ヨーロッパの旅

dimanche, 29 juillet 2007

リド(LIDO)での海水浴とサン=マルコ広場の夜景

再び虫たちに苦しめられた夜、枕を反対側にして眠りました。朝起きてみると、足側のシーツにはパラパラとゴマ粒1/4程度の小さな虫が落ちていて、彼らをつぶした跡とおぼしきところには血が付いていたところを見ると、何か血を吸う奴らなのでしょう。いやはや。
朝食会場は満席で、先客が引けるのを待つ間、広場まで出てみたのですが、昨日の好天が嘘のように曇っている。ううむ。ヴェネツィアも夏が来ないのか。。。
朝食を終えた後、天気のことも考えてまずはアカデミア美術館へ。こんな高い階段橋を重いスーツケースとともにこえたのですから、自分を誉めてあげたくなります。
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アカデミア美術館。ティントレットの「誘惑するイヴ」では、あまりにも妖艶にリンゴを差し出すイヴに対して、アダムが少し腰が引けているのが印象的。ティツィアーノの「トビアスの集金」では、聖天使ラファエルに手を引かれたトビアスがかわいい。第10室のティントレットの連作、「聖マルコの奇跡」はなかなかの迫力。入ってすぐ右手のヴェロネーゼ「レヴィ家の饗宴」は、これに似た絵をどこかで見たような。。。第21室、カルパッチョの「聖ウルスラの伝説」の連作も見事。最後におかれていたティツィアーノの「聖母マリアの神殿奉献」では、かわいいマリア様が描かれていました。
Dscn2617一番印象的だったのがバッカスのお祭りかなにか分かりませんが、皆で楽しく飲ん騒いでいる絵に描かれていた女の人。本当に愉快そうです。

ただ、全体を通しての印象としては、ヴェネツィア派にしてはくすんだ色合いのものが多く、あの見事な青色が出た絵にはあまりお目にかかりませんでした。また、ジョルジョーネの「嵐」を楽しみにしていたのに、展示室が閉鎖されていて見ることができず。ヴェネツィア以外の土地にヴェネツィア派の主要傑作は出てしまっているのではないか、という印象も持ちました。本場だけに、昨日見て回った教会の中に置かれていたりして、「美術館」というところに置かれていないだけなのかも知れませんが。。。何となく、ヴェネツィアという都市が寄せ木細工のようにして組み上げられていった歴史的経緯が、美術館のコレクションにも反映されているような気がします。

絵を見ているうちに空も晴れてきました。「よし、リドに行こう。」「死す」にはまだ早いのですが、時間がない観光客は天候の変化も敏感に捉える必要があります。

ホテルに戻ったところ、フロントの人につかまりました。「お部屋に虫が出ることが分かりましたので、今晩、あのお部屋にはお泊まりになれません。よろしければ、ここから少しのところにあるレジデンス形式のお部屋に同じ料金でお泊まりいただけます。いかがでしょうか。」正直、虫には閉口していただけに、即座にオファーを受け入れました。いや、受け入れざるをえませんでした。

バルサンに向けてシーツやらなにやらが取り払われ、すっかり殺風景になった部屋で着替えをして、海水浴セットを持ち、荷物を再びパッキング。狭い階段を下りていき、フロントの人に先導されて50メートルほど離れた場所にある建物に到着。サロンから木の階段を上がったところの部屋を見せてもらいましたが、低い天井ではあるものの、なかなか気持ちのよいところ。部屋番号は「3B」。トイレとシャワー・洗面所は部屋の外にあるのですが、3B専用とのこと。再び木の階段を下りていった右手に「3A」という部屋がある。サロン+3A+3Bが一つの組み合わせになっている様子であり、子ども連れ家族旅行にはちょうどよいのかも知れません。
荷物を入れるのは午後になる、とのことで、サロンに荷物を残して出発。アカデミアからヴァポレットに乗り揺られることおよそ20分、憧れのリドに到着です。17年前の9月、ストラスブールとエクス=アン=プロヴァンスでの語学研修の後、パリ政治学院の入試を終え、やってきた時以来となるリドは、やっぱり変わっていませんでした。
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島を貫く並木道の途中、スーパーBILLAでオリーヴやら夏野菜のピクルスやらビールやらを購入し、ビーチへ。17年前には無かったかあるいは覚えていない公共ビーチの建築物ができていて、そこは入場料なしで入っていくことができます。暑い砂がサンダルと足の間に入るのを気持ちよく感じながら、バスタオルを置いて設営。そこそこ賑わっています。時刻は14時半。
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オイルを塗って昼食を取り、ビールを飲んでしばらくぼんやり。日差しは強く、光を浴びているだけで汗が滲んできます。夏をやっと探し当てた、そんな気分でした。振り返ると足こぎボートの向こうにはHOTEL DES BAINSが堂々とそびえています。その手前のプライヴェート・ビーチに行けるようになるまでは、「死す」ことはできません。お母さんたちもビキニで、堂々と海遊びをしていました。

