リド(LIDO)での海水浴とサン=マルコ広場の夜景
再び虫たちに苦しめられた夜、枕を反対側にして眠りました。朝起きてみると、足側のシーツにはパラパラとゴマ粒1/4程度の小さな虫が落ちていて、彼らをつぶした跡とおぼしきところには血が付いていたところを見ると、何か血を吸う奴らなのでしょう。いやはや。
朝食会場は満席で、先客が引けるのを待つ間、広場まで出てみたのですが、昨日の好天が嘘のように曇っている。ううむ。ヴェネツィアも夏が来ないのか。。。
朝食を終えた後、天気のことも考えてまずはアカデミア美術館へ。こんな高い階段橋を重いスーツケースとともにこえたのですから、自分を誉めてあげたくなります。



アカデミア美術館。ティントレットの「誘惑するイヴ」では、あまりにも妖艶にリンゴを差し出すイヴに対して、アダムが少し腰が引けているのが印象的。ティツィアーノの「トビアスの集金」では、聖天使ラファエルに手を引かれたトビアスがかわいい。第10室のティントレットの連作、「聖マルコの奇跡」はなかなかの迫力。入ってすぐ右手のヴェロネーゼ「レヴィ家の饗宴」は、これに似た絵をどこかで見たような。。。第21室、カルパッチョの「聖ウルスラの伝説」の連作も見事。最後におかれていたティツィアーノの「聖母マリアの神殿奉献」では、かわいいマリア様が描かれていました。
一番印象的だったのがバッカスのお祭りかなにか分かりませんが、皆で楽しく飲ん騒いでいる絵に描かれていた女の人。本当に愉快そうです。
ただ、全体を通しての印象としては、ヴェネツィア派にしてはくすんだ色合いのものが多く、あの見事な青色が出た絵にはあまりお目にかかりませんでした。また、ジョルジョーネの「嵐」を楽しみにしていたのに、展示室が閉鎖されていて見ることができず。ヴェネツィア以外の土地にヴェネツィア派の主要傑作は出てしまっているのではないか、という印象も持ちました。本場だけに、昨日見て回った教会の中に置かれていたりして、「美術館」というところに置かれていないだけなのかも知れませんが。。。何となく、ヴェネツィアという都市が寄せ木細工のようにして組み上げられていった歴史的経緯が、美術館のコレクションにも反映されているような気がします。
絵を見ているうちに空も晴れてきました。「よし、リドに行こう。」「死す」にはまだ早いのですが、時間がない観光客は天候の変化も敏感に捉える必要があります。
ホテルに戻ったところ、フロントの人につかまりました。「お部屋に虫が出ることが分かりましたので、今晩、あのお部屋にはお泊まりになれません。よろしければ、ここから少しのところにあるレジデンス形式のお部屋に同じ料金でお泊まりいただけます。いかがでしょうか。」正直、虫には閉口していただけに、即座にオファーを受け入れました。いや、受け入れざるをえませんでした。
バルサンに向けてシーツやらなにやらが取り払われ、すっかり殺風景になった部屋で着替えをして、海水浴セットを持ち、荷物を再びパッキング。狭い階段を下りていき、フロントの人に先導されて50メートルほど離れた場所にある建物に到着。サロンから木の階段を上がったところの部屋を見せてもらいましたが、低い天井ではあるものの、なかなか気持ちのよいところ。部屋番号は「3B」。トイレとシャワー・洗面所は部屋の外にあるのですが、3B専用とのこと。再び木の階段を下りていった右手に「3A」という部屋がある。サロン+3A+3Bが一つの組み合わせになっている様子であり、子ども連れ家族旅行にはちょうどよいのかも知れません。
荷物を入れるのは午後になる、とのことで、サロンに荷物を残して出発。アカデミアからヴァポレットに乗り揺られることおよそ20分、憧れのリドに到着です。17年前の9月、ストラスブールとエクス=アン=プロヴァンスでの語学研修の後、パリ政治学院の入試を終え、やってきた時以来となるリドは、やっぱり変わっていませんでした。



