オペラ

samedi, 23 février 2008

ルイーザ・ミラー(Luisa Miller)@バスティーユ

どうも体調が今ひとつ。朝も早起きして久しぶりのジョギングを、とも思ったが、結局起きることができませんでした。体が休みを欲しがっている時に無理は禁物です。
13時30分から日本語のイベントをどうするか、という打ち合わせに出席。17時過ぎまで休憩なしに続いた会合では、様々なことが具体化していきました。このスピードで動いていけば、間に合いそうです。
その後、一旦家に戻り、荷物を置いて、バスティーユへ。今夜は「ルイーザー・ミラー」、ヴェルディのオペラです。

Giuseppe Verdi (1813-1901)
Luisa Miller
Opéra en trois actes (1849)
Livret de Salvatore Cammarano d’après le drame Kabale und Liebe de Friedrich Schiller
En langue italienne

NOUVELLE PRODUCTION
Direction musicale (指揮)Massimo Zanetti
Mise en scène (演出)Gilbert Deflo
Décors et costumes (舞台装置・衣装)William Orlandi
Lumières (照明)Joël Hourbeigt
Chef des Choeurs (合唱指揮)Alessandro Di Stefano

Il Conte di Walter(ワルター) Ildar Abdrazakov
Rodolfo(ロドルフォ) Ramon Vargas
Federica (Duchessa d'Ostheim)(フェデリカ) Maria José Montiel
Wurm(ヴルン) Kwangchul Youn
Miller(ミラー) Andrzej Dobber
Luisa(ルイーザ) Ana Maria Martinez
Laura(ラウラ) Elisa Cenni

Orchestre et Choeurs de l'Opéra national de Paris

新演出のせいでしょうか、幕間含めて2時間45分ほどの演目で、席の値段がいつもより10ユーロほど高く設定されていました。その演出ですが、前奏曲の開始と同時に紗幕に「Luisa Miller」とゴチック体の文字が白く映し出される、まるで映画のような出だし。このやり方はその後も幕の始まり毎に繰り返されました。そして、舞台の方は、チロル地方の山と草原が再現されており、半円形に穴が空いた板が舞台前面に置かれ、半円からのぞくスペースで劇が進行する、というもの。衣装も振り付けも誠に自然で、この間のボブ・ウィルソンのいい解毒剤になります。総じて、好感の持てる普通の演出でした。

歌手の方では、一番がミラー役のドッベル氏。父親の深い情愛を大迫力の声量で表現してくれていました。カーテンコールは正直です。それに続いたのがルイーザ役のマルティネスさんで、派手なコロラトゥーラはないものの適確な歌唱が必要な役で、「きちんと」歌ってくれました。ヴルン役のヨン様はスキンヘッドの悪役をこちらも正しく演じ、歌ってくれました。以前、「トロイ人」と「ルチア」で聴いていたのですが、今日が一番だったかも知れません。フェデリカ役のモンティエルさんは豪華なウェディング・ドレスに終始身を包んでの歌唱。美人で、策略婚でも良いじゃないかロドルフォ、と説得したくなりそうです。そのロドルフォ役のヴァルガスですが、残念でした。音程が不安定で痩せた声に不十分な声量、名前が無ければブーが出てもおかしくないような、そんな歌でした。風邪でもひいていたのでしょうか。2006年12月の「薔薇の騎士」でテノール歌手役で聴いた時の好印象が吹き飛んでしまいました。なかなか難しいものです。

Dscn3630そして、今日一番感心したのが、ザネッティの指揮とパリ・オペラ座管弦楽団の演奏でした。前奏曲から大変に気迫のこもった演奏で、切れば血が出るような音楽作り。「やればできるじゃないか」と繰り返し思った、そんな演奏で、完全に満足です。


終演後、CAFE DIVANに向かったのですが、満席かつカウンターでお酒を飲みながら待っている人の行列に呆れ、結局ファルスタッフでピザを食して帰ってきました。明日はブローニュでジョギングです。

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samedi, 16 février 2008

カルディヤック(CARDILLAC)@バスティーユ

久しぶりに完全にフリーな土曜日となった今日は、ゆっくり朝寝を楽しんだ後、13時前からモンソー公園を10周。BPM83の曲で、前回聴けなかった曲たちを流しながら、すっきりと晴れ上がった真っ青な空の下、快調に飛ばしていたら、なんと52分少々で10周してしまいました。POLARの心拍計の方の距離計では10.5キロを52分15秒で走っており、1キロを4分58秒で走っていたことになっています。全くもって凄いことです。本当かしらん。このスピード、トレーニング用に履き替えたNikeのAIR MAX MOTO+ 5が一役買っているように思います。クッションが強いせいか、AIR PEGASUS+よりもけり出しが強いようです。この程度クッションがある方が、練習時に膝を保護してくれるのだろう、とは思います。ただ、クッションが強すぎて、履き替えた直後にはちょっと違和感を感じました。そのうちに慣れるだろう。しばらく試してみようか、と思います。