暑さがたまらなくなると海に入って体を冷やします。海は遠浅で、かなり遠くまで足がつく。浮き輪に乗っかったりしながらプカプカ。輪の中にお尻を入れて仰向けに浮かぶと自由気ままな感じです。きっとフロート・チューブで釣りをする時にもこんな感じなんだろうなぁ。
Dscn2624戻ってきて昼寝。背中の熱を冷ますためにまた海へ。そんなことを何度繰り返したでしょうか。気がつけば時計は18時を回っている。騒いではお母さんに怒られていたアレッサンドロ君も帰って行った。さて、そろそろ、と、帰り支度をして、今晩の無料コンサートの準備に忙しいBLUE MOON BEACHを後にしました。
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夕日が落ちてきたプライヴェート・ビーチを見はるかした後、HOTEL DES BAINSの正門へ。「ヴェニスに死す」の中で、道化師が出て行こうとした門、それを主人公が眺めていたテラス、そして玄関。中に入っていくのは憚り多く、外側から眺めるだけで済ませることとしました。いずれこのホテルに宿泊できるようになるまでは、「死す」わけにはいきません。
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夕方の柔らかくなった日差しが帰りの並木道をけだるく照らしています。イタリアのガチャガチャ、1ユーロかかります。
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ヴァポレットに乗ってアカデミアへ。
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一旦ホテルに戻って、海水浴セットを置いてから、三脚を持ち出して夕暮れが迫ってきたサン=マルコ広場へ。夜景撮影会です。

ハリーズ・バーは敷居が高く、外から覗くだけ。河岸通りの灯り、スキアヴォーニの河岸の街灯が美しい。
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暮れていくサン=マルコ広場とピアツェッタ。
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紺色の空にそびえ立つ鐘楼とムーア人の鐘。
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カフェ、カルロ・ラヴェーナの楽隊。
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夕食は結局、サン=マルコ寺院の隣り、ムーア人の鐘楼の脇にある「Cafe Americano」でフォカッチャとライス・コロッケの立ち食い夕食。そのままカフェ・フローリアンに入って、メニューの飲み物代+音楽代5.80ユーロを払って、音楽を楽しみました。広場の反対側の2軒のカフェ、クアードリとカルロ・ラヴェーナと比べると客の入りが今ひとつで、立ち見の観光客も少ないのは、そもそもテラス席の数が多いこともさることながら、その中途半端な選曲にあるのかも知れません。Dsc_7161
セヴィリアの理髪師序曲、マイ・フェアレディ、美しく碧きドナウ、ボレロ、椿姫の乾杯の歌、と若干クラッシックでスノッブな感じ。反対側のカフェ2軒で、フラメンコが入ったり、ヴァイオリニストが踊りながら弾いたりしているのと比べると、若干正統的過ぎるのかも知れません。22時40分からの回でやっとポピュラー音楽となり、少し持ち直したところで席を立ちました。

広場のあちこちに水たまりができて、それが次第に大きくなっているのに気付きました。アクア・アルタが始まりつつあるのでしょうか。沈むヴェネツィアに少しだけ触れることができました。水に映った夜景も美しかったです。
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ライトアップされた溜息橋、月に照らされたサン・ジョルジョ・マッジョーレ島。
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そして、再びサン=マルコ広場を通って宿に戻りました。まだまだ賑わいは続いています。
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samedi, 28 juillet 2007

