文化・芸術

vendredi, 09 mai 2008

ラルク・パリ公演(TOUR 2008 L’7~Trans ASIA via PARIS~)

(後日、書いています。)
昼に日本学の先生との昼食をともにし、グランゼコールで日本語を勉強している人たちに対する支援を行うことが必要、とか、一部の人に食い込んでPRを行うことは広く浅くのPRよりも効果的(1930年代、柔道をフランスに持ち込んだキュリー氏について話していた時の文脈)とか、様々な示唆を得ました。その他、面白かった指摘は、
・日仏関係の緊密化はミッテラン大統領時代の賢人会議の報告によるものであり、パリ日本文化会館の設置や日本叢書の刊行など、諸事業が計画されていた
・スタジオ・ジブリの諸作品が日本のイメージを変えている(特に「トトロ」)
・98年サッカー・ワールドカップ・フランス大会の際の日本チームの活躍が「日本人は集団主義だ」という見方を変えた
・この「日本人=集団主義」という見方の源泉は、60年代~70年代のツアーで来た日本人を観たヨーロッパ人が持ったイメージにある
・国立東洋言語文化学院(INALCO)には以前はシックなイメージがあり、16区のお嬢さんが嫁入り前に中国語を学ぶ、というのがクリシェの一つとしてあった
等でした。相変わらず、勉強になります。

そして、今夜は待ちに待った「ラルク・アン・シエル」のパリ公演、標題カッコ書きのタイトルが付いたコンサートです。19時からのコンサート、18時に開場とされていたため、年休を取得しました。さすがに背広で行く気はせず、Tシャツ&ジーンズに着替え、開場となるヴィレットのゼニート(Zenith)に向かいます。このコンサート会場、いろんな著名なアーティストがコンサートを行っている、いわば殿堂的な意味合いがあるところで、ここで録音されたライブ・アルバムも多数あります。
こういうポップス・ロック系のライヴをコンサート・ホールで聴くのは、11年前にフランス・ギャルがパリのアポロ劇場で行ったコンサート以来で、妙に気持ちが高ぶります。友人とポルト・ド・パンタンの駅を上がったところのカフェ、Horlogeで待ち合わせ。ビールを飲んで景気をつけて、会場に向かったところ、既に人だかりができていました。
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自由席だったのですが、舞台かぶりつきの立ち見フロアにしておいてもよかったかな、というのが率直な感想。それほど若くもないのですが。待っている間、場内ではウェーヴが何度も往復し、足踏みとともに熱狂が高まっていきます。会場の入りは大体9割程度かな、脇の後ろの方の席は空いているし。なんて思いながらも足踏みとウェーヴと突如わき上がる歓声・拍手に参加していたら、早くも汗をかいてしまいました。そして20時。会場内が一気に暗転。紗幕の向こうに3人の影が大きく浮かび上がり、大歓声が悲鳴に変わります。
知らない曲が多く、特に過去3年分の曲を全く知らないというハンディはあったのですが、Driver's High、Winter Falls、Honey、STAY AWAY、Ready Steady Go、NEO UNIVERSEなどでは、周囲のフランス人と一緒になって、当方も存分に盛り上がることができました。途中、アクシデントによる中断もあったものの、全体を通じて熱狂のライヴ。エネルギーを十分に費消することができました。やっぱりライヴはよいです。

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さて、気づいた点をアト・ランダムに書きつくれば以下の通り。
1.日本人客は思いの外少なく、白人系の人たちが凄い盛り上がりを見せていた
 オペラ座の歌舞伎公演では大体3割程度が日本人だったような印象を受けたのですが、ラルクの場合1割程度でしょうか。日本からの追っかけギャルたちで会場が満たされている光景を予想していたのですが、見事に外れました。
 白人系の人たちが多かったのに驚き。そして、彼らが会場の盛り上がりの原動力になっていたようにおもいます。ライヴの楽しみには、会場が一体となる喜びもあるのだなぁ、とつくづくしみじみ思いました。
 フランス人は割と年配の人も娘さんと一緒に来ていたりして、その娘さんと一緒に飛び跳ねたりしていました。さすが、体力が違います。
 また、ドイツからも来ていた様子。Mukimpoと大きく書かれた風船バナナを持った女の子たちが来ていて、そのバナナにはドイツ国旗が書かれていました。他の欧州の国からも来ていたのかも知れません。

