)自分を取り戻せたような、そんな気分で26時半頃、帰宅しました。明日の朝には確実に時間が過ぎていることを感じることになるのでしょうが。

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lundi, 27 avril 2009

豚インフル予防

レポートが溜まっている中に、自分よりも20歳以上年上の施設長からいい加減なコピペだらけの文書が平気で送りつけられてくると、呆れを通り越した感情が生まれてきたりもするのですが、それも低気圧がパリ上空を覆っていたからなのでしょう。
昼はサンドウィッチで軽く押さえ、夜は名家で出張者の方との会食。が、会議の日程が急に変わり、夜23時まで会議が続く予定になってしまった、とのことで、結局出張者の方々を除く、いつもの顔ぶれで食事をすることとなりました。豚インフルエンザをはねのけるべく、ビタミンB補給のために豚三枚肉の焼き肉をしっかりいただきました。あとは手洗いとうがいで予防しようと思います。それでかかってしまったら仕方ない。タミフルが効くらしいのでそれを飲んで大人しく凄そうと思います。OVに行けなくなるという事態だけは招いてはなりません。
朝、家を出て、コートを羽織っていないことをちょっとだけ後悔しました。夕方からは冷たい雨が降り始めました。もう5月になろうとしているのに、パリは寒い日々が続いています。

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dimanche, 26 avril 2009

カートレース最終戦

突然ヒマになった週末の日曜日、Chérie FMがネットで聴けることを発見してしまっていたことから、午前中は割と早く起きたのに無為な時間を過ごしてしまいながら、午後に一念発起、ウェイダー補修用のボンドを買いにCour Saint-ÉmilionはPacific Pêcheへ。リールのキーホルダーとか2Xのオーヴィスのテーパーリーダーを購入。その後、サンマルタン運河沿いの散歩を楽しみ、鴨の一家に癒されました。
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その後、テンプル駅前でシェフと合流。おそらく今時滞在で最後になるであろうカートを楽しんできました。日曜日の夕方というだけあって、申し込みをしてから最初のセッションまでに1時間以上、待たされましたが、始まってみると、10分少々の時間を挟んで7分ほどのセッションを2回行うのは、大変なことであると思い知らされました。11区のケバブ屋でメルゲス・サンドウィッチを食べていた時にバーレーン・グランプリの様子をテレビで眺めることができたのですが、F1レーサーはこんなのより遙かに精神力と体力を必要とする時間を2時間近く過ごしているのですから、全くもって凄いことです。
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バイクで走り抜けるパリの街の爽快感を味わいながら、松ちゃんへ。さすがにシェフ、知り合いが続々と現れました。おかげさまで美味しいカルビを頂くこともでき、御飯3杯、ビール2.5杯の夕食会となりました。感謝です。
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さらにモット・ピケで飲んだりした日曜日の夜となりました。次は東京で?パリで?福知山で?

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samedi, 25 avril 2009

César, Fanny, Marius

Affichep久しぶりに演劇を見てきました。Théâtre Antoineで上演されていて各紙が絶賛している「CÉSAR, FANNY, MARIUS」です。この土日、本来はサン=ディエ市で開催されるトレイル・レースに出ることとしていたところ、先週日曜日の足のねんざの痛みがしつこく残っていることから、参加をキャンセルしてしまいました。ぽっかりと空いた週末となってしまったため、フランス人の友人を食事に誘っていたところ、逆に劇を見に行こうとの提案を受け、行ってきたものです。フナックでiPod用のFMトランスミッターを買ったり、コーヒーを買ったりした後、テルヌ広場の当日券半額売り場でチケットを購入。4月末だというのに肌寒い夕方、出かけてきました。

劇場のキャパは500席程度でしょうか。とりあえずバーで白ワインを飲み、チップを払って座席に案内してもらい、狭い座席に窮屈に身を押し込め10分程度、開演です。一応、wikipediaで原作のマルセル・パニョル3部作を予習しておいたので、だいたいあれが誰であれが誰、そのうち誰と誰とがどうなって、それに誰がどういうふうに絡んで行くんだろうなぁ、というあたりが分かっている安心感がありました。そもそもフランス語で劇が進行する上、マルセイユのお話というだけあって予想したとおりのなまりが加えられており、最初のうちはついて行けるかどうか、不安で一杯だったのですが、さすがに4年も住むとなまりがあってもある程度は分かります。俗語が連発している(らしい)ところでは、会場の笑いについていけませんでしたが、逆にそういうところではガイジンは笑わない方がいいくらいかも知れません。
役者さんたちの中でも、やっぱり一番光っていたのが主役のJacques WEBERで、セザールの滑稽であるくらい人間くさい役柄を見事に演じていました。ただ、滑稽でありつつも息子と義理の娘に対する愛情の表現も深く、最後には自分の自分の幸せを追求して酸いも甘いも噛み分けたハッピーエンド。脚本家も凄ければ、役者も凄かったです。20時30分から始まった劇が、幕間を挟んで終わってみれば23時30分。通常の演劇は1時間45分だ、と連れのフランス人が言っていましたので、長い方だったのでしょう。久しぶりの観劇、十分に楽しめましたが、やはり劇がはねた後は食事をしながらいろいろ話し合いたかったです。でも、3時間に渡るフランス語レッスンの後となると、さすがにフランス語での会話は食傷したかもしれず、いずれにせよいい劇を観ることができたことに満足です。