ヴェネツィア逍遙

短い夜、小さな虫が体の上に落ちてくる感触や蚊の羽音に、サイド・テーブルの中にあったイタリア版ベープを取り出してコンセントに突き刺しました。朝は鳩が天井を動く足音で6時頃には目が覚めてしまう。ディスカウントの理由はそんなところにあったのだろうか。そんな邪推をしながらも、ヴェネツィアにいるということだけで気持ちは浮き立ってきます。
朝食は、いわゆるコンチネンタル・ブレックファーストで、地上階から1階に上がったところの狭いスペースに小さな丸テーブルが5個並んでいます。隣りの席に米国の人が降りてきたと思いきや、一旦外に出て戻ってきて、コカコーラ・ライトを3本、テーブルの上に置いた時には驚くとともに納得。国民的飲料なのでしょう。
朝9時半にしてすっかり夏の日差しとなっている中、パリでは実現しなかった今シーズン初の短パンにポロシャツ、サンダル姿で、昨晩、大変な思いをしながらスーツケースをひいてきたサン=ステファノ広場に出て、サン=マルコ広場に向かう細い路地に入り込みました。早くも観光客で賑わっています。湿度もパリに比べれば高いのですが、日本に比べれば低いのでしょう。少しほっとします。
反り橋の上から、建物の隙間に見えるジュデッカ運河を眺めた時、本当にヴェネツィアにやってきたんだなぁ、と嬉しさがこみ上げてきます。
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屋内禁煙が法制化された街のはずが自動販売機は置かれていたりするのを見かけ、フランスとの違いを感じながらサン=モイゼ教会に続く3月22日通りを抜け、ゴンドラ乗りたちが朝の支度をしている反り橋を渡って細い路地を歩き、ルイ・ヴィトンの店舗を左に見たアーケードの向こうにサン=マルコ広場が広がっていました。
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世界で一番美しい広場、サン=マルコ広場は、今日も鳩が歩いています。
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寺院側から見た少し狭まっていく広場とピアツェッタ。
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ムーア人の鐘楼の下から入っていったリアルトへの道は大変な人混みです。両側を建物に囲まれた運河の中、反り橋の下を抜けるゴンドラ。
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リアルト橋はいつも絵になります。
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橋上からの光景。
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杭が立ち並ぶ見事な色彩を放つ船着き場。ペットボトルの水を一杯に積んだヴェネツィアを日常としている船乗りさん。
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サン=ジャコモ=ディ=リアルト教会の大きな時計。運河側には魚市場と野菜市場。ここにも日常が。
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再びリアルトを渡って迷宮の途中、マクドを発見。こちらは裏口。
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再びサン=マルコ広場、ピアツェッタを通り過ぎて溜息橋を見に行くも、ものすごい人の数。
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溜息橋とその脇のマリア像。
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ワグナーが泊まったホテル、ダニエリに詣でた後、ガイドブックのお勧めに従ってサン=ジョルジョ=マッジョーレ教会の鐘楼から街を見下ろすため、ヴァポレットに乗ります。
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サン=ジョルジョ=マッジョーレ島及び鐘楼の上から眺めたヴェネツィアの正面玄関。
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鐘楼から見下ろしたヴェネツィアをいくつか。
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鐘楼を降りた後、サン=ジョルジョ=マッジョーレ島からジュデッカ島に移動し、運河を眺めながら、本島にある傾いた鐘楼、運河の波にぷかぷかと気持ちよさそうに揺られるカモメ、巨大な客船を眺めながら散策。
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途中立ち寄ったスーパーで見つけた蚊取り線香、「nippon」という名のお菓子。イタリアでは犬もパスタを食べます。
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orange cardの強みを生かして、レデントーレ教会を見学。ポンテ・ルンゴ橋からの運河の眺めと対岸のサンタ=マリア=デル=ロザリオ教会。
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ザッテレへ戻り、今度は対岸となったレデントーレ教会を眺めながら、運河上にせり出したテラスで昼食(RISTORANTE-PIZZERIA "ALLE ZATTERE" Dorsoduro 791/A, TEL:041 5204224)。強い日差しにビールが温まるのを防ぎながらピザを食したのですが、やっぱりイタリアのピザは美味しかったです。
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すっかり良い気分になって、orange cardを使って教会へ。そして、orange cardへの疑問。マッジョーレ教会の鐘楼でも使えなかったし、サン=マルコ広場の鐘楼でも使えない。ドゥカーレ宮殿では使えてもアカデミア美術館でも使えない。そして、名前も知らない教会では使える。もしかして、そういうカードなのではないか。一級の観光名所になっていない場所が力を合わせて頑張る、今後の発展を期するカード、あるいは、ヴェネツィアの名所は一通り見終えた人がポイントとなる観光地は楽しみながら、さらにヴェネツィアを楽しむために使うカード。ディープなヴェネツィア・ファンにはよいのかも知れませんが、そうでない人には若干の割高感がある。そのいずれでもない自分としては、もしかするとヴァポレットの72時間券を買う方がよかったのではないか、などとも思いました。