島を貫く並木道の途中、スーパーBILLAでオリーヴやら夏野菜のピクルスやらビールやらを購入し、ビーチへ。17年前には無かったかあるいは覚えていない公共ビーチの建築物ができていて、そこは入場料なしで入っていくことができます。暑い砂がサンダルと足の間に入るのを気持ちよく感じながら、バスタオルを置いて設営。そこそこ賑わっています。時刻は14時半。



オイルを塗って昼食を取り、ビールを飲んでしばらくぼんやり。日差しは強く、光を浴びているだけで汗が滲んできます。夏をやっと探し当てた、そんな気分でした。振り返ると足こぎボートの向こうにはHOTEL DES BAINSが堂々とそびえています。その手前のプライヴェート・ビーチに行けるようになるまでは、「死す」ことはできません。お母さんたちもビキニで、堂々と海遊びをしていました。
暑さがたまらなくなると海に入って体を冷やします。海は遠浅で、かなり遠くまで足がつく。浮き輪に乗っかったりしながらプカプカ。輪の中にお尻を入れて仰向けに浮かぶと自由気ままな感じです。きっとフロート・チューブで釣りをする時にもこんな感じなんだろうなぁ。
戻ってきて昼寝。背中の熱を冷ますためにまた海へ。そんなことを何度繰り返したでしょうか。気がつけば時計は18時を回っている。騒いではお母さんに怒られていたアレッサンドロ君も帰って行った。さて、そろそろ、と、帰り支度をして、今晩の無料コンサートの準備に忙しいBLUE MOON BEACHを後にしました。

夕日が落ちてきたプライヴェート・ビーチを見はるかした後、HOTEL DES BAINSの正門へ。「ヴェニスに死す」の中で、道化師が出て行こうとした門、それを主人公が眺めていたテラス、そして玄関。中に入っていくのは憚り多く、外側から眺めるだけで済ませることとしました。いずれこのホテルに宿泊できるようになるまでは、「死す」わけにはいきません。


夕方の柔らかくなった日差しが帰りの並木道をけだるく照らしています。イタリアのガチャガチャ、1ユーロかかります。


一旦ホテルに戻って、海水浴セットを置いてから、三脚を持ち出して夕暮れが迫ってきたサン=マルコ広場へ。夜景撮影会です。
ハリーズ・バーは敷居が高く、外から覗くだけ。河岸通りの灯り、スキアヴォーニの河岸の街灯が美しい。



夕食は結局、サン=マルコ寺院の隣り、ムーア人の鐘楼の脇にある「Cafe Americano」でフォカッチャとライス・コロッケの立ち食い夕食。そのままカフェ・フローリアンに入って、メニューの飲み物代+音楽代5.80ユーロを払って、音楽を楽しみました。広場の反対側の2軒のカフェ、クアードリとカルロ・ラヴェーナと比べると客の入りが今ひとつで、立ち見の観光客も少ないのは、そもそもテラス席の数が多いこともさることながら、その中途半端な選曲にあるのかも知れません。
セヴィリアの理髪師序曲、マイ・フェアレディ、美しく碧きドナウ、ボレロ、椿姫の乾杯の歌、と若干クラッシックでスノッブな感じ。反対側のカフェ2軒で、フラメンコが入ったり、ヴァイオリニストが踊りながら弾いたりしているのと比べると、若干正統的過ぎるのかも知れません。22時40分からの回でやっとポピュラー音楽となり、少し持ち直したところで席を立ちました。
広場のあちこちに水たまりができて、それが次第に大きくなっているのに気付きました。アクア・アルタが始まりつつあるのでしょうか。沈むヴェネツィアに少しだけ触れることができました。水に映った夜景も美しかったです。













































































