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vendredi, 24 avril 2009

BUDDHA-BAR

朝、出張者の方と一緒にEHESS(社会科学高等研究院)を訪問。今後の仕事の種がまたできました。昼の時間はサンドウィッチとサラダですませ、15時から改めて打ち合わせ。1つの施設を預かることの責任の重さと、意図しない狡猾ということがあり得ることを知りました。ある先生の功績をまとめた後、21時から知り合いと「えびす」で夕食会。その後、標記バーに出かけました。
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「鎌倉の大仏の小さいの」があり、24時からはディスコになる、食事はできない、と聞いていたのですが、当たったのは最初の部分のみでした。レストラン・フロア(地下2階)も設けられていましたし、そこのテーブル等が撤去されてダンス・フロアになるのか、と思いきや、24時を過ぎてもそのようなことはありませんでした。吹き抜けをぐるりと取り囲むような感じの地下1階バーフロアで、せっかくのパリの仏陀バーということもあり、ワインで通すこととしたのですが、値段の方はワイン1杯が10ユーロから12ユーロとまあ妥当なところ。カクテル等は15ユーロ程度だったようです。「ディスコ」にはならなかったのですが、24時が近くなってきた頃から音楽がうるさくなってきて、話をする環境ではなくなってきました。25時過ぎに店を出るも、その頃からぞくぞくと客が入ってくる。ハードロック・カフェの仏陀版といったところでしょうか。遅くにくるとカウンターの立ち飲みのみ、ということになるかも知れません。一度覗いてみてもいい、というのは事実だろうと思います。

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jeudi, 23 avril 2009

気がついたら4年と1日

洗濯機の方は昨晩の奮闘の甲斐あってか、もう一度おそるおそる回してみたところ、何の問題もなく洗濯が終了しました。昨晩水を吸うために汚れたバスタオルも綺麗になって、ほっとしています。

ふと思えば、こちらに赴任してから今日で4年と1日が過ぎていました。2005年の4月22日着で、その直後に福知山線の事故があったように思います。高校に入学してから一浪して大学に入ったのと同じだけの時間が過ぎているのですが、振り返ってみればほんの少し前のことのようで、CDG空港に到着した日のことは今でもまざまざと思い出すことができます。とはいえ、熊本県に到着した日のこともほんの少し前のことのように思い出すことができます。生活環境が大きく変化する場面というのはそんなものなのかも知れません。

日曜日にねんざしたくるぶしの痛みが抜けないことから、サン=ディエのトレイルについては参加を取りやめることとし、キャンセルしました。残念です。土曜日にパリにいる。。。8番ロッドとリール、ネオプレーンのウェイダーを見に行くことになるのでしょうか。さてさて。。。

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mercredi, 22 avril 2009

洗濯機がおかしい

夜、洗濯機を回していたら、突然異音が響き、それでもしばらくは回っていたので安心していたらやがて回転しなくなってしまいました。どうやら脱水していない模様。洪水を引き起こしつつフィルターを外してみたら、形状記憶Yシャツの襟に入っているプラスチックが取れたものが沢山出てきました。どうやらこれのせいで脱水弁の羽根が回転しなくなっていた様子。明朝、改めて挑戦してみますが、引っ越しを控えたこの時期、靴底張り替え等の大修理を開始した矢先にこういうことが起こり始めるのも皮肉です。

それにしても、5月1日~3日のシートラウト・フィッシング、悩ましいところです。

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dimanche, 19 avril 2009

5度目の花見@ソー公園

朝、微妙に霧雨が顔に当たるのを感じつつポンスレのマルシェにあるフランプリ等で買い物をした後、5度目のソー公園での花見のため、RERに乗って向かいました。
本当は土曜日に開催としたかったのですが、関係者から日曜日にして欲しいとの希望があったためこの日にしたところ、その希望を出した関係者は誰一人として参加せず、という事態となりましたがまあ仕方がない。今年は総勢6名、日本人4名、フランス人2名の小規模で親密な会となりました。今年の企画は「ききカモンベール」。案外違いが分かるものです。
曇っていた空も途中からすっきりと晴れ渡り、一つ向こうの花の陰から流れてくる三線の音色が心地よい。記憶をいつでも新たにできるよう、沢山写真を撮りました。来年も咲くこの花の下に誰が集い、何を思うのか。フランスに到着した翌日がここでの花見でした。あれから4年。感慨もひとしおです。
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日も暮れ始めた20時前、公園を後にし、オペラ座界隈へ。北海道でラーメンと餃子と御飯を食べてメトロへ。その途中、歩道の縁石が不自然にそこだけ下がっているところで転び掛け、くるぶしを挫いてしまいました。全くもってついていません。サン=ディエのレースが1週間後に控えているのに。。。

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samedi, 18 avril 2009

EL PALENQUE

小雨がぽつりぽつりと落ちる中、キリマンジャロで一緒になったフランス人と誘い合わせてブローニュの森の10キロ・ラン。冬枯れの小径が生命の横溢する小径に生まれ変わっており、春が来たことを再認識しました。
夕方から夕食会。傘を職場に置き忘れてきたことに気づき取りに行ったところで、パスポートやクレジットカードをなくした、という方と遭遇。聞くと、必要な電話番号等を全部教えてもらったがそちらに電話をしていない、電話をして欲しい、とのこと。自分の携帯電話を使って航空会社やクレジット・カードのSOSセンターに電話をかけたり、メモを取ったりということで20分ほどが過ぎていきました。メモされている番号を押していただいたら日本語を話すオペレーターが出るのですし、お金は別途持っていて無事、とのことですからホテルから電話をかけられるのがいいのではないか、とも思うのですが、仕方がない。「税金泥棒は死んでしまえ」と言われないようにしなければなりません。

La Maison de la Mouche Dubosに注文しておいた水温計(3月のOV釣行時に置き忘れてきてしまっていました)を引き取りに行き、2Xのヴァリヴァスのリーダー及びティペットを購入。マダムからの質問。「(ヴァリヴァスの50メートルのティペットに関し)日本ではこの値段(1500円=12ユーロ程度)で売られているのですか。」「そうですよ。」「ここでは5.90ユーロです。イギリスの仲買人が日本で買ってきてそれを卸してもらっています。どうして外国での方が安くなるのでしょう。」一瞬、「ダンピング」という言葉が頭をよぎりましたが、「日本の釣具小売店の保護のためでしょうか。」と適当に回答しておきました。リーダーの方は4.80ユーロもしており、3倍近い値段になっているのに、ティペットは半額程度になっている。仕組みがよくわかりません。ともあれ、この分野でも日本製品が世界に広がっているのを見るのは気持ちのよいことです。