閑話休題。いっそ今日中にセンチメンタル・ジャーニーを終わらせてしまおうという気になり、ムラーノ島へ行くこととしました。ビールが回った体に船の揺れは大変心地よく、およそ45分の船旅で快眠を楽しみ、すっきりした頭で上陸と相成りました。

16年前も使った入り口の駅、Colonnaで降り、運河に沿って島の奥の方へ進みます。途中、スーパー、SPAがあって、その中にいる時にはムラーノ島にいるような気分は全くありませんでしたが、再び出てみるとガラス工芸のおみやげもの屋さんがずらっと並んでいてまさにムラーノ島。ここで日常生活を営む人たちがいる、というのも、観光客の身勝手さながら、不思議な気がします。
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時々土産物屋を冷やかしたりしながら、サン・ピエトロ・マルティーレ教会へ。地球の歩き方によれば「ベッリーニのファン必見」らしい絵があったのですが、猫に小判とはよくいったもの。そのままムラーノの大運河をまたぐ高い橋を渡ってガラス博物館へ。ここもorange cardが機能してくれました。ヴェネツィア・ガラスが歴史を追って展示されているのですが、豚に真珠とはよくいったもの。昔、この先にあったガラス工房で実演を見、高いヴェネツィア・ガラスのワイン・グラスを購入したような記憶があるのですが、そのような場所は見つけられず。サンティ・マリア・エ・ドナート教会では、ゴスペル風の歌声が響く結婚式か何かをやっていて、シャンデリアを見ることができませんでした。強い西日の中、引き返すことに。印象に残ったのが、運河に釣り糸を垂らす親子(えさにはパンのようなものをつかってました)と、「中国製ガラスは扱っていません」という看板が出た土産物屋さん、それに銀箔を散らしたかのように煌めく海でした。綺麗なグラデーションが映えるムラーノ・ガラスの一輪挿しに一瞬心が動かされたのですが、これだと花が生きてこないような気がして、そのまま通り過ぎ、センチメンタル・ジャーニーは大した感興もなく終了です。
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Dsc_69855番のヴァポレットで一路サン=マルコ広場へ。今回の船旅で初めての検札がありました。途中、高層の豪華客船が本島の向こうに姿を見せた時にはビックリ。一個の巨大マンションが移動しています。


さて、海からサン=マルコ広場に到着する、という、表玄関からの到着を今回の旅でやっと実現した後、相変わらず鳩に占領された広場を眺めながら3月22日通りを宿の方に戻り、若干の迷宮探索。
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夕食は、サン=ステファノ広場に面した「Le Café」(Campo. S. Stefano 2797 . Venezia tel. +39 041.5237201、www.lecafevenezia.com)のテラスで。
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パリよりも早い夕暮れがやってきて、広場の街灯に灯りが入り、やがて青い闇が広がっていきます。
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まだまだ宵の口、子どもが走り回っている中、ホテルに戻り、まる一日の逍遙で疲れ切った体を休めることとしました。車がないということがこんなに静かなことなのか、と改めて感動。まだまだ思い出の場所が沢山残っています。

