食の旅
vendredi, 16 mai 2008
mercredi, 07 mai 2008
Le P'tit Troquet
お昼はパリ政治学院の関係者との昼食会。昔、よく通った中庭を建物の上階から見下ろしたり、学生向け告知が張り出される掲示板を眺めたりして、時間の旅を楽しみました。
夜は職場の歓送迎会をLe P'tit Troquetで(28, rue de l'Exposition, 75007 PARIS, TEL:01 47 05 80 39)。このレストラン、以前1度、恩師の先生との夕食会で来たことがあったのですが、それ以来、2年以上振りに来ることとなりました。ガイドブックでもネットでもよく紹介されていて、そこそこ評判のよいお店です。そして、2年振りの今回、アスパラガスのリゾットとソーセージを頼んだのですが、美味しかったです。正統的なフレンチをかわいいプティ・レストランで楽しむことができます。前菜・メイン・デザートのメニューで33ユーロというのは良心的な値段です。薦めてくれるワインも高すぎず、それでいて大変美味しく、好感が持てました。このワインの推薦にとどまらず、サーヴィスは細やかな気が行き届いていて、気持ちがよいです。10名までのグループの場合、厨房の脇の部屋を貸し切り状態で使うことも可能で、大変居心地もよく、要するにお奨めです。こういうお店が職場の近くにあれば、通い詰めることもできるのですが。。。
mercredi, 06 février 2008
LE TROQUET
今日は日本からの出張者の方と標記レストランで食事をしてきました(LE TROQUET, 21, rue François Bonvin, 75015 Paris, TEL;01 45 66 89 00 日曜日と月曜日がお休み)。バスク料理のお店、と教えられました。しっかりとした味付けの美味しい料理が続き、満足です(塩っ辛い、という意見もあるかも知れませんが)。ワインも、「南西部のものを」と言ってお店の人に任せた結果、出てきたワインは美味しかったです(メモしておけばよかった)。19時30分の段階ではガラガラだったお店も、21時には満席となり、立って待っている人たちまで見えました。可能であれば2回転させている様子です。15区のユネスコ・アネックスの近く、いいお店を知ることができました。
その会の時、FMF(フルブライト・メモリアル・ファンド)なるものの存在を学びました。5年間で5千人のアメリカの高校の教師などを日本へ派遣し日本に対する理解を深めてもらう、というもので、橋本・クリントン会談で設立に合意。10億円程度が拠出された、とのこと。これまでに6400人の米国の教師が日本に来て3週間の研修を送って帰っており、日米教育委員会なるものがその実施を担当している、とのことでした。教員に啓発を行うのが、結果として一番効いてくる、ということなのでしょうか。確かに、効果的な事業だと思います。
仕事の方は相変わらずで、食事会の後、職場に戻って24時10分に退社。やれどもやれども追いつかないというのは、特別な年だからなのだろうと思います。いや、そう思うことにしておきます。いや、そもそも仕事の本質とはそういうものなのでしょう。おかげさまで、昼休みにBOSEのイヤフォン、 BOSE in-ear headphones BOSE-IEをもう一つ買ってしまう、という衝動買いまでしてしまいました。いやぁ、このイヤフォンの音、本当に好きです。
ジョギングの方は左足首の関節痛と両膝への不安から、今朝もさぼってしまいました。明日こそ、、、かな。
lundi, 06 août 2007
TIMGAD(クスクス)
昨日までの好天がたたったのか、今日は朝から激しい雷雨となりました。おかげさまで空気が冷えてくれたのが背広姿には有り難かったです。
わさわさと仕事を行う中、中原中也が日本のランボーならば萩原朔太郎は日本のボードレールである、という文章に接した時、道理で自分は朔太郎の方が好きなわけだ、と一人納得。日本のヴァレリーという人がいたら、もっと好きになるのかも知れません。
夜は凱旋門から徒歩10分ほど、デファンス方面に下っていき右に折れて入っていったところにあるTINGADなるレストラン(21, rue Brunel, 75017 Paris, TEL: 01 45 74 23 70, www.timgad.fr)で、歓送迎会でした。このレストラン、シラク前大統領もいらっしゃったとのことであり、芳名帳のサインがされたページが広げてありました。昔はミシュランで1つ星だったこともある、というような話も。味の方もなかなかで、サーヴィスも洗練されていました。ちょっと大切なお客様を御案内するにはよいところです。
今日、フランス人と話していて、そうだったか、と思ったことが一つ。ドーヴィルにはサン・ラザール駅からフランス国鉄に乗っていけば2時間程度で到着するそうで、これが一番確実な無理のない行き方かも知れません。予約は必須だろうと思いますが。
mercredi, 11 juillet 2007
Bistro du Sommelier
朝から事務色一色の一日となりました。2008年に向けた仕込みが着々と進みつつあります。
夜はパリに遊びに来ている元同僚との夕食会を、Bistrot du Sommelierにて行ってきました(97 Bd Haussmann 75008 Paris Tel: 01 42 65 24 85)。帰ってきて調べてみたら日本語のサイトまで出している。大したものです。