2.フランス語が大いにうけていた
 歌舞伎の際にフランス語の口上がうけまくっていましたが、今回もHydeほかメンバーによるフランス語のMCは大受けにうけてました。曲の最中に「sautez!(みんな、跳ねて!)」のかけ声で大歓声となり次の瞬間に曲のリズムにあわせてジャンプが始まる。まるで集団催眠にかけられているようです。フランス語だとやっぱり受け方が違います。

3.フランス人が皆で歌っている曲があった
 これは驚きでした。自分の知らない曲でありながら、跳ねながら振り返ると、皆の口がちゃんと動いている。一体なんなのだろう。深い敗北感に打ちのめされた瞬間でした。どうして。。。(後日談:そんなことをOVでキンさんに話したところ、「アニメの主題歌ではないか。」とのこと。帰ってきてから調べたところ、確かにアニメの主題歌になっている。そのアニメ、ウィキペディアにもフランス語版が存在する。なるほど。ちなみに、会場で17ユーロで買ったCDにその曲は入っていました。曲名は「Link」、アニメは「鋼の錬金術師」です。さらにちなみに、そのCDには「ローマ字」で歌詞を横に倒した歌詞カードが入っていました。涙ぐましい努力です。これが付いて17ユーロは安いんじゃないか。。。)

4.スピード感のある曲中心の選曲になったのは、歌詞が分からないから?
 バラード曲の場合、歌詞が分からないと詰まらないのかも知れません。これは少々残念でした。同時に、字幕がないのもちょっと残念。カラオケではないのですが、Hydeが「みんな歌えるか?(Vous pouvez chanter ?)」と叫んで、「ウィ~」の叫び声を得る、客を乗せまくったMCの後、その曲は全く歌われずに流れていきました。さすがに歌詞の暗唱まではここパリでは難しい。ローマ字の字幕があれば、皆歌っていたでしょうが。。。

5.いずれにせよ、ラルク最高! ライヴ最高! ゼニート最高!です。

ついツアーTシャツも購入してしまい、同じTシャツを身につけた人々との一体感をさらに味わいながら、会場そばのケバブ屋で夕食を取りました。明日からOVです。

<さらに後日談>
1.職場の同僚に教えてもらったのですが、このライヴの様子がFrance 2(大手全国ネットTV)のニュースで紹介されました。Youtubeで「L'arc France 2」で検索できます。
2.ディープな「LARUKU」ファンがフランスにも居ました。詳細は、http://www.laruku.fr/index.php?option=com_frontpage&Itemid=1からどうぞ。ローマ字にたおされた歌詞ファイル等もあります。
3.そして、amazon.frでもラルクのアルバムが数枚出ていました。ちょっと嬉しいです。

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samedi, 07 octobre 2006

グルノーブルからの帰還、日本文化との遭遇

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今日はグルノーブルにお別れをする日。
出張者の方々とグルノーブルの旧市街を散歩し、お店を眺めたり、古本屋に入ったり、チューインガム配りの女の子に写真を撮ってもらったり、と清々しい澄んだ空気の中、グルノーブルの街を満喫しました。スタンダール記念館は2004年12月31日以来、ずっと閉鎖されてしまっているようでこちらは残念。
ノートルダム広場のAu Bureauなるブラッスリーのテラスで昼食。本日のお勧めを注文したところ、出てくるのが大変早く、あわただしい旅行者には有り難かったです。ウェイトレスさんの対応もパリとは異なり笑顔を絶やさないキビキビとしたもので感心。昨晩、グルノーブルの人が言っていた「パリはフランスではない。」という言葉を思い出します。
同じ広場にあるLa Noix de Grenoble(6, bis Place Grenette)というお店は、グルノーブルの観光案内所でもらえる地図にも出ていますが、この地方の名産品であるらしいクルミを乗せたチョコレートやらボンボンやらを買うことができ、お土産購入には最適です。
一旦ホテルに戻り、荷物を引き上げて駅へ。14時14分発のTGVは夕方にまた一仕事ある身には都合がよい。また、20時のANA便で東京に帰られる出張者の方にもちょうどよい。別々に行動していた出張者の方々数名とも一緒の列車となりました。
2階建てのTGV、グルノーブルを出発する時にはガラガラだったのですが、リヨン・サン・テクジュペリ駅で大量に客が乗ってきて、ほぼ満席となってパリへ。この便は要注意です。偶然向かいの席になった日本からの出張者の方といろいろとお話し、次回この会議での日本開催の際に留意しなければならない事項などにつき整理ができたのは収穫でした。
パリ・リヨン駅までは3時間。電車を降りる時のフランス人の行動パターンを見越して、到着10分前には扉のところに行ったところ、人が密集する直前でした。ホームで出張者の方と合流し、車に乗ってまず19区市役所へ。そこで自分は降り、出張者の方は空港に向かう、というあわただしいオペレーションも無事終わりました。