夕食は日本から出張でいらっしゃった方と標記アルゼンチン・レストラン(El Palenque、5, rue Montagne Sainte Geneviève, Paris 75005、TEL:01 43 54 08 99)でステーキを。阿修羅展が大人気であること等、興味深いお話をいろいろと伺うことができました。それにしてもこのレストラン、初めて来るお店だったのですが、塩と胡椒だけで味付けをしたステーキ(Tournedos)は本当に美味しかった。帰国までに何度でも行っておきたいお店です。

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vendredi, 17 avril 2009

異国の地で会った同国人

夕方から関係機関の方々と打ち合わせを実施し、その後、20時過ぎからスージーで食事を取っていた時のこと。7名で丸テーブルを囲み、会話の花が咲き始めた頃、後ろの方から「うるさい」という独り言のような声が聞こえてきて、振り向くと初老の東洋人男性が一人で食事をしている。なにやらしきりに携帯デジカメで写真を撮ったり、時々外に出てタバコを吸っている様子。別にこちらを見ているわけでもない。「パリ症候群」という言葉を思い出したりしながらも無事に食事が続いていたのですが、いよいよこちらのメインディッシュが無くなりかけた頃、「シー、うるさい、静かにしろ。あんたの声はよく通ってうるさいんだよ。」との声が。別に他のお客さんの迷惑になるような大声で話し合っていたわけでもなく、馬鹿笑いをしていたわけでもないのに。そのうち、「あんたらの話がよく聞こえてくるんだ。どうせ税金泥棒なんだろう。仕事しろ、仕事。しないなら死んでしまえ。」とまで言われてしまい、和やかな夕食会の場は静まりかえってしまいました。こちらのデザートが出てきた頃、先に出ていった彼についてスージーは、「大変不愉快な客だった。ワインを2本半飲んでたわよ。店に来た時からアルコールで臭かった。」と言ってましたが。外国にいる日本人はお互いに対する攻撃性が高くなっているのでしょうか。でも、「死んでしまえ。」と言われたのは初めてで驚きました。まだまだ修行が足りません。いろんなことがあって、いろんなひとがいるものです。

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lundi, 13 avril 2009

復活祭明け月曜日

O嶋さんとホテル前で落ち合ったのが5時半。北西に向かったところ、先に来て準備をしていた連中が、やはり左の第1消波堤に上がっていくのをみて、右の消波堤へ。
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この日は朝から深い霧が出てきて、おかげさまで空気が冷たく寒かったです。朝は何の当たりもなく終了。ただ、北西消波堤の先端部で3度ライズを目撃。少し盛り上がってきているのか。。。気温は8度。そんな中、駐車場に釣りを終えて戻ってくると、ダイヴァーたちが着替えていました。酔狂な人たちもいるもんだ。こんな寒いのに水に潜るなんて。いや、水の中の方が暖かいかもしれないな。

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朝食を取り、熱いシャワーを浴びて復活し、11時に一旦チェックアウト。O嶋さんと再び湖へ向かい、ブラウンから入ろうとするも、4つのフローターから構成される艦隊が浮かんでいるのに驚き、やっぱり北西へ。O嶋さんとともに、左側第1消波堤から第2消波堤への徒渉に成功。腰上まで水に浸かりますが、落ち着いて進めば大丈夫。消波堤同士の先端をまっすぐ結んだ線かそれより少し左側を歩くのがコツです。


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ただ、そのまま次の海峡も渡った先の消波堤でロッドを振ったのですが、当たりはなし。13時前に釣りを終了し、O嶋さんとPetit Restaurantで昼食。ハンバーガーの肉も油で揚げれば、このハンバーガー&タマネギの串も揚げてました。

O嶋さんと別れた後の夕方の釣りは17時過ぎから北西左第1消波堤にて。夕霧が立ちこめる中、風がぴたりと止んだ時、背中からの光に水中が見透せるようになり、いるわいるわ、巨大な鱒たちが泳いでいるのがしっかりと見えました。見える魚は釣れないから、なお一層熱くなってしまいます。
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が、ことわざになるまで繰り返された言葉はやっぱり正しく、OVの沈黙は続きました。21時前に終了。祭の翌日にありがちな静かな一日となりました。
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夜はHappy Cityで鶏肉焼きそばをテイクアウト。すっかりうち解けてくれました。今夜は中庭に面したバルコニーのある392号室。駐車場の車もすっかり少なくなって、静かな夜が更けていきます。

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dimanche, 12 avril 2009

復活祭@OV

5時20分起床。昨晩、メル・ギブソンの「パッション」がTVでやっているのを見てしまったせいか、あまり熟睡できませんでした。防寒のために着込み、北西に向け出発。途中でドイツからの「D」で始まるナンバーの車と交差点ですれ違った時、ひょっとすると、と思いきや、Uターンした車から「おやようございます!」の声が。悪巧み王さんからO嶋さんがOVに来ている、という情報を頂いていたところ、多分そうだろう。車もおりずに「北西に行こうと思ってます。」「行きましょう。」で話がまとまりました。駐車場に到着した時には、既に準備をしている組が1組。再会を祝しつつ、準備を整えて、先にいた彼らが左の第1消波堤に入ったのをみて右手へ。オランダ・ナンバーの赤い車で来ているらしい常連氏がBさんの沈ポイントで釣っていたところ、許可をもらって渡らせてもらい、釣り開始。消波堤にのぼってすぐのところに自分は陣取り、O嶋さんは少し先へ。Sp4128641
して、明け初めてきた空の下、O嶋さんのロッドが弧を描いているのを目撃。しばらく時間をおきつつも羨ましさに近寄っていくと、50センチ・オーヴァーのOVレインボーが引き寄せられてきたところでした。その美しさと、OVの活性が高まりつつあることの証を見て、期待が高まります。