外観は若干チープな印象もあるのですが、内装はシックな感じで、地下には20名程度が入れる大テーブルも置いてありました。メニューはアラカルトでも可能なのですが、今回は60ユーロの「発見」メニューを。アミューズ・ブッシュ、前菜、メイン、チーズ、デザートの5品が出てきて、それぞれに70ccのワインが付いてくる(よって、350ccほど飲むこととなります)、というもの。料理の内容は知らされず、事前に食べることができないものだけ伝えておけば、あとは適宜作ってくれて、それにあわせたワインが出てくるものの、ワインの銘柄は一皿を食べ終わった後にギャルソンが「さて、何だったか分かりましたか。」と尋ねてきて、「全く分かりません。」と答えると、「○○です。産地は○○で、○○の割合で○○種と○○種のブドウをブレンドしたもので、○○という特徴があります。いかがでしたか。」と返ってくる。ワインに詳しい場合、こんなやりとりも楽しめるだろう、と思います。この晩は南仏はニームの近くで取れたロゼに始まり、ハンガリーの白、ポルトガルの赤、ニームの赤、コルシカの白(デザート用)という出方でした。出方も楽しめれば良いのですが、なかなかそこまでは至りません。
料理の方もまずまずで、かつ、ワインを選ばなくてもよいので大変楽です。分量も少なめ。ワインを飲めるお客様を御案内するには大変いいところか、と思われます。
夜道を歩いていると、秋冬ものの背広を着ていても肌寒いです。夏はやってくるのだろうか。
lundi, 09 juillet 2007
異常気象と歓送迎会
今日は朝は肌寒く、午前中の会議の間は雨が降っていた様子で、それが晴れ上がったと思いきや14時頃には土砂降りの雷雨となり、夕方にはからりと青空が広がり夏日が照りつける、そう思っていたら19時頃には再び雨、という不思議な一日でした。事務を粛々とできる、いい一日でしたら。
夜は同僚の歓送迎会をChez Cécile(17, rue Vignon, 75008 Paris, TEL:01 42 66 46 39, http://www.chezcecile.com/home.php)で。パリでの歓送迎会は、新しくパリに来られた人に車の運転のことやら家のことなど、生活に必要なノウハウの伝達の場となるのですが、時期が時期ということもあって必然的にヴァカンスの話題が中心を占めることとなります。地中海クルーズなる豪華なヴァカンスの楽しみ方もあり、アフリカまで行っても値段は2人で40万円程度だ、とか聞くと、いずれブローデルの「地中海」を読むようなことでもあれば、それに乗っても楽しいだろうなぁ、などと思ってしまいます。肝心のレストランの方は、分量少なめのいい雰囲気のお店でした。
クローデル関係の書籍を2冊、amazon.frで注文。到着が楽しみです。
vendredi, 06 juillet 2007
椿姫(La Traviata)@ガルニエとハードロック・カフェ
今シーズン最後のオペラ観賞に行ってきました。ガルニエの椿姫、新演出です。
Giuseppe Verdi (1813-1901)
La Traviata Opéra en trois actes (1859)
Livret de Francesco Maria Piave d’après La Dame aux camélias d’Alexandre Dumas fils
En langue italienne
NOUVELLE PRODUCTION(新演出)
Direction musicale(指揮): Sylvain Cambreling
Mise en scène(演出): Christoph Marthaler
Décors et costumes(大道具、衣装): Anna Viebrock
Chorégraphie(振り付け): Thomas Stache
Lumières(照明):Olaf Winter
Chef des Choeurs(合唱指揮):Peter Burian
Choeurs préparés par Alessandro Di Stefano
Violetta Valéry(ヴィオレッタ):Christine Schäfer / Nataliya Kovalova (12 juillet)
Flora Bervoix(フローラ):Helene Schneiderman
Annina(アンニーナ):Michèle Lagrange
Alfredo Germont(アルフレード):Jonas Kaufmann
Giorgio Germont(ジェルモン):José Van Dam
Gastone(ガストーネ):Ales Briscein
Il Barone Douphol(ドゥフォール男爵):Michael Druiett
Il Marchese d’Obigny:Igor Gnidii
Dottor Grenvil(グレンヴィル医師):Nicolas Testé
Orchestre et Choeurs de l’Opéra national de Paris
シェファーがヴィオレッタを歌い、ジョゼ・ヴァン・ダムがジェルモンという配役に、年間予約を入れる時には大いに期待していたのですが、結論から言うと深い失望に満たされた、そんな公演でした。