綺麗な空の下、梅が見事な花を付けていました。10キロ・ランの後、一度家まで戻ってきて、カメラを手に再び走り始め、撮影したのがこちら。春はもうすぐそこまで来ています。
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さて、夕方からは標記オペラを見に行ってきました。同行予定の友人が急に都合が悪くなった、とのこと。チケットはまずさばけないだろう、との予測のもと、出かけたのですが、案の定、お客の入りはせいぜい85%といったところで空席が目立つ、そんな状況下、余ったチケット1枚は懐に残ることとなりました。仕方ありません。

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(写真:パリ・オペラ座HPより)

Paul Hindemith (1895-1963)
Cardillac
Opéra en trois actes et quatre tableaux (1926)
Livret de Ferdinand Lion d’après la nouvelle d’E.T.A. Hoffmann Das Fräulein von Scuderi
En langue allemande

Direction musicale Kazushi Ono
Mise en scène André Engel
Décors Nicky Rieti
Costumes Chantal de La Coste Messelière
Lumières André Diot
Chorégraphie Frédérique Chauveaux et Françoise Grès
Dramaturgie Dominique Muller
Chef des Choeurs Winfried Maczewski

Cardillac Franz Grundheber
Die Tochter Angela Denoke
Der Offizier Christopher Ventris
Die Dame Hannah Esther Minutillo
Der Kavalier Charles Workman
Der Goldhändler Roland Bracht
Der Anführer der Prévoté David Bizic

Orchestre et Choeurs de l'Opéra national de Paris

豪華ホテルのフロント、宝石職人のアトリエ、舞台となったパリの屋根の上、それぞれの舞台が大変綺麗に作り込まれており、舞台装置作りや照明については感服です。
他方で、やはりそうなったか、との思いを強くしたのですが、正直なところ音楽はさっぱり楽しくありませんでした。自分には、必然性を感じさせて貰えない音符の並び方を味わえるだけの音楽的素養が欠如しているようです。せっかくの大野和士氏の指揮だったのですが、良かったのか悪かったのかよく分からない、そんな音楽であり、大変に残念です。従って、歌手についても、よく分かりません。カルディヤック役のグルントヘーベル氏、その娘のデノケさん、士官役のヴェントリス氏、3人はなかなか立派に歌ってくれたなぁ、といった印象を持ちましたが。
来シーズン、年間予約をする際には、この類の音楽は避けておこうか、と思います。残念ですが、仕方がない。。。
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samedi, 22 décembre 2007

クルミ割り人形@バスティーユ

まだ見ぬ甥を思いながら、クルセル通りのfnac eveilで布の絵本を購入。プレゼントを購入する御両親やらさらにその親御さん(おじいちゃん・おばあちゃん)たちで大変に賑わっていました。「娘が米国人と結婚してアメリカに孫がいるのだが、その孫にフランス語を忘れないようにさせたい。」と言って、店員さんからフランス語パズルを勧められていたおじいちゃんもいたりして、最後のところは言葉なのだなぁ、などと感心することしきり。
続けて、Maison du Chocolatに向かい、必要個数のチョコレートの箱を購入。ヴェリーブで戻ってくると、渋滞が始まりかけたパリの街の中をコンコルド方面へ。広場に車を停め、ロワイヤル通りのBonpointへ。ここで姪の顔を思い浮かべながらコートを購入。日本人の店員さんがいるので、フランス語ができなくても安心です。

さあ、とりあえず今日の買い物は終了。夕方から、久しぶりにパリ・オペラ座でこの時期に上演されることとなった「クルミ割り人形(Casse-Noisette)」を見に行ってきました。ヌレエフの演出のもので、たぶん11年前のこの時期に観たのと同じものだろう、と思います。が、あまりに覚えていないことに驚きました。記憶というのは書き留めてでもしないと、あっという間に消え去ってしまう。ぞっとします。職場の同僚御一家と偶然に隣り合わせの席となったのも楽しく、素敵な観劇となりました。

Casse-Noisette - Rudolf Noureev
Ballet en deux actes
Sujet de Marius Petipa d'après un conte d'E.T.A. Hoffmann
Adapté par Alexandre Dumas

Musique Piotr Ilyitch Tchaikovski
Chorégraphie Rudolf Noureev (Opéra national de Paris, 1985)
Décors et costumes Nicholas Georgiadis

Les Étoiles, les Premiers Danseurs et le Corps de Ballet
avec la participation des élèves de l’École de Danse

Orchestre de l’Opéra national de Paris
Maîtrise des Hauts-de-Seine/Choeur d’enfants de l’Opéra national de Paris
Direction musicale Kevin Rhodes

AVEC LE SOUTIEN DE LA FONDATION RUDOLF NOUREEV.