が、その後の朝セッションは何も起こらず。なによりも寒さに負けました。9時過ぎに駐車場に戻ってきたところ、ベルギーナンバーのアウディが止まっている。あれれ、スティーリーさん?、6時に来るはずだったのに姿をあらわさないと思っていたけどきっちり帳尻を合わせてきたか、と思っていたら携帯が鳴りました。北西左の第1消波堤の先にいる、とのこと。目視し手を振りあって確認。こちらはホテルに朝食を取りに行きます、と告げ、帰り支度をしていたら再び電話。浮き釣りニンフ(アント・パターン)で若魚をゲットとのこと。こうなってくると羨ましい。。。が、食い気が先に立ち、健闘をお祈りしつつホテルへ。ヴァカンス故か大変混み合っていて、クロワッサンが追いつかない朝食を終えた後、部屋で2度寝。昼過ぎに起きだし、OV1周10キロ・ラン。パリ・マラソン以来、1週間振りに走ったのですが、55分5秒で1周を走りきることができました。まだまだ行けそうだ。

シャワーを浴びて休息していた16時、O嶋さんからTEL。南でやっていたが逆風で釣りにならず、これから北西に向かう、とのこと。自分は食事をしてから合流する旨告げ、車を出すも、Petit Restaurantがあまりに混んでいるのに閉口し、食事は釣りの後にすることとして北西へ。駐車場にドイツとベルギーの車が止まっているのを確認しつつ、ちょうど人が去った後の左第1消波堤の上で釣り始め、スティーリーさんにTELしたところ、仮眠を取っていたとのこと。左第1消波堤の上で3人が揃ったのは18時ちょっと前でした。
3度ほど、桟橋の先3メートルくらいのところでライズがあっていたのですが、気まぐれライズの模様。スティーリーさんが浮きと噛みつぶしおもりとタコ・フライで狙い始めた脇に座りながら、浮き釣りの良さを再確認。ぼうっとした中の集中。α波が出ていたように思います。が、そんなにぼんやりばかりはして居られない。3人中、今日釣っていないのは自分だけ。ナンバーワンにならなくてもいいが、釣っていないオンリーワンにもなりたくない。今朝、駐車場で巻き替えたインタミでモー浜を引っ張っていた時、待望の生命反応が。若いな。30センチ程度と思われる魚の引きを楽しみながら、「バーブフル」であるフックを信頼しつつ、そのまま抜き上げたところ、抜き上げた消波堤の上で針を外れ、その後水中に滑り落ちた後、消波堤に向かって2度のダッシュを見せ、方向を転換して水の中に帰って行きました。確かに、30センチ程度の若魚でした。写真はありません。

「伸びたラインが水辺へと伝えているのは、我々の希望だ。」(パブロフの鱒、ポール・クイネット、角川書店、2001年)

「1時間ワンチャンス」という言葉をBさんから聞いたのが2007年の8月のこと。その言葉を信じることができなくなってしまった1年8ヶ月の時間を経て、童心に返ることができたのが20時30分のことでした。時計を見て確認したのですから、間違いありません。

第1消波堤の先でO嶋さんがヒット。ロッドのしなりはさほどではなく(後で知ったところでは8番だったとか)それにしては寄ってこない魚の引きを楽しんでいる様子を眺めながら水中リトリーヴを続けていたところ、突然に「ひったくられるような」当たりが。ラインが持って行かれた瞬間、水面に茶色の魚が跳ねました。
「デカイッ」(スティーリーさん)
「いや、あれじゃないですよ。」(自分)
不幸に慣れすぎると幸せがあってはならないことのように思えてしまいます。いや、やっぱりOVの魚の突進力はすごい。フライラインが刺さっているところから2メートルほど離れたところで魚がはねるのですから、すっかり拗ねるのが習い性になった自分でなくとも「あれじゃないですよ。」と言うことになるかも知れません。
急速潜航にこたえるマーキスの逆転音、ゴクンゴクンというヘッド・シェイク、満月のようにしなったロッド、腕の疲れ、夕暮れの日差しにギラリ、ギラリと輝く魚体、何度も何度も右へ左へと魚に引っ張られながら、「もういいよぉ」とか魚に対して語りかけ、これでバラしたら後悔のしようがないだろうなぁ、という不安が時折頭をよぎりつつ、約20分の格闘の後、やっと頭が水面に出ました。無理に寄せることをしなかったのは、カエシが付いたフックを使っていることに対する安心感故だったろうと思います。先日パリで買ったランディング・ネットに入魂すべく、水面に近づけ、それでも何度かぐるぐると回られながら、とうとう横になった魚体をネットに納めることができました。その一瞬一瞬はフラッシュバックのように記憶に蘇えってきます。いかんせん、1年8ヶ月ぶりのOVらしい魚ですから。O嶋さんのメジャーで測らせていただき59センチ。スティーリーさんに撮影をお願いしました。
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「マンゾク」とはこういうことか。釣りはこれにて終了。21時30分を過ぎていることからマリオンのレストランはオーダーストップ。街の入り口のバーもゴミ箱が入り口に置かれている。それじゃああそこは、と、やはり1年8ヶ月前、初めてのOVで53.5センチの結果を出し、良い気分でBさんと金さんと行った「快楽城酒楼 Happy City」に入ったところ、「テイクアウトなら良いですよ。」との第一声。「テイクアウトじゃあ駄目ですね。」と落胆しながらそれでも店を出ることができずにいたところ、ちょっと打ち合わせをした女主人とおぼしき女性が、「いいですよ。」と店内での食事を許してくれました。「同じアジア人同士」、親近感がそうしてくれたのかも知れません。ともかく、本当に嬉しかったです。23時が近いというのにフランス滞在中の悪巧み王さんに電話したりした楽しい夜を過ごし、ホテルに戻りました。ブリュッセルまで戻っていくスティーリーさんにパリで買ってきたシルク・ラインを手交、お見送り。そして、満たされた眠りに就きました。OVで迎えた復活祭です。