まず演出です。舞台はオペラハウスのクロークのようなところで始まります。大いに華やかさに欠けます。それはまあいいとして、その奥にさらに小さな舞台が置かれていて、時折その舞台の幕が開くと、ヴィオレッタとジェルモンの愛の巣になったり、合唱団が冷たく物語りを見つめる場所となったり、ヴィオレッタの死の床があったりする。ふうん、まあいいや。でも、何ら必然性が感じられない。必然性という観点では、合唱団の人たちが「どうしてそういう動きをするの?」という、機械仕掛けのような奇妙な振り付けを受けていて、正直なところ不愉快でした。音楽とも筋とも何ら関係ないし。衣装そのものは綺麗なのですが、その美しさをもう少し違う背景と動作で観たいと思わせる、そんな貧相な舞台でした。何故ガルニエでこれを?。
音楽の方も、安全運転でドラマが全く感じられない。起伏がない淡々とした音楽作り。第2幕第1場のヴィオレッタが別れを決意する場面など、身を乗り出してどうなるか聴いていたのですが、全く煽ってくれない。主人公の哀切さを伴奏してくれない。そして、なにより締まりがない。クライバーのCDが原体験だったということを差し引いても、あの「ゆるさ」は今期観たオペラの中でも最たるもの。緊張感に欠けた、昔のパリ・オペラ座管弦楽団が帰ってきた、そんな印象を受けました。
そして、歌手にも失望です。シェファーはもう過去の人なのでしょうか。1月にドン・ジョヴァンニでドンナ・アンナを観た時にも今ひとつ。今回のヴィオレッタには期待していたのですが、期待はずれでした。コロラトゥーラを全力で歌おうとせず誤魔化しが目立つ。手を抜いて終わりだけ合わせようという歌い方をされると、聴いている側の緊張の糸も切れてしまいます。それに、ドラマがある箇所ではもっとドラマティックに歌ってくれてもいいのに。必死に歌ってくれてもいいのに。。。それに輪をかけて、演技の方にも迫力がない。ジェルモンがあらわれても、寝椅子に寝転がったまま歌っていて、これじゃあ、どんなに字幕の上でせっぱ詰まったやりとりが行われていても、ドラマにならない。まあ、こちらは演出のせいかも知れませんが。。。1965年生まれということですので、今年で42歳。歌手としてはまだまだこれからのはずなのですが、シェファーにとってここ数年は大切な時期だと思います。今後どういう方向を目指すのか。ドンナ・アンナの時に感じた声の荒れはそのままでしたし。。。さらに言えば、ちりちりパーマの髪型は、黒いシュミーズを着ていても、とても高級娼婦には見えませんでした。大いに残念です。
アルフレード役のカウフマン氏は、最初、紹介を受けて歌い始めた時、これが本当にアルフレードなのか、と我が耳を疑うほどくぐもった声で、思わず鼻をかみたくなりました。ガストーネ役のブリスサイン氏の方がよほどアルフレード役にふさわしい声の持ち主でした。なにより残念だったのが、第3幕、ヴィオレッタが死んでいくシーンでも、ヴィオレッタを心から助けたい、という気持ちが感じられない、平板な歌唱だったことです。
そして、ジョゼ・ヴァン・ダム。御年67歳、しかも今シーズンも終わり頃の舞台ともなるとさすがに大変なのかも知れませんが、声量にも正確さにも欠けていました。昨年6月にバスティーユで「ファウストの劫罰」、メフィスト役で聴いた時には、その悪魔的な表現力の豊かさを楽しめたのですが、謹厳な父親という役回りの表現も不足している。いや、まてよ。役回りに応じた表現ということだと、シェファーにもアルフレードにも欠けていた。もしかするとそういう演出だったのかも。
淡々と朗読されたような「椿姫」、テレビ・カメラが4台ほど入っていたので、もしかするとDVDになるのかも知れませんが、願わくば発売されないことを期待します。キレもコクもない「ラ・トラヴィアータは広く発信すべきではありません。今回の公演だけで十分でしょう。真実が何ら表現されていないのですから。
全員が揃って出てきたのは1度だけで、拍手も早々に止んだ醒めたカーテンコールの後、しばらく歩いた先にあるパリのハードロック・カフェで「世界共通レシピで作り上げるボリュームたっぷりなアメリカ家庭料理」らしいハンバーガー(いくつかありましたが、メニューの一番上にあったもの)とビールを存分に楽しんできました。「HARD ROCK CAFE PARIS」と印刷された各御当地もののTシャツも買ってしまったのですが、これが20ユーロ程度。日本だと2415円らしいので、1ユーロ120円というのが自然なのでしょう。そろそろ170円の声が聞こえてきました。。。
ガルニエでの観劇後にハードロック・カフェに行きたくなるような公演に、来シーズンには出合わないことを願っています。
mercredi, 20 juin 2007
L'EVASION
朝一番からお昼を挟んで夕方まで面接が続きました。その後、レセプションが1件あった後、職場の送別会が標記レストランで開催されました。
L'Evasion(7 Place Saint Augustin, 75008 Paris TEL 08 99 78 21 68)というこのレストラン、聖オーギュスタン教会に面した広場にあって、ワインバーという看板も出ています。いろいろなワインを、グラスで頼むこともできれば、ボトルで頼むこともできる。料理は伝統的なフランス料理で、ずっしりと重いのでメイン一品だけ、あるいは、前菜を2品といった頼み方も可能です。レセプションでハヤシ・ライスを食べてしまった自分は、長ネギの前菜にチーズだけで済ませました。値段は少し高めです。サーヴィスの感じは大変よく、また、パリの雰囲気は満点ですので、ちょっと大切なお客様がいらっしゃった時などにはよいかも知れません。
明日も面接が続きます。
mardi, 19 juin 2007
Pierre.