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vendredi, 27 juillet 2007

ヴェネツィアに到着

ゆっくりと朝寝を楽しんだ後、午後にBoissierへ。15時に到着したのですが、貼り紙によると本日16時から約1ヶ月のヴァカンスに入るとのことで、まさにグッド・タイミングでお店に入ることができました。
車のラジオによれば、今日の夕方から高速道路が大渋滞になるとのこと。エア・フラ・リムジンを使いたかったのですが、この情報を受け、18時前に自宅を出発。メトロとRERで少し早めに空港へ向かいました。
空港には19時15分に到着。ターミナル2Fのマキシムで食べたConfit de Canardが美味しかった。軽く夕食を食べて飛行機に乗りたいという方にはお勧めです。
金属探知器を抜けたところ、2Fだけあって免税品店が並んでいます。旅行中の寝酒に、と、ジャック・ダニエルの小瓶を買いに行ったところ、ボーディング・パスを見せてくれ、と言われ、「免税にはなりませんがよいですか。」と問われる。「構いません(C'est bon)」と回答したのに、支払いの直前に改めて「ヴェネツィアが最終目的地ですか。」と再度聞いてくれる。親切な担当者の心遣いが嬉しかったです。
飛行機は定刻の21時05分に出発。パリの夕暮れを愛でながらの離陸となりました。
「ヴェネツィア 栄光の都市国家」(1993年、東京書籍)で陣内先生が書かれていたとおり飛行機の右側の席を確保していたところ、高度を下げた飛行機の窓から真っ暗な海の上に浮かぶ宝石箱のようなヴェネツィアの灯りが見えてきました。ラグーナ内の航行用に海中に突き刺された杭の灯りは、さしずめその箱からこぼれだしたネックレスといったところでしょうか。写真を撮れなかったのが残念です。
夜景を堪能したフライトは定刻の22:40分に到着。
たのですが、機内預けの荷物が出てくるまで時間がかかり、結局23時05分にピックアップすることができました。面白かったのが、荷物が出てくるターンテーブルの上に大きく乗っかっていた看板で、曰く、荷物が出てくるまでの遅れは空港の責任ではなく別の会社の責任である、とわざわざ書いてあります。よほど空港当局への苦情が多かったのが当該看板設置の理由なのかも知れず、イタリア的な遅れが頻発した時期があったのかも知れません。この当局の毅然とした対応のおかげで、待つ人たちも半ばあきらめ顔で待ち続けていました。いや、これはヴェネツィア空港だからなのでしょう。早く本島に辿り着きたいという人々が多すぎるのかも知れません。
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ゲートを出てすぐ左側のALILAGUNAのカウンターで、ネットで注文しておいたorange cardをピックアップ。本島行きのリムジン船は約1時間後の0時10分にならないと出ない、ということを知り、バス乗り場に向かいました。そこで、教えられた5番乗り場に着くと、こちらのバスも0時10分発となっている。。。あれあれ。バスも船も同じじゃないか。と、別の乗り場に向かったところ、こちらは23時40分発のバスがあるようだ。
そうか。会社が違うんだ。
orange cardに加入しているACTVのバスであれば無料で乗れるのですが、ATVO社のバスは3ユーロが必要です。それならば10分1ユーロで時間を購入しよう。早々にチケットを購入し刻印を行いバスを待つこと20分程度。定刻を若干遅れて到着したバスは、バタバタと少ない乗客を詰め込むと、本島に向けて静かに走り出し、一般道を走ること10分程度、「え、もう?」という位の時間で、本土と本島を結ぶ架け橋の上を走り始めました。16年前、ミュンヘンからの夜行列車で眠れない夜を明かし、この橋を渡っている時に持った爽快感とはまた一つ異なる気持ちよさを覚えながらローマ広場に到着。
Dscn2600_2ヴァポレット乗り場を探し当てた先にあった看板がこちら。大運河に4つめの橋を架けるとやらで、最終が出てしまった後らしい。ううむ。駅員さんに聞いてみると、「大運河はクローズドだ。」とのこと。「アカデミアに行くにはどうしたらいいのですか。」「あちらの停留所から51番のヴァポレットに乗ってザッテレに行ってください。そこで降りて歩いてください。」なかなか前途多難です。
ヴァポレット(何故か52番の表示がでていました)に乗り込み、ザッテレへ。船の上を包む湿気に、早くも汗が噴き出します。ああ、ヴェネツィアに来たなぁ、と、ジュデッカ運河の夜景を楽しみながら、ザッテレに到着。そこからアカデミア橋までまず一苦労。アカデミア橋を渡る時も一苦労。そして、ホテルを見つけ出すのにも一苦労しながら、Locanda Art Decoに辿り着きました。1時を過ぎているというのにフロントには人がいてくれて、「ホテルを見つけるのは難しすぎませんでしたか。」と優しい心遣い。「大運河がクローズドだったんです。」というと、大変気の毒な顔つきをしてくれました。
そしてこの日の驚きはフロントの人の次のオファー。「今夜はネットで予約をされていた時の部屋よりも小さな部屋となりました。もしその部屋でよろしければ御案内します。明晩以降、部屋を変わりたいということであれば明日、おっしゃってください。その部屋でよろしければネット予約の時の値段よりも30ユーロ、値引きします。」
とりあえず今夜の選択肢がなさそうなこと、それにそんなに安くしてくれるのなら儲けものであること、なにより疲れ切っていたことから、「構いません。」と伝え、最上階(日本流3階)の部屋に上がっていきました。狭い階段をフロントの人にスーツケース持ち上げを手伝ってもらいながら、辿り着いたその部屋はいわゆる屋根裏部屋。「100号室」と言っていましたが、他の部屋の前に打ち付けてある部屋ナンバーのプレートは付いていません。確かに狭い。でも、ここに帰ってくるのは短い夜の時間だけだろう。「有り難うございます。」
Dsc_6780小さなテレビに小さな机、枕元のサイド・テーブルには、何故か日本への国際電話のかけ方が一番上に表示された紙が置かれている、簡素な部屋ですが、アール・デコで統一された家具が美しい。空港で買ったウィスキーを味わい、何故か虫が多いことを気にしながら、明日からの迷宮歩きを夢に見なつつ寝入りました。