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samedi, 11 avril 2009

春ヴァカンス@OV

昼過ぎにパリを出発。途中、渋滞に遭遇することもなく、Oostvoorneの街に到着。マリオン・ホテルにチェックインし、Petit Restaurantでチーズバーガーとポテトを買い込み、北西へ。駐車場にとめた車の中で少し早めの夕食とし、18時、消波堤の上の人となりました。左側の第1消波堤は、上に2人、その脇のフラットに2人と激戦区になっていたことから、右側に長く伸びる消波堤へ。システムはフローティングに水中でサスペンドするであろう白のダビング材を使ったモー浜。20時頃、北西右消波堤最先端本湖側でヒット。が、2分ほどのファイトの後、フック・オフ。ホテルに戻り、鞄に突っ込んできていたマルコ・ポーロ・フライタイイン・キットをセットし、先般、La Maison de la Mouche Dubosで買ってきていたTMC100の8番と10番、しっかりとカエシが付いた針にモー浜を巻きました。「度量」という言葉の意味を深く考えさせられた一日でした。春ヴァカンスの始まりです。
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jeudi, 09 avril 2009

法律の翻訳は難しい

午前の1時間半、午後の2時間半ほどを使って、同僚と一緒に11ページほどのフランス語協定案の翻訳作業を行いました。こういう作業を行う際、よく思うのですが、日本の仏和辞典は法律用語等に大変弱い。文学的な表現を何となくわかったようなわからないような日本語にして、理解したような気分になるのには適しているのですが、法律の条文の規定を法律的に翻訳するのには一工夫必要です。そもそも法律用語自体がある種の詩の言語のように様々な要素を凝縮した言葉になっていることが多いというのも理由かも知れませんが。

すっかり疲れ切りつつ、夜はカルフールで1時間かけてお買い物。Fisherman's Friendの大量購入が一つの目的だったのですが、何故か改装されており、レジの前の駄菓子コーナーがなくなってしまっていた関係で、お菓子の棚にあった「PASTILLES REGLISSE」(袋は白地に茶色のライン入り)を大量購入することになりました。早速車の中で試食したところ、パスティスの味がする。ひどい「はずれ」でなくてほっとしています。

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mercredi, 08 avril 2009

疲労の発現

昨晩の動物性タンパク質の補給にもかかわらず、今日は大変体がだるかったです。こんなことってあるんだ。なんだかマラソン中の体の緊張が一気に弛緩しつつあるような感じです。

レポートを3つほど東京に送り、ちょっとほっとして、夕方、久しぶりにカルフールに買い物に行きました。Fisherman's Friendとガス水を大量購入するためだったのですが、行ってみてビックリ。いつの間にか大改装が行われてしまっていて、レジ前にあったFisherman's Friend等の小物が置かれていた棚も無くなってしまっていました。。。まだフロアの配置が行われている最中のようです。とりあえずの買い物は行い帰ってきましたが、少々残念です。

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mardi, 07 avril 2009

引っ越しに向けて

当地滞在も残すところ3ヶ月。そろそろ引っ越しに向けた諸準備を開始しなければ、と、いろいろと調べ始めました。まだ大仕事がいくつか残っているためもあってあまり実感が湧かないのですが、とりあえず大まかな外形は確認することができました。TO DOのリストアップを行って一つずつつぶしていく、といういつものやり方が、こういうオペレーションには欠かせません。

パリ・マラソンを走った同僚と、ジョギング仲間だった同僚と3人で、松ちゃんでの打ち上げ会。朝起きた時には消えていた筋肉痛が昼前に再発するなどちょっと不思議なブレがある中、動物性タンパク質をたっぷり補給して来ました。モン・サン・ミッシェル・マラソンに向け、明後日の朝には、少しジョグしておきたいところです。

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lundi, 06 avril 2009

祭りの翌日

パリ・マラソンの翌日、本格化した筋肉痛、全身の疲労感とつきあいながら、事務仕事を終日行うことができました。たまったレポートの作成、日本へのメール回答、その他のTO DOを途中まで終えることができました。明日も終日事務ができそうなので助かります。
今日の筋肉痛は、ニース・カンヌの翌日のそれよりも遙かに激しく、久しぶりに筋肉痛らしい痛みを終日抱えることとなりました。階段の上り下りが苦痛です。それと、今回は腹筋が痛い。いろいろと無理があったのかも知れません。昨晩のカルビ焼き肉とクリーム塗り込みでは対処しきれなかった模様。明日の松ちゃんでの反省会&動物性タンパク質補給が待ち遠しいです。確か去年は、こんな痛みを抱えながらEVASIONで開催された夕食会に向かったような気がします。途中、横切ったモンソー公園で、足をかばいながら走るランナーたちを見て笑った記憶が。

蓄積していたフランスの新聞を1週間分、読むことになったのですが、ロンドンでのG20における日本の存在感のなさに驚きました。フィガロもルモンドも中国を持ち上げ、胡錦濤国家主席を中心に置いた写真を一面トップに掲げるといった扱いです。「JAPON」という言葉が1面に存在したのかどうか心許ないところです。きちんと国内が成り立ってこその外交であるということを痛切に感じました。他方で、ミサイル問題を巡っては「JAPON」が大活躍。それもちょっと寂しいですが。。。

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dimanche, 05 avril 2009

Marathon de Paris 2009

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6時起床で準備開始。朝食はお餅3つにSpordejを付属のさじ5杯分程度、それにボン・マルシェ食品館で買ってきてあったイチゴを少々。バナナとコーヒーを追加し、boisson d'attente(レース開始までに飲む飲料。パウダーを水に溶かす)をちびちびとやりながら、レースの格好に着替えをしてストレッチをして体をほぐします。天気予報ではスタートの9時段階で8度、その後13時頃までに11~12度に上がる、とのこと。最高気温は21度との予報。随分暖かくなったものです。が、昨年の経験及びニース・カンヌ・マラソンの経験を踏まえ、下は短パンでよいとして、上はまずアンダーウェアーにNike Proを着た上で半袖ジャージを重ねることとしました。一応、一桁台の時は重ねておいた方が自分にとっては無難です。