バレエをずっとやっていたという同行者によれば、通常の演出とはずいぶん違った部分があった様子。第1幕でネズミの大将が王子にやっつけられる時の様子も違っていたようですし、第2幕で招待客達がコウモリとなっている場面の「湯ばあば」のような仮面と衣装も珍しいものだった様子。そういうことを知らない自分は、ただただ舞台の美しさと踊り子達のリズム感、バランス感覚に舌を巻き、息を飲んでいました。それと、子どもが本当に多かった。舞台の上にも客席にも。第1幕が始まる前、おじいちゃん・おばあちゃんに連れられ、階段の踊り場でスカーフを空に浮かべながら踊る女の子の姿は本当にほほえましかったです。第2幕の様々な踊りでは、「中国の踊り」が印象的。踊りというよりは辮髪が印象に残ったのかも知れませんが。ヨーロッパに残る古くからの中国観、滑稽さが先立つ中国観がよく現れていました。とはいえ、こういう中国観も時代遅れのものになりつつあるようにも思います。そして、やっぱりクララと王子様の踊りは綺麗でした。衣装自体がキラキラでしたし、二人とも天の恵みを受け生まれ育った、そんなハンサム・美女でした。バレエはオペラ以上に天分が必要であるようにも思います。
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クリスマス時期に観るには最適な演目を見終わった後、ファルスタッフでピザを食し、ダンフェール経由、ペリフェリックを通って帰ってきたのが0時過ぎ。明日は我が家で忘年会です。

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vendredi, 21 décembre 2007

タンホイザー@バスティーユ(演出つき)

冬至の前日の金曜日、一週間の勤務の疲れもそのままに、バスティーユに2度目のタンホイザーを観に行ってきました。前日の新聞でストは終わり、演出つきでの公演になったらしいことを知り、期待はふくらみます。そして、実際に見終わった時、あ、これはこれまで観たオペラの中で明確に2番目によい公演だったな、と思うことができました。大満足です。


Tannhäuser
Grand opéra romantique en trois actes (1845)
Livret du compositeur
En langue allemande
NOUVELLE PRODUCTION

Direction musicale(指揮): Seiji Ozawa / Pierre Vallet (27, 30 décembre)
Mise en scène(演出): Robert Carsen
Décors(舞台装置): Paul Steinberg
Costumes(衣装): Constance Hoffmann
Lumières(照明): Peter Van Praet
Chorégraphie(振り付け): Philippe Giraudeau
Chef des Choeurs(合唱指揮): Peter Burian

Hermann(ヘルマン):Franz Josef Selig
Tannhäuser(タンホイザー):Stephen Gould
Wolfram von Eschenbach(ヴォルフラム):Matthias Goerne
Walther von der Vogelweide(ヴァルター):Michael König
Biterolf(ビテロルフ):Ralf Lukas
Heinrich der Schreiber(ハインリッヒ):Andreas Conrad
Reinmar von Zweter Wojtek Smilek
Elisabeth Eva-Maria Westbroek
Venus Béatrice Uria-Monzon

Orchestre et Choeurs de l'Opéra national de Paris
Maîtrise des Hauts-de-Seine / Choeur d'enfants de l'Opéra national de Paris

COPRODUCTION AVEC LE GRAN TEATRE DEL LICEU, BARCELONE ET LE TOKYO OPERA NOMORI
(バルセロナ・リセウ劇場及び東京オペラの森との共同制作)

小澤指揮の指揮は、前回と同様、縦のラインがあまりはっきりしていないものの何となく合ってしまう、という不思議な音楽作りとなっていました。リズムを刻むというよりはレガートが主体で、音楽がしなやかにつながっていつの間にか流れていく、そんな感じです。第1幕冒頭と第2幕冒頭では楽団員の足踏みはあまり聞こえませんでした。が、第2幕、舞台の灯りが消えた瞬間に楽団員の足音が響き始めました。これはすごかった。圧倒的な入場行進曲もさることながら、ヴォルフラムの芸術論を否定するタンホイザーの後ろに滑り込むようにヴェーヌスベルクの音楽がすごい色彩感覚で奏でられた時の説得力、改悛するタンホイザーに合唱がかぶさりオーケストラが最大音量となった時、情念が脳天まで充満してそれが急にはじけるような、精神的絶頂感を感じることができました。第3幕冒頭の小澤の登場時には、前回同様の興奮が会場を包んでおり、カーテンコールでも一番の拍手が。再び「彼と同じ日本人であることを誇りに思う」そんな音楽でした。唯一残念だったのが前奏曲の背後のダンスが音楽への集中を散らしてしまったことでしょうか。でも、これは演出なのだから仕方ありません。