今日はパリ19区の区役所で、日仏協会21なる日仏交流の団体が主催する日本伝統フォーラムの初日でした。お琴の演奏や尺八の独演、日本舞踊の実演に自分自身、初めて接する機会となったのですが、これはまた凄いものです。100名超の日仏両国人が集まる中、すっかり堪能して帰ってきました。
Dscn1378「春の海」など、お正月のテレビ番組でよく使われていたりして、多分学校の音楽の時間に聞いたこともあったのでしょうが、いざ実演を聞いてみるとその印象派的な音楽の作りに感心。琴の音の純粋さにも打たれました。あと、内面に沈潜しながら情感が直接的に吐露される、そんな尺八の響きが圧倒的。琴でヴィヴァルディの「四季」より「春」を演奏する、というのが最もフランス人を喜ばせていたようです。
Dscn1415第2部の日舞では、「新鹿の子」という演目が舞われました。豪華な西洋的サロンの中での舞い、何ともちぐはぐな感じもしましたが、一瞬のうちに衣装が替わる「引き抜き」なる手法が印象的でした。それにしても、日本の伝統芸能についてはそれをほとんど知らないことに、赤面の至りです。
フランス人も拍手喝采。スタンディング・オベーションもありました。大変異なっている両国の文化ではあっても、美意識の点では相当程度似通った部分があるのでしょう。これでまた少しでも日本文化の人気が上がってくれればよいなぁ、と思います。
家に帰ってきて、疲れ切って爆睡です。なんだか大学受験が終わった後のよう。月曜日がお休みで本当に助かります。

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vendredi, 09 juin 2006

コメディー・フランセーズの運営

今日は出張者の方に同行して、コメディー・フランセーズを訪問してきました。
事務所入り口から入ると、そこは本当に古いものがそのまま残っている建物になっていました。役者さんたちの控え室に初代座長のモリエールの肖像画をはじめ、様々な役者さん達が並んでいたのが印象的です。舞台は思ったより広くなく、客席数も850席、とか。ロバート・ウィルソン演出の「ラ・フォンテーヌの寓話」の照明のためにライトを据え付けようとしたが、文化財に指定されているためビスで固定できなかった、こういうところが難しい、と語る学芸員さんの話に納得。
劇団員は60名いて、20名が短期雇用者(1年契約)、そこから選ばれた40名が長期雇用者(10年契約)になる、とのこと。案外少ない数に驚きました。それでいて、連日演目を変えて公演する、いわゆる「レパートリー式」の劇場となっています。そうしている理由につき、劇団員や裏方にも刺激になる、とか、観光客も日替わりで演劇を見ることができる、とか、興業的にも儲かる、とか、いろいろな理由を挙げていましたが、おそらくは、そういう風にすることで皆が食べていけるシステムを作っている、ということなのでしょう。ギルド的世界は組合的世界でもあるだろう、と思います。
来年3月、コメディー・フランセーズとして日本の一座を招いて狂言を行うことになっている、ということを知りました。日本の芸術は、海外で光を当てられて日本でも大ブーム、という流れが時々ありますが、果たしてそのような流れを作り出すことができるのか。もう一つ、日本人作家の作品をレパートリーに加えたい、などという話もありました。コメディー・フランセーズも伝統を堅持しながら、着実に進化しているようです。
Del Papaで早めの夕食を御一緒し、お別れして職場に帰ってきました。
出張者に付いていくことで様々な人脈が開拓できる、というのは、本当に役得かも知れません。おかげさまで、どれだけ大変ではあっても、その分楽しみも大きいです。