OVERSTIMSのベルトに必要なジェル(酸化防止を2つ、普通のエネルギー補給用を4つ、即効性のあるcoup de fouetを1つ、超速効のRed Tonicを1つ)を詰めてお腹に巻き、ゼッケンを付け、パタゴニアのR2ジャケットとナイキのナイロンのジャージの上だけを羽織り、8時過ぎに自宅発。道の前後にはランナー達がスタート地点に向かって歩いており、自分もその一員となりました。昨年は一旦職場に集まり、仲間と合流した上で荷物を職場に置いておいたのですが、それだとゴールした直後に暖かい服を羽織ることができず、風邪の一因ともなったことから、今年はゴールしてすぐのところにある荷物置き場に荷物を預けることとしたものです。

家を出た時に改めて予報を確認したら、8時段階で既に9度あるらしく、かなり暖かい。その証拠に、R2ジャケットとジャージを着込んだ上半身からは発汗し始めました。他の欧米系ランナーたちを見ているとTシャツ1枚の人が多い。さてどうしようか。一応、乳首ずれ防止用のバンドエイドは持ってきてあり、必要に応じて半袖ジャージ1枚で走ることもできるようにはなっているけれど。いやいや、騙されるな。欧米人の平熱は日本人の平熱より1度程度高いそうな。彼らは薄着でもいい。そんな彼らと同じ格好をしてしまったが最後、凍えることになるぞ。
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結局、荷物を預けたのが8時半前。それからスタート地点に向かっていったはいいが、トイレ(簡易式のやつ)を待っていたら、スタート1分前にやっと順番が回ってきて、しかも「3時間45分目標」のスタートラインのところには既に入れなくなっていたため、最後尾に並ぶこととなり、「最初のマラソンの人はいるか~」という会場アナウンスに手を挙げて歓声を上げる人が周囲に随分いることに小さな優越感を抱きながら、スタートの8時45分を迎えました。仮に将来的にこのマラソンを再び走るチャンスを得た場合には、もう少し早く会場入りしておこうと思います。何時だったかシャンゼリゼ近くの土産モノ屋で買った「PARIS」と刺繍の入った3色ヘッドバンドを装着し、のろのろと前進しながら気付いたのですが、目標時間毎に区切られたスタートラインの鉄柵の内側にも簡易トイレが設置されている様子。早くからスタートラインに並んでおいても何の問題もなさそうです。。

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ドラノエ市長も観覧しているスタート・ラインを超えたのが8時59分。のろのろと歩みを進めたのが嘘のように、クリアになった道をゆっくりと走り始めました。最後尾だったのが功を奏して、キロ6分弱という理想的なスピードでシャンゼリゼを降りていき、コンコルド広場を経由してリヴォリ通りへ。昨年はコンコルド広場をオベリスクを中心にぐるりと反時計回りしていたのですが、今年はオベリスクを絶えず右手に見ながらショートカットすることとなりました。ここで稼いだ百数メートル少々の距離が、35キロ過ぎに精神的な苦痛になってくるとは。。。あれ、昨年はローランギャロスの角を曲がってすぐのところが35キロ地点の補給所だったよな、とか、オートイユ広場のコーナーのところが37キロだったよな、とかいった思い出のとおりに標識が置かれていない時、大変がっかりします。おそらくそれ以前の地点でもそうだったのだろう、と思いますが、特に35キロ過ぎでこういう目に遇うとなかなかこたえます。結局、この百数メートル少々はブローニュの森に入ったところで調整が行われており、39キロ地点でもとに戻ってくれた時にはほっと安心。その後のレース運びが大変楽になりました。

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一度コースを経験していると心理的に大変楽なのは先般のハーフで実感していましたが、今回のフルでもまさにそのとおりで、だいたいどの程度のペースで走っていればどのくらいの時間にどこに辿り着くことができる、というイメージを持って走ることができるので、大変楽です。ルーヴルの次は市庁舎、バスティーユ、ナシオン広場、ヴァンセンヌの森の入り口、再びぐるっと回ってバスティーユ、河岸に出て平坦な道を抜けつつ何度かアップ・ダウンをして30キロ、その後だらだら坂を上ってラ・フォンテーヌ校前を通過、ローランギャロスの角から先はだらだら坂、オートイユ広場の先の短い急坂を上がった後は競馬場脇を走って、ブローニュの森に入り、引き続き上り坂をいくつか経た後40キロ地点。そこから先は平坦な道を走り続け、ドーフィヌ広場に出たらゴールはすぐそこ。あらかじめ想像図があり、全体の中での自分の場所が分かる。4年近く住んでいる「ホームグラウンド」ですし。ヘルシンキやニース・カンヌとは一味違います。

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今回は音楽ドーピングが見事に成功しました。プレイリストは以下の55曲、トータル演奏時間4.1時間です。
Link [KISS Mix] L'Arc~en~Ciel
Jump Van Halen
Panama Van Halen
5150 Van Halen
We Are The Champions Queen
Radio Ga Ga Queen
Don't Stop Me Now Queen
Two Hearts Phil Collins
It Ain't Over Til It's Over Lenny Kravitz
STAY AWAY L'Arc~en~Ciel
Twilight ELO
God Blessed Video Alcatrazz
Fais Comme L'oiseau Michel Fugain & Le Big Bazar
Eye of the Tiger Survivor
若葉 スピッツ
メリッサ ポルノグラフィティ
涙 ケツメイシ
Driver's High L'Arc~en~Ciel
Forever You ~永遠に君と~ 愛内里菜
さくら ケツメイシ
Gonna Fly Now (Theme from "Rocky") DeEtta Little,Nelson Pigford & Chorus
flower L'Arc~en~Ciel
Overjoyed Stevie Wonder
Rock & Roll Led Zeppelin
Born To Run Bruce Springsteen
愛の中へ OFFCOURSE
youthful days Mr.Children
OMENS OF LOVE T-SQUARE
Une Belle Histoire Michel Fugain & Le Big Bazar
You Got It All The Jets
Don't Stop Believin' Journey
Can't Take My Eyes Off You The Boys Town Gang
また君に会える ケツメイシ
Understanding hitomi
OCEAN B'z
風の詩を聴かせて 桑田佳祐
涙の海で抱かれたい~SEA OF LOVE~ Southern All Stars
波乗りジョニー 桑田佳祐
君こそスターだ Southern All Stars
ダーリン 桑田佳祐
DIRTY OLD MAN ~さらば夏よ~ サザンオールスターズ
innocent world Mr.Children
CROSS ROAD Mr.Children
旅立ちの唄 Mr.Children
HANABI Mr.Children
正夢 スピッツ
Tomorrow never knows
Sing Me Away Night Ranger
Can't Stop Lovin' You Van Halen
Dreams Van Halen
When You Close Your Eyes Night Ranger
Forever Love (Single Version) X Japan
愛を止めないで OFFCOURSE
負けないで ZARD
Titles Vangelis