歌手たちは前回と同じような出来で、相変わらずマティアス・ゲーネのヴォルフラムにはしびれました。あんなに優しい「夕星の歌」を聞くことができたというのは、ある意味奇跡的なことです。ヴィロードの声で歌われる諦念の思いを、伴奏に徹したチェロが静かに支える。会場は完璧な静寂に包まれ、音符の一つ一つ、言葉の一つ一つが染み入るように響いてきました。「三夕の歌」の世界にもつながるような、「幽玄」を感じた見事な歌唱。楽団員も盛大に足を踏みならして、その歌を褒め称えていました。
彼に続いてエリザベート、ヴェーヌス、タンホイザーが拍手を浴びていました。エリザベート役のヴェストブルックは先日はあまり拍手を浴びることができなかったのですが、今日は盛大なブラヴォーを浴びていました。舞台姿が映える美人であったこともその原因でしょう。歌声自体はエリザベート向きではないように思うのですが、それでもここまで歌えるソプラノとあえたのは有り難いことです。ベアトリス・ユリア=モンゾンのヴェーヌスの妖艶な歌声には、再びノックアウトされました。この人、カルメンなどもはまり役になりそうです。グールドのタンホイザーは今日の方が出来がよかったです。前回のように歌唱だけで演出を補わなければならない、というプレッシャーがなかったせいでしょうか、のびのびと歌ってくれました。
ゼリークのヘルマンは立派な領主で、前回、悪役声になっている、という印象を受けたところは、実はヴェーヌスベルクを経験したことに対する憤怒の念の表現だったのだ、ということに気づきました。そういえば、領主だけあって、レジオン・ドヌールの赤い略章を付けていました。ちなみに、この人、メトロの1番線に乗り、シャトレで降りて帰って行きました。歌手という職業も大変です。

さて、今日はカーセンの演出を堪能することができました。歌手を画家に読み替えた演出、ということは東京公演の記事を読んで知っていたのですが、「ワルトブルクの歌合戦」なのに何故絵画なのか、という問いは幕が開けてからもしばらく残り、第2幕の歌合戦の場面が本当に心配でした。が、歌を終えると同時にキャンバスを覆った布を取り去って自作の絵を舞台の上の「観客」に見せる、という演出は思った以上にしっくりと来ました。「呪われた芸術家」あるいは「芸術家と社会」というこのオペラの本来のテーマがわかりやすく提示されていたように思います。自分としては好きです。前奏曲および第1幕ではヴェーヌスベルクが象徴しているのは芸術家の創造の現場なのではないか、第2幕ではヴェルニッサージュに集う人々の俗物振り(シャンペンやカナペに殺到)を果たして我々は笑えるのか、タンホイザーはエリザベートの中にヴェーヌスをみているのではないか、第3幕で無数のローマ帰りの人々が持っていた布地が張られていないキャンパスは何を意味するのか、いろんなことを考えさせられた、知的にもおもしろい舞台でした。前奏曲中の振り付けが若干音楽を邪魔したのは事実なのですが、そもそも「パリ版」ではバレエが入っているわけですから、邪魔されたと思う方が間違っているのでしょう。そして、ぞっとするくらい美しかったのが、第3幕でのヴェーヌス登場を予感させる舞台左手から差し込む妖しい赤い光の色。逢魔が時の光とはまさにこの色なのでしょう。
そして、不覚にも涙がこぼれたのが、ヴェーヌスベルクに再び行こうとしていた自暴自棄になったタンホイザーがヴォルフラムの言葉ではっと我に返りエリザベートの名を呼んだ時、エリザベートがヴェーヌスと全く同じ白いシーツに身を包んだだけの姿で出てきたのを目にした時でした。エリザベートとヴェーヌスが、二人で連れ立ってイーゼルの前のタンホイザーを巡るように歩き、舞台から消えていった時、見事にアガペーとエロスが止揚されました。
エリザベートは死なず、ヴェーヌスも滅びず、タンホイザーの芸術が万人に認められ、美術の殿堂に列せられることとなったところで舞台の灯りが消える。各時代でスキャンダルを引き起こしながら「名作」に列せられた作品のなかに、タンホイザーの作品も掛けられることとなる。最後まで客席に向けられることのないキャンバスに何が描かれているのかは、観客一人一人の想像力次第。受け入れられないことの苦悩と、受け入れられずとも自分の信じた道を行くことの大切さを、若干説明的ではあっても見事に視覚化したこの舞台からは、音楽の力とあいまってのカタルシスを得ることができました。
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Dscn3208大満足となった終演後、小澤さんのサインをもらおうと楽屋口でしばらく張っていたのですが、結局寒さに負けました。来年、日仏交流150周年で水戸室内管弦楽団と一緒にいらっしゃった際に、サインをもらいに行きたいです。

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dimanche, 23 septembre 2007

CAPRICCIO@ガルニエ

1週間の疲れを取る12時までの爆睡の後、今日からオペラの新シーズン。ガルニエでカプリッチオを観てきました。

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(写真:パリ・オペラ座HPより)