お昼は弁慶で日本学者の先生との会食、夜は今度パリに赴任された方との夕食会でした。
日本の職場から日本時間2時過ぎにメールが送られてきたのには愕然としました。また、そういう時を経験するかも知れない、などと思いつつ、さすがにそこまでしなければならないというのは、行き過ぎのような気もしますが、それもまた日本の現実ということなのでしょう。体を壊されないことをお祈りするのみです。
今日の夕食会は、Pierre.(10, rue de la Bourse, 75002 Paris TEL:01 40 15 16 17, www.pierre-cave.com)というオペラ座からさほど遠くないワインバーだったのですが、これはなかなかお勧めです。ワインの品揃えが、新世界に開かれていて、的確なアドヴァイスをしてくれます。料理も一人一品でお腹一杯になる位。Rinkaに似たウェイトレスさんが、極めて気さくに注文を取り、料理を運んでくれます。また、何かの機会に行ってみようと思います。
明日から面接の日々が始まります。
vendredi, 15 juin 2007
erawan(タイ料理レストラン)
来客、会議、レポート作成、ニューカレドニアとの連絡等々、書き入れ日の金曜日の夕食は、歓送迎会で表記レストランに行ってきました(erawan, 76, rue de la Fédération, 75015 Paris; TEL:01 47 83 55 67, 01 43 06 66 98)。ホスピタリティーに溢れたマダムがいて、総勢15人の会合をつつがなく進行させてくれました。料理も大変に美味しく、これでやっと一つ、自信を持ってお客様を御案内できるタイ料理レストランと知り合いになることができました。
明日は先週に引き続きフリーガンです。若干雨交じりの天気になりそうな一日。先週とはひと味違った釣りを展開したいと思っています。
lundi, 07 mai 2007
心花(KOKOHANA)
午前中は会議、午後はルーヴルを訪問し関係者との意見交換、夕方、2週間超の滞在をされた出張者の方をCDG空港までお送りし、帰ってきてから一仕事、スージーで夕食を取って帰ってきました。2週間の御滞在中、ローマ往復もされるなど、ほとんどお休みも取れなかっただろうと思います。お疲れが出なければよいのですが。
少し寂しくなった今日は、教えて頂いた鉄板焼きレストラン、心花(KOKOHANA, 1 bis, Rue Jean Mermoz, 75008 Paris, Tel : 08 26 10 01 99)のことなど。
ロン・ポワン・デ・シャンゼリゼのすぐそば、ブランド店が並ぶモンテーニュ通りのシャンゼリゼを隔てた反対側の通りにあるこのお店、美味しい鉄板焼きを食べさせてくれます。「真の日本料理」のリストには入っておらず、経営者も日本人ではないのかも知れません(少なくとも鉄板カウンターの向こうで焼いてくれた人は、日本人ではありませんでした)が、そこそこリーズナブルな値段(30ユーロほど)で一通り(サラダ・前菜・メイン・御飯・みそ汁・デザート+ワイン・水)を楽しめます。前菜として出てきたフォアグラの鉄板焼きなど、口の中で溶けていくように美味しかったです。醤油+バターの味付けでニンニクがタップリきいたメインも美味しかったし。ちょっとホッとして体力回復を図りたいが、15区の松ちゃんまで出かけるのはしんどいなぁ、というような時に使える、いいレストランです。
jeudi, 22 mars 2007
Namiki
朝は谷崎潤一郎に関する国際的なシンポジウムのオープニングを見に行き、その後来週火曜日の会議の打ち合わせと資料準備で一日を過ごし、夜は送別会でした。
Namiki(46, rue Croix des Petits Champs, 75001 Paris, TEL:01 42 60 25 54)はパレ・ロワイヤルの駅を出て、文化省の建物を曲がって歩いていった先、フランス中央銀行の向かいにあります。サーヴィスは日本語を分かるフランス人と日本人がやってくれ、2階席は本棚のだまし絵や本物が置かれていたりする、ちょっとした隠れ家風の場所となっていました。出てくる料理は、あっさりとした味付けながらしっかりとした分量のフランス料理となっています。お店のカードには「Cuisine ZEN à la française」(フランス風「禅」料理)と書かれていました。
こちらの方で会議なりがある時のお客様の接待には向いているか、と思います。明日はとうとうオペラ座・ガルニエ宮での「歌舞伎」公演です。
mardi, 20 mars 2007
Be Boulangépicier
お昼に、「Be Boulangépicier」なるパン屋さんに行ってきました(73 Bd de Courcelles 75008 Paris)。アラン・デュカスと関係があるパン屋さんだとか。イートインが出来るとのことで、クラブ・サンドウィッチを食べました。なかなか美味しかったです。
朝食会がある日は食のバランスが取れて日中は体調もいいのですが、さすがに夜になると疲れを感じたりします。
vendredi, 16 mars 2007
COMME DES POISSONS
午前中は文化財の調査に来た出張者の方々とパレ・ロワイヤル近辺で過ごし、午後は交流プログラムで日本に行くことを希望する高校生の面接でした。高校生の方は、最初、書類選考をパスした10名全員の集団面接を行い、その後個別面接をする、という方法を採用しましたが、集団面接をすると最初から個別面接をするのと異なって、候補者それぞれを比較できるのがよいところです。皆、ある程度日本語を理解し、話せる人たちなのですが、中でも、独学でMSNのビデオ・チャットで日本語を勉強している、という15歳の女の子などは、ほぼ完璧に当方が言いたいことを理解し、彼女が考えていることを話していました。ただ、完全に友達言葉になっている。「敬語」とか「丁寧語」は、やはりある程度フォーマルな勉強によって身につける必要があるのでしょう。