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mercredi, 07 juin 2006

パリ・オペラ座の運営

今日は出張者と一緒にパリの二つのオペラ座を回ってきました。マーケティング関係の部長さん達のお話を聞き、新旧オペラ座の建物を地下まで案内してもらいました。
ガルニエの地下は本当に水まわりが悪そうで、オペラ座の怪人がいたことにされた貯水池への入り口を目撃することができました。また、舞台装置を回したり転換したりするための巨大な木製の綱巻きも観ることができました。昔は船乗り達が回していた、という嘘のようなホントの話も。
バスティーユでは、舞台の上から観客席を展望するとともに、9面の舞台装置が3段に渡って広大な空間に広がっている様子やら、遮音壁の後ろ側、舞台が進行している最中でも舞台装置の組み立ての作業ができる空間、アトリエ等々を観ることができました。こういう広大な裏方が凝縮されて舞台になっている、ということを実感することができました。5ユーロの立ち見席からは字幕を観ることができない、ということも知りました。ただ、連日一杯になっているようです。
興味深かったのは、「オペラ座友の会」の制度です。「Association pour le Rayonnement de l'Opera de Paris」というものがあります。直訳すれば「パリオペラ座の栄光のための協会」とでもなるでしょうか。この会員組織に入るためには、まず、1年間の入会金として100ユーロから400ユーロを支払います。その上で、会員用の公演(日が決まっている)を選択するのですが、仮に最も良い席で5公演を観ることとした場合、1公演230ユーロ、と、通常であれば130ユーロの席に+100ユーロの値段となります。つまり、友の会に入る方がチケットが高くなる、ということです。
日本の同様の「友の会」に入会した場合、入会金は必要でしょうが、通常よりも安くチケットを入手できる、というメリットが引き替えになっているのが通例でしょうが、このようなやり方をして、それで何故入会者がいるのか。
先方の説明によれば、「オペラだからこのようなやり方が可能。会員はプレステージを楽しむことができる。」とのこと。AROP会員向け公演、というのは、確かに華やかそうです。確かに、15ユーロをプラスすれば幕間のカクテルを、100ユーロをプラスすれば幕間に食事を、それぞれ楽しむことができるらしく、昨日のバスティーユではその準備がされていました。また、単にプレステージにとどまらず、実用的な人脈形成もそのような場で行われているようです。さらに、様々な文化行事(「モルチエ総裁による「フィガロの結婚」の紹介」とか、「オペラ座のスターダンサーによる講演会」とか、「仏外務省訪問」とかいったもの)に10ユーロ程度を払って参加することができる、とか、モルチエ総裁ほかオペラ座幹部との食事会に150ユーロを払えば参加できる、とかいった特典が付きます。これに現在2700人が加入している、とのことでした。
こうした様々な付加価値を付けることで維持されているこのシステム、チケット収入以外の部分をいかにふくらますか、という課題に対する対応策の一つでもあるようです。オペラという元々一部特権階級の楽しみであったものを、バスティーユ・オペラの建設により大衆化しつつ、改めて特権的な仕組みを設けて、それで逆にお金を儲けてしまおう、というこの発想、ずいぶんと勉強になりました。
メセナも盛んになっているようであり、SAINT-GOBAINというガラス会社社長が会長になったメセナ企業サークルができていて、そこにはマスターカードとかBNP(パリ国立銀行)などの名前が並んでいます。こういう企業の社長さん達に集まってもらいモルチエ総裁と朝食を取る、という会合が年に4回開催されているらしいです。こういうやり方も何かのヒントになりそうです。
とはいえ、やはり、こういう「伝統文化」の保護は国の責任、という考え方が強く、いまでも収入の6割強は国からの助成金である、とのことでした。やはりそういうことなのでしょう。何でもかんでも独立採算、という考え方では、オペラのような芸術の維持・振興は図れないだろう、と思います。
もう一つ、オペラ座総裁の権力の強さ、という話も印象的でした。シーズンの演目、公演日、公演回数は総裁の指揮のもと、オペラ座内部で検討され、総裁が運営理事会(文化大臣が任命する12名により構成。芸術家、役人等々からなる)に提出する、とのこと。また、前年の実績(チケット収入を含む)についても、総裁が運営理事会に提出することになっているようです。ただ、これはほぼ「しゃんしゃん」の会議でもあるようです。権限の大きさと責任の大きさ、という話をされていましたが、確かにその通りでしょう。芸術と民主的統制との相容れなさ、とでもいうのでしょうか。現代社会に残された唯一の独裁者はオーケストラ指揮者だ、という話も聞いたことがあります。
いろいろなことを見、知ることができ、考えさせられた一日、出張者をオペラ公演に送り込み、同僚の送別会に参加し、再び職場で残務の整理をしました。累積残務がどんどん大きくなっていくのを感じ、少々参っている中、オペラ座の部長さんの知己を得たことのありがたさを痛感しています。