今回のコンセプトは「若かりし頃を思い出して元気になろう」。高校時代、大学時代、自分は何にだってなることができると思っていた、おそれを知らない愚か者ジークフリートのようだった時代を思い出して気分を高揚させよう、というものです。基本的に過去のレースで気分を高めるのに効果があった曲を集めつつ、高校・大学時代にバンドでやった曲や愛聴した曲が、気合いを入れなくてはならない時間帯(場所)、おそらく気持ちが萎えているであろう時間帯(場所)で流れてくるようにあらかじめ順番を決めておいたのですが、これが見事に決まりました。特に、冒頭のヴァン・ヘイレン3連発と終盤の2連発は効果がありましたし、しれっと2曲入れたオフコースがヴァンセンヌの森の直線で、あるいはブローニュの森の40キロ地点で、始まった時には元気が回復する、ってこういうことなんだ、と実感しました。ナイト・レンジャーのWhen You Close Your Eyesでギターソロの指使いをエアギターしていたら体の辛さを忘れることができたのも発見でした。ちょっと複雑なことを考えてみる、というのが体のしんどさを忘れるにはいいのかも知れません。そして、今回のレースでのアドレナリン分泌促進ソングは、ラルクのLink、ブルース・スプリングスティーンのBorn To Run、そしてX JAPANのForever Loveとなりました。ラルクのLinkはジョギング・レースを始める時の定番ソングとなっているのですが、今回のレースではそれを始まりと終わりに聴くこととなりました。Born To Runはヴァンセンヌの森の中、応援の人が絶えて孤独なレースが続いている中、体が芯から熱くなるような感動を覚えました。そして、やっぱりForever Love。昨年のパリ・マラソンではセーヌ河岸の長いトンネルを抜ける時に流れてきて「感動した」のですが、今回は38キロ地点半ばから39キロ地点半ばにかけて、最も苦しい区間を走っていた自分を励ましてくれました。何かを希求し続ける思いが詰まっていて、視線を高く保ちながら何を見るともなく走っていくことができました。
こういうプレイリストも、あと20年ほどした時にもし自分が走っていれば、「若かりし頃を思い出して元気になろう」プレイリストとして使えるのかも。それはそれで楽しみです。

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レース中、沿道に日の丸がいくつか振られていて、手を振ると反応が返ってくるのは大変励みになりました。今日のレースで一番きつかったローランギャロスのだらだら坂を上っていった先のオートイユ広場、37キロ地点手前のコーナーで、うつむいて走っていたら「頑張ってください」と日本語で声を掛けられた時には、今回のパリ滞在で一番嬉しかったんじゃないか、と思うくらい、本当に嬉しかったです。ゴール直前、進行方向左手に見えた日の丸の方にも、最後の最後に励まされました。有り難うござました。

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今回のレースでは、OVERSTIM-Sのジェルでこまめに燃料補給をしながら走ったのですが、これも効果があったようです。スタート直前にANTIOXYDANT、5キロ地点でENERGIX、10キロ地点は水摂取にとどめ、15キロ地点でENERGIX、20キロ地点で再びANTIOXYDANT、25キロと30キロ地点でENERGIX、35キロ地点でCOUP DE FOUET、39キロ地点でRED TONIC、と、OVERSTIM-Sのカタログに出ているとおりの使い方をしてみたのですが、補給所で食べ物を取らず、水だけをもらうことにしている自分には効果的でした。特に、今回初めて口にしたRED TONIC。ブローニュの上池が途切れる寸前のところで口に含んだところ、そのミントとユーカリプタスの味だけで気持ちが一気にリフレッシュし、引き締まりました。今日、30キロ地点と36キロ地点の2カ所、補給所で歩いたのですが、それ以外のところ、特に39キロ地点以降に歩かずに走り続けることができたのは、一重にRED TONICのおかげであるように思います。凄い威力です。

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これで最後かも知れないパリ・マラソン。悔いの無いように、できるだけの力を振り絞ってみたのですが、30キロを超えてからの減速には、つくづく筋肉不足を痛感しました。呼吸が上がることは全くなかったのですが、脚が重い重い。ラジオ・フランスの前の交差点のところでは、ちょっとしたアスファルトの盛り上がりに躓いて転びそうになり、心底肝を冷やしました。お尻を叩いたり、あごを引いて腕振りをしっかり行い、丹田で進んでいく感じを思い出そうとしたのですが、体が前に進まない。ラ・フォンテーヌ校に向けただらだら坂でいよいよきつくなった時、ふとインドに行ったGさんの走り方を思い出しました。人生の大先輩であり、昨年のパリ・マラソンを一緒に走った時には自分とほぼ同じ4時間25分少々でありながら、その後ヘルシンキで4時間1分という記録を出している彼が、先日、ハーフでパリにやってきた時に一緒にモンソー公園を走った際、ピッチを短く刻んでいたのを思い出し、それをやってみたところ進む進む。一時的にキロ5分40秒台のペースを取り戻すことが出来ました。とはいえ、ローランギャロスの上り坂、森に入ってからのだらだら坂では、やっぱり7分台になる時もあって。。。40キロを超えてから少しスピードを出そうとしたところ、右足太ももの裏側の筋肉がつりそうになり、危うく転び掛けたのが2度ほど。筋肉を鍛えることが必要です。
30キロ地点以降の写真が極端に少ないところに、この時間帯の苦しみが現れています。