Richard Strauss (1864-1949)
Capriccio
Conversation en musique en un acte (1942)
Livret de Clemens Krauss et Richard Strauss
En langue allemande

Direction musicale Hartmut Haenchen
Mise en scène Robert Carsen
Décors Michael Levine
Costumes Anthony Powell
Lumières Robert Carsen et Peter Van Praet
Chorégraphie Jean-Guillaume Bart

Die Gräfin Solveig Kringelborn
Der Graf Olaf Bär
Flamand Charles Workman
Olivier Tassis Christoyannis
La Roche Jan-Hendrik Rootering
Die Schauspielerin Clairon Doris Soffel
Eine Italienische Sängerin Elena Tsallagova
Ein Italienischer Tenor Juan Francisco Gatell
Monsieur Taupe Robert Tear
Der Haushofmeister Jérôme Varnier
Acht Diener Jason Bridges, Igor Gnidii, Mihajlo Arsenski, Etienne Dupuis,
Bartlomiej Misiuda, Johannes Weiss, Vincent Delhoume, Mark Richardson

Orchestre de l'Opéra national de Paris

案内係の人から配役表をもらって気付いたのですが、このオペラ、幕間がない。2時間半の間、ずっと見続けなければならないことに気付き、プログラムを買いに行きました。今日の座席は天井桟敷の3列目。前の席との間がそれほどまでは狭くなく助かりました。
開演10分前に「携帯の電源を切ってください。」のアナウンスが流れ、随分早いなぁ、と思っていたらすぐに劇が始まりました。そして開演時間の14時半、シャンデリアの光が無くならない中、弦楽6重奏が始まります。カーセンの演出では「ローエングリン」でも最初から幕が開いていて劇が始まっていました。こういうのが好きな人なのかも知れません。暗い舞台裏で劇が始まり、途中舞台奥にきらびやかなサロンが覗くところも、ローエングリンに似たところがあります。他方、最終シーンへの舞台転換で、一旦降りてきたガルニエのだまし絵の緞帳が再び上がるとそこに全く同じだまし絵の緞帳が下りていたり、鏡の向こうに映るもう一人の伯爵夫人に全く同じ格好をした別人を使っていたり、伯爵夫人が退場していくところでは舞台装置が全て上がっていってスタッフの人たちが待ち受けていて、舞台裏のセットの灯りが全て消えた向こうにバレエの練習をするバレリーナが一人残って練習を続けていたり、と、現実と劇とがいくつも入れ籠になったような構造が作られていたのには感心しました。「オペラは詩(言葉)が先か音楽が先か」という、このオペラの主題の一つである解きようのない問いは、そのまま置くとして、人生と劇との複雑な相関関係をちらりと見せてくれたような、そんな素敵な演出です。
指揮者のヘンシェンの指揮は極めて流麗。ベームのCDでは感じなかった感興の高まりを覚えたのが、フラマンの愛の告白を受けた伯爵夫人が一人舞台に残ったシーン。伯爵夫人の心の高ぶりをそのまま楽譜にしたような音楽は、波のようにうねって次から次へとこれでもかと感情を刺激してきて、その官能的なまでの美しさには舞台が霞んで見えるほどでした。あの部分を聞くためだけにもう一度時間があれば来てみたい、そんな気持ちになりました。
歌手では、誰か一人がずば抜けてはいないものの、チームワークの良さがありました。伯爵夫人のクリンゲルボーンの控え目でありながら確実な歌唱は安心して耳を委ねることができましたし、フラマン役のワークマン、オリヴィエ役のクリストヤニスは伯爵夫人を支える2大衛星といった風。劇場支配人役のロータリングは、ワグナー(例えばバスティーユのローエングリンでハインリッヒ王や、ミュンヘンのマイスタージンガーでハンス・ザックス)では声が聞こえないのですが、ガルニエ程度の箱であまり分厚いオーケストラを背景にしない限り、十分に立派です。伯爵役のベールさん、クレロン役のソフェルさんも、伯爵夫人を立てる堅実な歌唱でした。こういうオペラでは、スーパースターが不在の今日のような配役がちょうどよいように思います。

カフェ・ドゥ・ラ・ペでお茶をした後、日本食材屋で買い出しをして早々に帰ってきました。オペラの新シーズン、幸先の良いスタートを切ることができたようです。

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vendredi, 06 juillet 2007

椿姫(La Traviata)@ガルニエとハードロック・カフェ

今シーズン最後のオペラ観賞に行ってきました。ガルニエの椿姫、新演出です。

Giuseppe Verdi (1813-1901)
La Traviata  Opéra en trois actes (1859)
Livret de Francesco Maria Piave d’après La Dame aux camélias d’Alexandre Dumas fils
En langue italienne

NOUVELLE PRODUCTION(新演出)