夜は今度日本に帰る後輩の送別会を、COMME DES POISSONS(24,rue de la Tour, 75016 Paris, TEL:01 45 20 70 37)で行ってきました。熊本出身の御主人が寿司を握る、ということを聞いていて、前から気になっていたところです。パッシー駅から徒歩3分程度のところでしょうか。8人入ったら一杯のカウンターだけのお店です。刺身の盛り合わせ、鯖のタタキ、バッテラ、鰻押し寿司、うに、ハマチといったところを、ビールと日本酒で楽しみ、一人55ユーロ程度。テイクアウトもやっており、フランス人が次々に寿司を持ち帰っていました。またいいところを見つけました。人吉出身の御主人は、故郷を出てからかれこれ40年ほど経っている、とのことですが、懐かしい言葉のイントネーションに再訪を約束してお店を出ました。
mercredi, 07 mars 2007
Chez Géraud
事務に明け暮れた今日は、出張者の人と標記レストラン(31 rue Vital, 75016 Paris, TEL:01 45 20 33 00)に行ってきました。
アール・ヌーヴォーな字体の看板が出ていて、中に入るといかにも伝統的でシックな風情が漂っています。料理はコースが30ユーロなのですが、これは前菜+メイン+デザートを本日のお勧めの中から選択する、というものになっていて、アラカルトで頼むとメインだけで30ユーロを超えてしまったりします。絶対にコースがお奨めです。フランス語が出来ないと若干辛いかも。
今日は前菜が「長ネギ」「テリーヌ」その他忘れてしまいましたが一品、メインが「小牛の腎臓」「タラ」「ウサギ」とのこと。自分はテリーヌとウサギを頼みました。デザートまではとてもたどり着けず、コーヒーに置き換えてもらいました。分量がしっかりしています。料理そのものは、伝統的なもので、クラシックなフランス料理を楽しみたい向きにはとてもよいです。
その後、再び職場で事務を行い、忙しい一週間の最終日に備えました。何とかコントロールできるとよいのですが。
lundi, 12 février 2007
小学校での英語教育
日本の休日にあわせて職場もお休みの今日、日本からの出張者の方々と一緒にフランス国民教育省に行ってきました。職場が仕事の日だったらちょっと行けなかったであろうインタビューでした。テーマは小学校からの英語教育についてです。
フランスでは1989年から小学校段階での外国語教育がオプションで開始され、2002年からは小学校2年生からの外国語教育が必修化されました。週に1時間半、年間で54時間、外国語の勉強をすることになっている、とのこと。その背景にはEU統一という事情が大きく作用したようです。
外交で文化多様性を主張するフランスだけあって、国内的にも多言語主義が採用されており、小学校段階で英語のほか、ドイツ語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語、中国語、ロシア語、アラビア語がメニューとして用意されているらしい(ただ、英語が82.6%、ドイツ語が13.4%、スペイン2.1%、イタリア1.2%、ポルトガル0.3%、といった状況であり、英語が圧倒的です。居住地域の問題やら、学校に配属されている先生の問題やら、諸要因が重なってこの数字が構成されているようです)。また、中学校に入ってからは、第2外国語の学習が始まることとなっており、日本語も含む30の言語が教育されることとなっています。高校卒業認定試験であるバカロレアで2つの外国語を受験するというのも、ある意味すごいことだと思います。
小学校段階からの英語ということで、その指導に当たる先生方をどうしているのか、ということが次の関心事ですが、こちらは小学校の先生の研修、中学の英語の先生が教えに来る、ネイティヴ・スピーカーと契約を結ぶ、外国語指導助手(ネイティヴの学生)を雇う、といったやり方でしのいでいる様子。この最後の外国語指導助手には、仏政府より月900ユーロが9ヶ月の教育期間に渡って支払われるとか。中学校段階でもこのプログラムがあるらしく、フランスに来て日本語を教えつつ勉強したい、という日本人学生さんにはよいプログラムかも知れません(ただ、週に12時間のコマを持たされる、とのことでこれは少々厳しいかも知れませんが)。
ともあれ、「英語はわかっていても決して話さないフランス人」といった伝説のフランス人は、いまや少なくなっているのかも知れません。そういえば、パリ国際の会場でも、どう見ても小学生と思われるフランス人から「Do you speak English?」などと尋ねられたことがありましたし。。。
昼は国民教育省の人にカルチエ・ラタン風なこぎれいなレストラン(Chez Alexis&Daniel, 5, rue d'Arras, 75005 Paris, TEL:01.43.29.30.74, www.alexisetdaniel.com)でフレンチをおごってもらいました。フランス人に個人的におごってもらうのは、これで2回目です。サラダにワインの簡単な昼食でしたが、有意義な意見交換ができました。「基礎基本」の導入、フランス教育界では様々な議論を巻き起こしている様子です。
本来は休日であることを活かし、昼食後、カルチエ・ラタンの書店、Gibert et Jauneを覗きました。10年振りに訪れたこの書店、まだ書籍がインターネット通販されていなかった時代、本の巻末の参考文献リストでチェックした本を探しによく通ったことを思い出し、気持ちが若返るのを感じました。結局、購入したのは、「県番号」が入ったミシュランの地図だけだったりするのですが。
その後、夕方にかけて若干の仕事を片付けた後、ついに「ユー社」に手紙を書きました。小切手を添えて。それを期待に胸を躍らせながら投函した後、ブログの整理を行い、やっとほぼ追いついてきた感じです。
夜は別の出張者の方との夕食会。Maison de Campagneで飲んだ、ラングドックのワインがおいしかったです。さて、明日からは本当のウィークデイが始まります。
mercredi, 31 janvier 2007
聖セバスティアヌスの気分、アジア亭
時々、1日に、24時間プラス日本との時差の時間があってくれたらよいのに、と思う時があります。