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vendredi, 08 juin 2007

トロワのアウトレット

今日はオルナンからパリに戻る日。チェックアウトをする時にグザヴィエ氏に「24番のニンフで釣りましたよ。」と告げたところ「小さいなぁ」とニヤリ。下流域のプライヴェート・エリアの庭への入り口が針金で固定されていたことを話したら、「壁の方をつたって入っていけばいいんです」とのこと。昨日、特に人目を気にせずに釣りを続ければよかった模様。水量が下がった頃合いを見計らってまた来よう。「例年7月はどうですか?。」「昨年はエクセレントな月でした。」「では、またたぶん7月に。」というやりとりを終えてしばしのお別れ。HOTEL DE FRANCEを後にしたのが9時半。朝から雨模様で若干気分が滅入ります。やっと写真に撮ることができたオルナン名物、街の入り口にある鱒の彫像です。
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ブザンソン中央から高速に乗り、途中、一度の給油を行い、トロワに到着したのが12時前。狭い狭い通路を抜けなければならない駐車場に車を停め、アルザス地方の影響が感じられる街中をしばらく逍遙。一番大きな広場にあったレストラン、Tavernes de Maître Kanter(4, rue Champeaux, 10000 TROYES; Tel : 0325732560)のテラスでランチ。トロワ名物、アンドゥイエット(Andouillette)を注文したところ、ギャルソンに「どういうものか知ってますか。」と確認されました。豚の内臓の腸詰め。確かに臭くて、たっぷりのマスタードが必須の代物ですが、ちょっと癖になりそうな、そんな味です。このレストラン、チェーン店で、パリにもお店を出しているようです。パリでもアンドゥイエットが食べられそう。
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昼食を終えた後、いざ、アウトレットへ。
「地球の暮らし方 フランス編」にも紹介されている「トロワのアウトレット」、一度行ってみたかったところでした。マルヌ・ラ・ヴァレのよく行くアウトレットと比べると、若干見劣りする、という評価も聞いていましたが、自分の目で確かめたい。そんな思いで車を走らせていたのですが、マルヌ・ラ・ヴァレのそれが完全な郊外型店舗になっているのに比べ、こちらは普通の街並みの中にある郊外型店舗となっていることもあって、若干場所がわかりにくく、トロワ周辺をぐるぐる回る羽目となりました。地図も持たずに向かったのが何よりの敗因なのですが。
Dsc_6146結局何とか辿り着いた場所が「MARQUES AVENUE」という店舗群。パリ近郊はサン・ドゥニ島にも同じ店舗があります。フランス国内各所(さらには今後英国にも?)に展開している、アウトレット・チェーンのようです。
いろいろとお店を見て回り、結局収穫は麻のジャケットとル・クルーゼの24センチのココット・ロンド(ホーローのお鍋)ということとなりました(Lacosteで白のポロシャツを買いたかったのですが、さすがにそういう売れ筋のものはありませんでした)。確かにリーズナブルな値段です。ル・クルーゼのココット・ロンドなど、日本でも人気だそうですが、楽天の安いところの半額程度の値段となり、色も日本では入手不可能なものがゲットできます。ただ、正直なところ、「ここに行きたい」という気持ちにさせるブランドが欠如している、決定力に欠ける、そんな印象も受けました。
ただ、そんな感想を持ちながら帰ってきた後、ネットで調べてみたら、「トロワのアウトレット」は別にこの店舗群だけではなく、にも2つあるようです。3つ全てを回れば、パリから2時間の距離も納得できるのかも知れません。。。