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mardi, 03 janvier 2006

「オペラ座の怪人」@Her Majesty's Theater

ロンドン滞在最終日の今日、標記ミュージカルを観てきました。
ブロードウェイで観劇したこともあり、渋谷の映画館で鑑賞したこともありましたが、やはり発祥の地で観るのはよいものです。Her Majesty's Theaterでは3度目となる「オペラ座の怪人」です。
今回は、現地で手配することもなく、インターネットでの予約を行いました。1月3日のマチネ(14時30分開演)という好条件でありながら、11月21日には予約をしなければなりませんでした。その時点で、既に夜の部は一杯でした。だいたい3ヶ月前には一杯になるようです。ただ、市内各所にあるチケット・オフィスには出回っているようです。
こじんまりとした劇場に入ると、平戸間のK20という席。舞台の正面少し右側という好条件です。オペラの場合、平戸間は音響面での喜びを犠牲にしなければならないものですが、始まってみたらさすがにミュージカル。スピーカー・システムのおかげで頭に音楽がたたき込まれるような大音響でした。

このミュージカルのこと、本当に大好きなのです。
何となく人気があるということを聞き、劇団四季の公演のポスターを日本で見て、本場がここだということをガイドブックで知り、10年前に三階席で観たときから、とりつかれました。
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人前に晒せない容姿を隠すために仮面を付け、幽霊のように姿を隠しながら、美しい音楽を書く怪人の悲しい恋に、最初観たときにずぶずぶと感情移入し、その後、CDで繰り返し聴きながら、音楽がワグナーのライトモチーフのように繰り返されて終幕に向けて高まっていく様に興奮し、歌詞を少し理解できるようになってから台詞に込められた心情の細やかさに感動し、映画の字幕でそれを再確認し、今度ロンドンに来たら絶対にここで聴こうと決めていた夢を、今回のロンドン訪問で果たすことができました。

終演直前、劇の冒頭にオークションで出品されていた猿のオルゴールが仮面舞踏会の音楽を奏でます。そのメロディーに合わせて歌う怪人の姿に、不意に涙がこぼれました。(http://opera.a-ki.net/で、このミュージカル全編の歌詞を読むことができます。)
Masquerade
Paper faces on parade
Masquerade
Hide your face so the world will never find you
Christine, I love you
紙の仮面をかぶった舞踏会は、「人生は一つの舞台、人は男も女も皆役者なのだ」というシェークスピアの言葉さながら、普通の人の普通の生活なのかも知れません。別れを告げるため、おぞましい容姿に対する恐怖を振り払って、「あなたは一人ではない」と言って口づけをしてくれたクリスティーンに共鳴するように、怪人はとうとう自分の言葉を自分の音楽に乗せて歌います。仮面を付けない真実の瞬間が「怪人」にも訪れたのでしょう。

自分が作った歌を恋人ラウルとともに歌いながら去っていくクリスティーンの声が聞こえなくなった時、怪人は
You alone can make my song take flight
It's over now the music of the night
と歌って姿を消します。この歌を観客一人一人が羽ばたかせて、ミュージカルが終演です。

カーテンコールでは、通常、女性の主人公が最後に出てくるものですが、このミュージカルではもちろん怪人です。舞台の最後でははずされていた仮面を再び付け、凛とした姿でカーテンコールに応える怪人は、役者冥利に尽きるような拍手喝采を浴びていました。これだから止められません。また来ようと思います。

ユーロスターで3時間弱、定刻よりも少し早めにパリに到着しました。北駅の時計で23時20分。パリに戻るとやっぱりホッとします。タクシーで家まで10分程度です。

充実した冬休みを送ることができました。明日からの仕事にも、これで一層力を込めることができそうです。

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