朝、職場に着いた時には日本からのメールが溜まっていて、その整理をしながらフランスの機関に電話をしたり日本に電話していたりしていると、今度はワーキング・アワーを迎えたフランスからのメールが溜まっていく。お昼休みにほっと一息、LINA'Sのサンドウィッチを食している間にも日本から、フランスから、メールが来ていて、その整理をしている間に電話があったり同僚からの相談があったり、いろいろしている間にあっという間に夕方が来る。全身に矢を受けた聖セバスティアヌスの気分です。
落ち着いて挨拶文を考えたりする時間が持てるのは夜だけだったりするのですが、今夜は19時から国民教育省の国際局次長との打ち合わせ&会食となっていたこともあり、明日できることは明日に回し、モンジュ通りへ向かいました。
打ち合わせでは、日仏150周年をお祝いするための取り組みや、そのための現状把握として現在すでに行われていることについての意見交換ができ、大変有意義でした。もちろん、こういう打ち合わせを行うと、その後の記録作成が待っているのですが、今週は残りの2日を空けてあるので、その時間を活用して整理することにします。
職場を去り際、1年9ヶ月前に日本から持ってきていて暖めていた、金沢空港で買ったちょっとした輪島塗りの小物をプレゼントしたところ、「大変うれしい。妻も喜ぶだろう」と、たいそう喜んでくれました。そういえば、ペン先に20金を使っているセーラーの万年筆を見せてくれ、ペン先が柔らかく、ずっと愛用している、と日本好きなところを見せてくれました。
打ち合わせの延長戦は、彼の職場のすぐそば、パンテオンの裏にある「アジア亭(ASIA-TEE)」(47, rue de la Montagne Sainte Genevieve, TEL:01.43.26.39.90)で行いました。
例の「真の日本料理」ガイドブックでも紹介されているこのお店、店に一歩はいると本当に居酒屋風の雰囲気が広がっています。「ひょうたん」に比べれば少しだけ上等な感じです。62ユーロのお任せコースをお願いしたのですが、里芋の煮付けに始まり、刺身の盛り合わせ、土瓶蒸し風スープ、鰯の塩焼き、鯛の塩焼き、牛肉のたたき、ミニ鰻丼、と和食を堪能できました。日本の雰囲気の中で本物の和食をお楽しみいただくには最適なお店です。仕事の話ももちろん行うのですが、むしろこういう場所はお互いの人となりを知り合う場所。双方のこれまでの職歴や学校歴、それぞれの職場内の人の話、そして何より互いの趣味のことなどを披露しあったり(彼は写真が趣味だというので、かなり共通に話せる部分があったのですが、それでも「銀塩の白黒のみ。カメラはニコンFM」という相当芸術系なストイックな人でした。こちらからは、釣りのネタを振ったのですが、彼は、私がこの夏に釣り旅行にいったフランシュ・コンテ地方で副地方長官をしていたこともあるとかで、オルナンのこともよく知っていました。モン・ドールやモルビエといったチーズのこと、藁ワインのことなど教えてもらったので、今度試してみようと思います。)、好きな映画監督のこと(溝口の雨月物語を絶賛してました。当方からトリュフォーの話をしたところ、彼が好きなのは「突然嵐のごとく」と「恋のエチュード」だ、とのこと。また、「天井桟敷の人々」がやはり一番好きだ、などと言うと、マルセル・カルネの1940年発行の身分証明書を拾ったことがある、などといった体験談も出てきたりしました)を話したりしている間に、あっと言う間に23時となりました。
人間関係の形成に大変有意義だった会食を終え、職場に戻ってきたら、改めて4通ほど要処理メールが溜まっていたので、それを速やかに片づけ、24時に職場を後にしました。
あと8時間とまでは言わないので、せめて4時間くらいでもあればずいぶんと楽になるはずなのですが。。。時間を作るには、「スピード感」ではなく「スピード」をもった仕事の進め方を追求する必要がありそうです。
samedi, 27 janvier 2007
ディジョンへの旅
久しぶりの完全オフな週末、午前中からマドレーヌ界隈に出かけ、ソルドをいくつかひやかしたもののあまりぴんと来るものがなく、ヴィニョン通りのポトフ専門店、「Le Roi du Pot au Feu(34, rue Vignon, Paris 75009, TEL:01.47.42.37.10)」へ。13時に入店したのですが、大変な賑わい振りでした。おそらく予約はとってないのでしょう。運良く10分程度の待ち時間で座ることができたのですが、あとからあとから人が入ってきます。お店の扉には様々なグルメ情報誌のステッカーが貼られていて、JALの機内誌のものと思われる日本語の紹介エッセーが壁に貼ってあったりもしました。ブイヨン、ポトフ、タルトタタンと食べたのですが、一冬に一度来て食べるにはちょうどよい。体が温まります。
その後、ちょっとフォションに寄った後、パリ市内を抜け、15時半前にA6に入りました。快適に高速を飛ばし、いつものガソリンスタンドで給油も行い、17時頃、オーセール(Auxerre)に到着。水曜日からの豪雪の名残が残るカテドラル前の広場・駐車場に車を停め、駆け足でカテドラル見学と街の散策を行い、「地球の歩き方」に「夕暮れ時に川越しにカテドラルを望むのがよい」という趣旨の記述があったことを受けて、それを実践しました。



残照の中カテドラルの姿を浮かべたヨンヌ川に鴨のつがいが泳いできました。残雪の白さと冬枯れの間にある枯淡な情景のなか、オレンジ色の街灯が人間的なぬくもりを感じさせてくれます。
18時、オーセールを後にして一路ディジョンへ。残すところ146キロ。しばらく走ると、既に暗くなった高速道路の両側の草原が一面雪に覆われている様子が微かに見えたりします。時折ものすごい靄に包まれたりしながらも、ディジョンには19時半頃に到着。道路標識に従ってホテル(Hotel Philippe le Bon、18 Rue Sainte Anne, DIJON 21000, TEL:03.80.30.73.52)を見つけ出し、狭い入り口を苦労して入った中庭の駐車場は雪で固められていました。
到着早々、レストラン、Hostellerie du Chapeau Rougeに電話。一つ星だというのに雪のせいでしょうか、21時からの予約ができたのに驚き。しばらくの休憩の後、三脚と一眼レフを担いで向かいました。