さて、トロワを後にしたのが17時半過ぎ。当初予定ではさらにプロヴァンに寄っていくことも検討してはいたものの、さすがに難しいだろうとそのままパリに戻ってきて、「名家」で豚三枚肉焼き肉を前菜に豚の甘辛炒め、牛カルビの焼き肉等を味わって帰ってきました。夏休み3日目が終了です。

明日はフリーガン。天気が若干心配です。

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mercredi, 06 juin 2007

ソルボンヌ文明講座卒業式、ボーヌ、オルナン

今日から早めの夏休み。ではあったのですが、朝は9時から始まるソルボンヌ大学文明講座の終了式典に出席してきました。
青いガウンに四角の帽子を被った「卒業生」たちが建物の中に満ちていました。講堂の壇上には、修了証書を手渡すためにアカデミー・フランセーズの会員の人までいらっしゃってました。今学期の2000名の受講者のうち、今日、修了証書をもらうのが600名。午前と午後、300名ずつに分けて式典が行われます。日本人の修了者は247名いる、とのことであり、大きなプレゼンスを示してくれています。ちなみに、中国は202名だったそうで、同席した中国人と数の見せ合いをしたところ、「あまり変わらないな」との反応がありました。こういうところも中国の人のおもしろいところです。
このソルボンヌ大学の文明講座、「Société des Amis des Universités de Paris(パリ大学友の会)」なる組織が運営しており、100名程度の教授陣に30名程度の事務方がいる、一種の社団法人のようなもののようです。「ソルボンヌ大学」の名前を日本でも有名にしているのが、この文明講座の存在であるような気がします。大学組織との直接の関係はないようですが、事務局の一部は建物の中に入っている様子です。
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今年、ソルボンヌ大学は創設750周年を迎えたそうで、その歴史の重みを感じさせる「Salle des Autorités(大家たちの部屋)」なる講堂で始まった式典は、友の会会長からの挨拶、修了証書の授与(一人一人が名前を呼ばれて、4名いる来賓の人から証書を受け取り、写真撮影)、受講生首席の挨拶(これが立派だった。フランス人も、大変きれいな挨拶だ、と感嘆してました)、教授からの挨拶、集合写真の撮影、受講生合唱団による歌唱、と淡々と進んでいきました。この歌唱が終わったところで、10時半頃、失礼させていただきました。