Sp4058820フォッシュ通りに出てからの200メートル程度は、慎重にラスト・スパートをかけましたが、途中でやっぱり脚がつりそうになりました。ゴールがあと20メートル先だったら危なかったかも知れません。何とか無事ゴールしたタイムは、4時間13分2秒。昨年より11分短縮、ベストだったヘルシンキより8分程度短縮。ニース・カンヌより20分程度短縮。何よりも、補給所2カ所を除き歩かなかった。そして、ラスト・スパートをかけるくらい余裕があった。ゴール直前の写真屋さんのところでガッツポーズまで決めることができた。昨年11月のニース・カンヌ以来の左膝痛を乗り越え、雨と寒さを理由に3度しか走らなかった1月、同じく7度しか走れていない2月、3月にはOVで走りすぎて右足首に痛みを抱えてしまい、3月末日にガストロでお腹を痛め、発熱までしてしまい、2日連続のゼナ服用とブドウ糖注射でやっと復調した今日、ここまで走ることができたのですから、大満足です。

インドに行ったGさん、日本に帰ったYさんが背中を押してくれたような感じがした瞬間が2度ほどありました。12区役所裏手の上り坂を走っているときと、ローランギャロスの坂を上がっているときです。前回、ここで話しかけられたよなぁとか、「パリ・マラソン・コース」とか言って一緒に走ったよなぁ、とかいった思い出が元気の素になりました。誠に体力は気力です。お二人の分まで走ることができたかどうかは心許ないのですが、お二人との思い出に助けられながらお二人の分まで一緒に楽しんだことは確かです。有り難うございました。

Sp4058822走り終わってすぐに荷物を引き取って着込んだのが功を奏し、去年とは異なり体を冷やしきることなく家まで帰ってくることができました。が、やっぱり寒かった。気温的には19度まで上がっていたらしいのですがそういう感じがしなかったのは、びっしょりの汗が冷えたせいか、あるいは空がちょっと曇り気味だったせいか、あるいは応援に来てくれていた同僚夫妻とゴールの後に会えなかったせいか。いずれにせよ帰宅早々お風呂を入れて肩まで浸かった時の体と心のほぐれ方といったら、言葉に尽くしがたい気持ちよさでした。

またいつの日か。
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samedi, 04 avril 2009

パリ・マラソン前日

パリマラソン前日の今日は、10時から基金の配分会議に出席。「裁定」という言葉の意味が少し分かったような木がしました。フランスの外務省では極東専門家試験として日本語のほかに中国語、ヒンズー語があり、そのコンクールを通った人は日本語専門家であっても例えばパキスタンを担当することになることもある、といったことを知りました。
昼食は自宅でペンネ。少しずつカーボローディングです。昼寝をした後、夕方からMasion de la Mouche Dubosへ。取り置きをしてもらっていたDT3のシルクラインを引き取り、ついでに、ハーディーのいろいろな話を聞くことができました。以前、「ハーディーのテスト・バッグは購入できますか。」と問い合わせをしていたところ、返事がなかったのですが、その理由を教えてくれました。
ハーディーのバッグは以前は英国でブラディー(Brady)が作っていたが、今は中国に工場が移ってしまった結果、品質ががた落ちした。注文していた客が3ヶ月待たされてやっと品物を受け取った後、返品してきた、ということもあった。ハーディーのリールの方は韓国工場で作られている。パーフェクト・シリーズの入荷はまだない。ハーディーは最近、販売促進に熱心だが、例えば自分の店はハーディーから直接仕入れることができず、ハーディーが指定したフランスの代理店からでないと仕入れることができない。代理店のマージンが高いため、うちでハーディー商品を購入すると大変高くなってしまうことから、うちではハーディー製品の取り扱いを少しずつ縮小している。等々。。。マダムが「大変残念だわ。」と言いながら、いろいろと教えてくれました。そうだったのか、ハーディー。そう言えば、リニューアルしたHPでフランスの代理店を探しても、「見つかりません」という表示がされていたっけ。ちょっと残念です。

そして、ポルト・ド・ヴェルサイユのマラソン・エキスポへ。ゼッケンの引き取りです。18時半頃だったためか、行列用の鉄柵が空しく並ぶなか、一瞬でゼッケンを引き取ることができました。エキスポの方では、今年のメインスポンサーである我らがアシックスの存在感が凄かったです。OVERSTIM・Sのベルト(エナジー・ジェルを入れるポシェットが2つ付いているもの)を購入。先日来調子が悪いPOLARの心拍計を買い換えてしまおうか、とも思ったものの、そこはぐっと我慢。スージーで焼きうどん・チャーハン・牛肉タマネギ炒めとサンラータンでカーボローディングを行い、モノプリでバナナほかを購入して帰ってきました。さていよいよ明日です。

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vendredi, 03 avril 2009

ブドウ糖注射

今日はゼナを飲んで職場に復帰。ブドウ糖注射を打ってもらい血糖値を上げ、神経系の疲労回復を図った後、午後は国民教育省へ高校生交流案件で打ち合わせに行きました。ボン・マルシェ食品館と同じ建物に入っているオフィスで、3時間に渡ってフランス語の会議に出た後、食品館でイチゴやらキウイやらを買い込み、夜はYENで総勢8名の夕食会。大変充実した一日となりました。疲れました。。。

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jeudi, 02 avril 2009

ガストロ

食あたりか風邪がお腹に来たのか、胃薬を飲んでも下痢が止まらず、今日はお休みしました。パリ・マラソンまであと3日。気持ちだけ焦ります。

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mercredi, 01 avril 2009

新年度

朝、出張の方々と一緒に高等教育機関の学長にインタビュー、昼は別の高等教育機関の関係者との昼食会、午後は日本に行きたいフランスの高校生の面接を行い、夕方はパリ第7大学で講演会、とフル稼働だった新年度初日でした。ちょっとしんどいです。

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