ホテルからは徒歩5分ほど、雪に滑らぬよう気をつけながら、レストランに到着。レストランそのもの、それに向こうに見えるカテドラルが美しくライトアップされています。夜景撮影用に入手したレリーズが早速効果を発揮しました。
せっかくの星付きということで、「menu dégustation」という、少量が少しずつ出てきて全7品(前菜2つ、肉料理、魚料理、チーズ、デザート2品)というコース(80ユーロ)を頼みました。
以下、印象に残った皿の写真たちです。






このほか、前菜1つ、メインの肉料理1つ(鳩肉)がありました。お味の方はさすがにミシュランの一つ星、フレンチを堪能させてもらえました。シェフに感謝したい、そんな気分です。他方、量の方は少し多すぎたかも。4皿目を過ぎる頃から、次に出てくるものが少し怖くなってくる、そんな体験をすることになりました。お昼を抜きにして、20時頃から来てゆっくり楽しむのが、日本人にはよいかも知れません。
ところで、よくよく考えると何故か8品となっているのです。写真の6品に加えて2つ。どうしてだろう。
おそらく、上段左から3つ目の写真の料理が、特別に日本人に対して振る舞われた、ということなのだろう、と思われます。かつおのタタキ・ポン酢風味、(少し乾いてはいたが)エノキ、椎茸、蕎麦添え。全料理の中でも、これが一番感動的でした。日本人に対する心尽くし。こういったところに、星が付いている理由、誇りといったものがあるように思います。ごちそうさまでした。
何かの会合が行われていたのか、大変にぎやかな声が響く中、24時過ぎ、レストランを後にしました。大聖堂、ホテルそばの小径を撮影し、小都市を満喫し、ホテルに帰ってきました。地元の人たちが連れ立って歩いているのに幾度も出くわしたのですが、男だけのグループが多かったのが印象的。それぞれの都市に文化があるのかも知れません。



vendredi, 26 janvier 2007
学食への招待
長く忙しかった今週を締めくくる今日は、国民教育省評価・予測・成果局でインタビューを行った後、同局局長が主催する昼食会にお呼ばれで行ってきました。サン・ジェルマン・デ・プレ近辺、マビヨンにある学食での昼食会です。
同局長がフランスの学生支援団体(国立)であるCNOUSのトップだった時に、学食を何とかしよう、ということで、その手始めとして改革を行ったという場所だけあって、料理もおいしければサーヴィスも大変よかったです。一般学生が食べる場所とは違った、教授たち向けの場所だった、ということもその理由の一つではあろう、と思われますが。ずっと昔、学生向けの場所で食事をしたことがあったのですが、その時と比べたら学食の方の質もさぞかしよくなっているのだろうなぁ、と思い、いまの学生がうらやましく思えたことが一つ。もう一つ、学食ネットワークを統括する組織(CNOUS)があるというところに、フランスの中央集権ぶり・公権力重視ぶりが見られるなぁ、と思われました。「Guide des Routards」といういわば「地球の歩き方」に当たるガイドブックで「フランスの学食」という号が出ているらしいですが、これもこの局長の仕掛けによるものらしいです。いずれにしても、この局長が以前に国際局長だったことから、今回のようなサーヴィスになったのだろう、と思われ、まことにありがたい限りでした。ちなみに、先方の関心事項としては、「日本では学校の選択は可能なのか(フランスでは学区制が大きな問題になっています)」「塾に通っている子どもの生活サイクルはどのようなものなのか」といった部分でした。関心を持ってもらえると嬉しくなってきて、何とか説明しようと努力することになり、フランス語力のトレーニングにもなれば自分の頭を整理するトレーニングにもなる。発信機会を作っていくことはますます大切だ、と感じました。
午後から夕方にかけて机仕事で一週間を終え、日本から一時帰国しているフランス人の友人に会うため、7区のカフェへ。半年ぶりに会う彼と彼の友人、さらにはその友人(パリでバレエを勉強しているカナダ人、ベルリンのスターバックスで働いているフランス人(妹)、メゾン・ド・ショコラで働いているフランス人(姉)など、ヴァラエティに富んだ集まりでしばしの懇談を楽しみ、その集団に分かれを告げて夕食は我が家のそばのインド料理屋へ。
Villa Punjab(15, rue Léon Jost, 75017 Paris, TEL:01.42.67.58.99)のカレーはいつも大変おいしいです。「sauce bien Karai rouge(ソース・ビアン・カライ・ルージュ)」をください、と言って、いつも味付けを辛くするのですが、今回のソースはいつもにも増して辛く、十分に楽しむことができました。流れ出る汗と同様に、仕事の方面での新陳代謝もよくしたいものです。
jeudi, 25 janvier 2007
LYCÉE CHARLEMAGNEと「真の日本料理」
午前中、タイトルの高校に行って来ました。
学校の先生がどのように配置されているのか、という点についての調査だったのですが、学校が1から5までのカテゴリーに分かれており、カテゴリー毎に生徒1人当たりの教育に要する時間(H/E、Heures sur Eleve)が設定されていること、カテゴリー1(最もよい学校)ではこの数値が1.08であるのに対し、カテゴリー5(最も悪い学校)ではこれが1.7~8になること、フランスでは一学級何人という定員は決められておらず、この数値と学校全体の定員に基づいて校長が何人の教員が必要かをはじき出し、それを大学区に対して申請する、という仕組みになっているらしいこと、などが判明しました(なお、各学校がこのカテゴリー1から5のどれに該当しているかについては、公表はされていないものの、大体保護者は皆知っている、とのこと)。