Direction musicale(指揮): Sylvain Cambreling
Mise en scène(演出): Christoph Marthaler
Décors et costumes(大道具、衣装): Anna Viebrock
Chorégraphie(振り付け): Thomas Stache
Lumières(照明):Olaf Winter
Chef des Choeurs(合唱指揮):Peter Burian
Choeurs préparés par Alessandro Di Stefano

Violetta Valéry(ヴィオレッタ):Christine Schäfer / Nataliya Kovalova (12 juillet)
Flora Bervoix(フローラ):Helene Schneiderman
Annina(アンニーナ):Michèle Lagrange
Alfredo Germont(アルフレード):Jonas Kaufmann
Giorgio Germont(ジェルモン):José Van Dam
Gastone(ガストーネ):Ales Briscein
Il Barone Douphol(ドゥフォール男爵):Michael Druiett
Il Marchese d’Obigny:Igor Gnidii
Dottor Grenvil(グレンヴィル医師):Nicolas Testé

Orchestre et Choeurs de l’Opéra national de Paris

シェファーがヴィオレッタを歌い、ジョゼ・ヴァン・ダムがジェルモンという配役に、年間予約を入れる時には大いに期待していたのですが、結論から言うと深い失望に満たされた、そんな公演でした。
まず演出です。舞台はオペラハウスのクロークのようなところで始まります。大いに華やかさに欠けます。それはまあいいとして、その奥にさらに小さな舞台が置かれていて、時折その舞台の幕が開くと、ヴィオレッタとジェルモンの愛の巣になったり、合唱団が冷たく物語りを見つめる場所となったり、ヴィオレッタの死の床があったりする。ふうん、まあいいや。でも、何ら必然性が感じられない。必然性という観点では、合唱団の人たちが「どうしてそういう動きをするの?」という、機械仕掛けのような奇妙な振り付けを受けていて、正直なところ不愉快でした。音楽とも筋とも何ら関係ないし。衣装そのものは綺麗なのですが、その美しさをもう少し違う背景と動作で観たいと思わせる、そんな貧相な舞台でした。何故ガルニエでこれを?。
音楽の方も、安全運転でドラマが全く感じられない。起伏がない淡々とした音楽作り。第2幕第1場のヴィオレッタが別れを決意する場面など、身を乗り出してどうなるか聴いていたのですが、全く煽ってくれない。主人公の哀切さを伴奏してくれない。そして、なにより締まりがない。クライバーのCDが原体験だったということを差し引いても、あの「ゆるさ」は今期観たオペラの中でも最たるもの。緊張感に欠けた、昔のパリ・オペラ座管弦楽団が帰ってきた、そんな印象を受けました。
そして、歌手にも失望です。シェファーはもう過去の人なのでしょうか。1月にドン・ジョヴァンニでドンナ・アンナを観た時にも今ひとつ。今回のヴィオレッタには期待していたのですが、期待はずれでした。コロラトゥーラを全力で歌おうとせず誤魔化しが目立つ。手を抜いて終わりだけ合わせようという歌い方をされると、聴いている側の緊張の糸も切れてしまいます。それに、ドラマがある箇所ではもっとドラマティックに歌ってくれてもいいのに。必死に歌ってくれてもいいのに。。。それに輪をかけて、演技の方にも迫力がない。ジェルモンがあらわれても、寝椅子に寝転がったまま歌っていて、これじゃあ、どんなに字幕の上でせっぱ詰まったやりとりが行われていても、ドラマにならない。まあ、こちらは演出のせいかも知れませんが。。。1965年生まれということですので、今年で42歳。歌手としてはまだまだこれからのはずなのですが、シェファーにとってここ数年は大切な時期だと思います。今後どういう方向を目指すのか。ドンナ・アンナの時に感じた声の荒れはそのままでしたし。。。さらに言えば、ちりちりパーマの髪型は、黒いシュミーズを着ていても、とても高級娼婦には見えませんでした。大いに残念です。
アルフレード役のカウフマン氏は、最初、紹介を受けて歌い始めた時、これが本当にアルフレードなのか、と我が耳を疑うほどくぐもった声で、思わず鼻をかみたくなりました。ガストーネ役のブリスサイン氏の方がよほどアルフレード役にふさわしい声の持ち主でした。なにより残念だったのが、第3幕、ヴィオレッタが死んでいくシーンでも、ヴィオレッタを心から助けたい、という気持ちが感じられない、平板な歌唱だったことです。
そして、ジョゼ・ヴァン・ダム。御年67歳、しかも今シーズンも終わり頃の舞台ともなるとさすがに大変なのかも知れませんが、声量にも正確さにも欠けていました。昨年6月にバスティーユで「ファウストの劫罰」、メフィスト役で聴いた時には、その悪魔的な表現力の豊かさを楽しめたのですが、謹厳な父親という役回りの表現も不足している。いや、まてよ。役回りに応じた表現ということだと、シェファーにもアルフレードにも欠けていた。もしかするとそういう演出だったのかも。
淡々と朗読されたような「椿姫」、テレビ・カメラが4台ほど入っていたので、もしかするとDVDになるのかも知れませんが、願わくば発売されないことを期待します。キレもコクもない「ラ・トラヴィアータは広く発信すべきではありません。今回の公演だけで十分でしょう。真実が何ら表現されていないのですから。