さて、自由の身となりました。いよいよ夏休みの始まりです。
家に帰って着替えをして、車で出発したのが11時半過ぎ。外環道路は若干渋滞していたものの、A6に入ってからはすいすいと順調に走ることができ、途中のサーヴィス・エリアでサンドウィッチの昼食を済ませ、15時過ぎにはボーヌに到着。これまで高速道路の看板でその名は眺めながら通過してばかりだったワインの街を若干散策しました。

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なにより「オテル・デュー(Hôtel-Dieu、神の家)」を見ようと正面まで行ったのですが、ガイドブックで見ていたカラフルな屋根がない。本当にここなのかな、と入っていったら、「名誉の中庭」に出たところでぱあっと色彩が豊かになりました。入り口でもらった日本語版のパンフレットによれば、「通りに面した側は、内部の豊かさを想像させ盗難の害にあうことをさけるため、故意に目立たない作りにしています。」とのこと。外から隠した豪華な七宝作りの屋根がこちらです。
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病院として使われていた「貧しき者の広場」や、「チャペル」、「薬局」、ロジェ・ヴァン・デル・ヴェイデンの衝立画なども印象的でしたが、一番感動したのが、展示物の前に置いてあるプレートに、仏英独語とならんで日本語が出てきていたことでした。
Dsc_6050_1フランスのある意味、田舎町の観光施設に、日本語版パンフレットがあったことに感動していたのですが、こんな備え付けの立派なプレートにも日本語が出ているとは。そういえば、観光案内所の前には、ワイン畑巡りツアーの日本語の看板も置かれていました。さすがにブルゴーニュ・ワインの中心にある町だけあって、日本の資本も随分と入っているのかも知れませんが、その資本も日本語による表記を実現したということで、世界の中の日本に貢献しています。感動しました。

土産物屋を冷やかしたりしながら、小さな町での滞在を1時間少々で切り上げ、16時半に出発、一路オルナンへ向かいました。途中、雨に降られると高速走行で汚れたフロントグラスがみるみる綺麗になってくれるので助かります。

ブザンソン中心部を目指すインターで高速を降り、町を横切ることになったのですが、夕方のブザンソンは渋滞がひどい。青信号があっという間に赤信号に変わってしまうため、交差点によっては50メートルほど走って交差点を抜けるために3度も信号が変わってしまう。後で知ったのですが、もう一つ遠い方の出口で高速を降りていれば、町をかすめるように走ることができた様子です。次回はそれでいこう。
途中、クレロンのお城を再訪したりしながら、オルナンに到着したのは19時少し前。昨年9月以来のHOTEL DE FRANCEです。狭い中庭駐車場に車を停め、フロントに向かう途中、コック服に身を包み厨房で作業をしているグザヴィエ氏と目があい、手を振って挨拶。グザヴィエの弟さんと思われる人から鍵をもらう間に聞いたところでは、やっと釣りになる状況になってきた、雨、晴れが連続し、水位も高く、ここしばらくの間、釣りは大変難しかった、とのこと。そんな中でも大型を含め短時間で2匹を釣られたfffさんには敬服の至りです。2週間前に予約をキャンセルしたことを話し、お礼を告げておきました。
Dsc_6066夕食を待つ間、早速川を見に行ったのですが、確かに若干水位が高い。昨年8月の濁流時とは比べものにはならないものの、川の流れにも重そうな勢いがあり、水の色にも濁りが入った余韻が残っています。手を差し入れた感じからすると10度くらいの若干冷たい水に、不安は高まります。でも、下流側の橋の上から巨大な鱒の姿を拝んでしまったりすると、気持ちが浮き立ってきます。
さて、昨年8月、Bさんと運命の出会いをした時以来となるホテルのレストランでのディナーは、「春のコース」を注文。鱒のムース、ウサギのテリーヌ、メインは、より安い価格設定となっているビジネス・コースのメインディッシュ(ホロホロ鳥)にかえて貰い、チーズにプロフィット・ロールのフルコースを堪能しました。堅実に美味しい。「トラディション」という、3種類ほどのブドウをブレンドしたというジュラ・ワインの赤もよかったです。
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