さて、4区はマレ地区にあるこの学校、フランスの名門公立高校の一つでもあります。上記カテゴリーでは1に該当しているようです。昔の日比谷高校のようなもの、といったところでしょうか。週刊誌「Le Nouvel Observateur」の1月18日-24日号で特集されているフランスの高校ランキングでは、堂々Aクラス入りを遂げており、そのバカロレア合格率は97%とか。もともとジェズイット派の修道院であった、というだけあって、静かな中庭からは立派な礼拝堂を見上げることができます。そういえば、ルイ大王校ももともと修道院だったなぁ、あちらも名門だったなぁ、などと、昨年10月の訪問を懐かしく思い出しました。
高校段階からの入学の際、1000人の志願者を200人まで絞る選考を行うらしく、その選考も試験は行わず中学校時代の成績を元にした書類選考、とのことでした。フランスでは日本の多くの地域と同様、学区制が設けられているはずなのですが、この学校には越境入学者も多いらしい。生徒たちはほとんどが肌の色が白い人たちで、いかにも良家の子女が集っているといった雰囲気です。
校長先生が学校の案内をしてくれ、教室での授業風景を見せてくれもしたのですが、グラン・ゼコールへの準備級に入っていった時、授業担当の先生が露骨に迷惑そうな顔をしていたのも印象的でした。事前の打ち合わせなく、学級に入っていくことができる、というのは、それだけこの校長先生が優れた方であることの証でもあろうか、と思います。
一学級の定員は実態ベースで高校が26クラスで1クラスが約35人、中学が19クラスで1クラスが28~30人になっている、とのこと。「クラス定員を減らせ、という要望は出てこないのか。」と問うたところ、「この学校に子どもを入れたい保護者が沢山おり、その保護者からの圧力があるため、定員は減らせない。」という回答がかえってきました。まず総定員が最初にあって、生徒一人当たり教育時間があって、それを元に教員数が決定される、という仕組みなのだろう、と思います。○○人学級、という発想が最初にあるわけではないらしく、若干もやに包まれたような気分になりました。なかなかに事情は複雑です。
午前の訪問を終えたところ、ちょうど昼休み時間となっていて、近隣の小学校から保護者とおぼしき人たちが子どもたちの手を引いて家につれて帰っている様子が見られました。上手く写真を撮れなかったのが残念です。
午後の時間に机仕事を行い、やっとマネージ可能な状況に近づけることができました。
夜は、先日仕事で大変お世話になった仏外務省の人、その同僚、自分、自分の上司と同僚の計5人で、YENで食事をしてきました。
「偽」日本食レストランが乱立する中、日本料理評価委員会(Comité d'évaluation de la cuisine japonaise)が「真の日本料理(Cuisine Japonaise Autentique)」なるガイドブックを出しました(インターネットでも閲覧可能です。サイトはこちら http://www.cecj.fr/)。このガイドにも掲載されているYEN、この日は何故か後ろの席にタレントのYOUさんが座っていたりしました。やっぱり真の日本料理屋さんです。
フランス側の人たちと真の日本料理(「そばみそ」に始まり、「アボカドとマグロのサラダ」「豚の角煮」「鯛の塩焼き」といったあたりを経過し、「そば」で終える)を楽しみ、楽しみが過ぎて5人で日本酒500mlと焼酎750mlをいつの間にか空けてしまっていましたが、おかげさまで関係者間での意思疎通が十分にでき、連携を深めることができました。真の日本料理、おいしかったです。
mardi, 23 janvier 2007
冷え込み CAVE PETRISSANT
3月中旬なみの陽気が続いていたパリですが、今朝から急激に冷え込みが始まりました。午前中、フランス側関係者との打ち合わせを終え、マクドのテイクアウトで行列していると冷気が足下から這い上がってくるよう。MOMOHIKIを履いてきて良かったです。
明日はマイナス3度、明後日・明明後日はマイナス5度まで気温が下がる様子です。風邪ひかないように気をつけないと。
夜はCAVE PETRISSANT(30bis, avenue de Niel, 75017 Paris)で出張者の皆さんと会食。訪問先であったことなどを教えて頂くとともに、教員を職業として近代化するには学校での教育以外の部分の負担を減らす必要があるのではないか、いや、そうなると「恩師」といった感情が薄れてしまうのではないか、といった議論にもなり、「ちなみにフランスでは」といった情報提供なども行えたりして、楽しかったです。料理はオーソドックスなフランス料理。ワインの選択はお店の人に丸投げしたのですが、St Estepheの2002年のものが出てきて、おいしかったです。このお店、先日まで我が家に逗留していた友人が昔よく行った、と教えてくれたところで、夜遅くになると近辺のレストランのシェフが集まってきてわいわい飲んだりする場所でもあるそう。50ユーロそこそこでフルコース+飲み物を楽しむことができます。口コミはガイドブックの言葉以上に信用でき、また、そこに行ってみよう、という気にさせてくれます。いいお店をまた一つ、知ることができました。
mercredi, 06 décembre 2006
ローヌ川のほとり
今日はリヨン第3大学に出張でした。朝8時30分のTGVで10時25分にリヨン・パール・デュー(Lyon Part Dieu)駅に到着。パリでは降り止んでいた雨がこちらではまた降っています。
文学・語学系大学であるせいか、女子学生の数が大変多いのが印象的でした。午前・午後と日本語科の学生さん達相手に説明会を開いたのですが、またまた驚いたことに、日本語で話しても理解をしてくれているようでした。自分の母国語を分かってくれる人にはやっぱり親近感が湧きます。
この大学の建物は、昔のタバコ工場だったらしく、工場の遺物である柱をそのまま使っていたりするのが印象的でした。中庭にはタバコを模したベンチが。こういうのはなんだか嬉しくなってしまいます。
説明会を終えた後、ペラシュ駅側にインターネット予約をしたホテルへ。ただ、何故かインターネットのセンターとの連絡が悪かったらしく、ローヌ川をこえた別のホテルに行くこととなってしまいました。

20時から別の大学の先生と会食。諸情報交換を行い、有意義な時間を過ごすことができました。場所は、Brasserie Georgesという「地球の歩き方」にも載っている、1836年創業の有名なブラッスリ