全員が揃って出てきたのは1度だけで、拍手も早々に止んだ醒めたカーテンコールの後、しばらく歩いた先にあるパリのハードロック・カフェで「世界共通レシピで作り上げるボリュームたっぷりなアメリカ家庭料理」らしいハンバーガー(いくつかありましたが、メニューの一番上にあったもの)とビールを存分に楽しんできました。「HARD ROCK CAFE PARIS」と印刷された各御当地もののTシャツも買ってしまったのですが、これが20ユーロ程度。日本だと2415円らしいので、1ユーロ120円というのが自然なのでしょう。そろそろ170円の声が聞こえてきました。。。

ガルニエでの観劇後にハードロック・カフェに行きたくなるような公演に、来シーズンには出合わないことを願っています。

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dimanche, 10 juin 2007

仮面舞踏会(Un Ballo in Maschera)@バスティーユ

昨日の夕方以降の晴れ空が恨めしくも維持された今日は、14時半からバスティーユで「仮面舞踏会」を観てきました。今シーズンの新演出です。そのためなのか何故なのか、チケットの値段が通常の公演よりも若干高め、ワグナーの楽劇の時のような水準にセットされていました。CD2枚分のオペラなのに、不思議です。

仮面舞踏会(Un bal masqué)@バスティーユ
Giuseppe Verdi (1813-1901)
Melodramma en trois actes (1859)
Livret d’Antonio Somma inspiré de Gustave III ou Le bal masqué d’Eugène Scribe
En langue italienne
NOUVELLE PRODUCTION
Direction musicale(指揮):Semyon Bychkov, Paul Weigold (13, 16 juin, 7, 10, 13 juillet)
Mise en scène(演出):Gilbert Deflo
Décors et costumes(大道具・衣装):William Orlandi
Lumières(照明):Joël Hourbeigt
Chef des Choeurs(合唱指揮):Peter Burian

Riccardo(リッカルド):Marcelo Alvarez / Evan Bowers (4 juin, 10 et 13 juin) / Giuseppe Gipali (7 juin) / NN (7, 13 juillet)
Renato(レナート):Ludovic Tézier
Amelia(アメーリア):Angela Brown, Aprile Millo (7, 10, 13 juillet)
Ulrica(ウルリカ):Elena Manistina
Oscar(オスカー):Camilla Tilling
Silvano(シルヴァーノ):Jean-Luc Ballestra
Sam(サム):Michail Schelomianski
Tom(トム):Scott Wilde

Orchestre et Choeurs de l’Opéra national de Paris

本来、マルセロ・アルヴァレスがリッカルド役を歌うはずだったのですが、「風邪をひいている」らしくエヴァン・バワーズ氏が代役を務めることになった旨、会場に貼り紙がしてありました。この人、パリのシモン・ボッカネグラでステファノ・セッコ氏が出ない時に歌っていた人のようです。
さて、そのバワーズなのですが、やっぱり役不足の感は否めませんでした。彼にとっての高音域に入ってくると、無理に声を張り上げているようなところが感じられ、その声そのものも若干荒れている。。。調子が悪い時期だったのかも知れません。カーテンコールでの拍手も代役を務めたことへの労いという感じでした。
それに比べると、レナート役のテジエさんはそこそこ立派でした。レナートという人、リッカルドの親友であり、彼の暗殺計画を事前に察知してリッカルドに忠告をしながら、その彼に自分の妻を寝取られたことに逆上して暗殺に荷担し、ついには自ら手を下す、という少々直情径行で、わかりやすい人物です。聴衆の側に感情移入して聴かせるには、相当の表現力が必要のように思いますが、あるいは、そんなこと無理なのかも知れません。立派な歌声でしたが、表現力は役どころに追いついていませんでした。でも、誰が追いつけるのだろう。。。
アメーリア役は、意表をついて黒人でした。声はどちらかというとメゾ・ソプラノに近いような。不倫妻という役がそうしているのかも知れませんが、若干妖艶な方向に振れすぎていて、大きな違和感を覚えました。HPによれば、アフリカ・アメリカのスピリチュアル音楽を歌ったりしているようですが、そういうことからも、ウルリカ役の方がお似合いだったかも知れません。難しいところです。7月に入ると、この役をアプリーレ・ミッロが歌うとか。そちらにしておけばよかったかなぁ。。。
ウルリカ役のマニスティーナさんは、ロシア生まれの33歳。顔を真っ黒に塗って、魔女的歌唱を聴かせてくれました。カーテンコールでもそこそこ好評を博していました。
歌手陣で今日の一番は、オスカー役のカミーラ・ティリングでした。ガルニエのイドメネオで、イリア役を歌っているのを聴いていて、そのときは余り印象に残っていないのですが、器用にコロラトゥーラをこなす溌剌としたズボン役を演じた今回は、他の歌手に対して比較優位に立ったということもあるのかも知れませんが、大変素晴らしく、カーテンコールでも最大の拍手喝采を受けていました。さらなる活躍に期待です。

新演出の方は、黒と白のモノトーンを基調とし、背景は黒、床も真っ黒な大理石風。第1幕第1場と第3幕第1場の「リッカルドの書斎」では、真っ白な半円形の議場のような階段が置かれ、第1幕第2場は黒い巨大で怪しげな動物の彫刻柱が置かれています。第2幕第3場の仮面舞踏会の場面でも、ドレス、マスクは黒と白、踊りを踊る人たちのアルルカンのような衣装も黒と白。徹底しています。本音を言えば、第2幕第3場の仮面舞踏会のシーンで、それまでのモノトーンから一転、目が覚めるような極彩色の世界が展開されてくれればなぁ(「オペラ座の怪人」の第2幕冒頭のように)と、密かに期待もしていたのですが、それはそれ。シックな演出もなかなかよかったです。ただ、別にこのオペラでそこまでシックにしなくてもいいのではないか、という気もしますが。

オーケストラは、ビシュコフの指揮のもと、リズム感がよく、美しい音色を聴かせてくれました。が、少々コンパクトにまとまり過ぎてしまったかも知れません。欲を言えば、もっと派手に、もっと情熱的に、やってくれてもよかったかも知れません。

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ほどほどに満足した観劇の後は、京子食品で買い物をし、Étoile Marocaineでクスクスを食べて帰ってきました。釣り、買い物、オペラと盛りだくさんだったちょっと早めの夏休みもこれで終了。凱旋門の夕陽が美しかったです。

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samedi, 19 mai 2007

ローエングリン(LOHENGIRN)@バスティーユ

今日は19時から、バスティーユでローエングリンを見てきました。
情熱一杯で、大変ヒューマンなローエングリン、指揮者とタイトルロール、それにオルトルートが今日の殊勲者です。

Wagner (1813-1883)
Lohengrin
Opéra romantique en trois actes (1850)
Livret du compositeur
En langue allemande
Direction musicale(指揮):Valery Gergiev
Mise en scène(演出):Robert Carsen
Décors et costumes(大道具、衣装):Paul Steinberg
Lumières(照明):Dominique Bruguière
Chef des Choeurs(合唱指揮):Peter Burian

Heinrich der Vogler(ハインリッヒ王):Jan-Hendrik Rootering
Lohengrin(ローエングリン):Ben Heppner
Elsa von Brabant(エルザ):Mireille Delunsch
Friedrich von Telramund(テルラムント):Jean-Philippe Lafont
Ortrud(オルトルート):Waltraud Meier
Der Heerrufer des Königs(伝令):Evgeny Nikitin
Orchestre et Choeurs de l’Opéra national de Paris
(オペラ座プログラムよりコピーしたものを適宜加工)

10年前に2度、8年前に1度、バスティーユでこの演出の舞台を見たことがあります。また、この演目自体は、10年前にシャトレ座で行われたベルリン州立歌劇場の引っ越し公演で1度、9年前の新国立劇場のこけら落とし公演で1度、さらに10年前、バスティーユで舞台係のストのため演奏会形式で行われた時に1度、通しで聞きました。今回で7度目のローエングリン観劇となったわけですが、まさにラッキー・セヴン。今回の公演がこれまでの中で一番素晴らしいものでした。

何より、ベン・ヘップナーのローエングリン。第1幕で登場し、白鳥にお礼と別れの歌を歌うその声の純粋な輝きに、一気に劇の中に引き込まれてしまいました。やはり、タイトル・ロールがしっかりしているワーグナーは引き締まります。第2幕でも、合唱を突き抜けて届いてくる声に痺れ、第3幕では音程移動を若干引きずるように歌唱法を変えて、甘いとろけるような歌を聴かせてくれました。もちろん、グラール語りも堂々と歌い上げてくれ、最後の「Sein Ritter ich - bin Lohengrin gennant」でバシッと決めてくれました。演技の方は、特に第3幕で、名前を聞きたい気持ちをほのめかすエルザをなだめるあたり、若干大げさではあり、また、エルザが名前を聞いてしまった後、ブラバントを離れなければならない苦悩をあまりに人間的に表現していたのですが、これも演出ということなのでしょう。こういうローエングリンも素敵です。カーテンコールで隣にいたイタリア人のおばちゃんは、ガッツポーズをしてブラヴォーの歓声を上げていました。満場のうなり声のような喝采、ものすごかったです。
そして、このヘップナーを超える喝采(うぉぉおおお、と、まるで地響きのようでした。すごかった)を受けていたのが、オルトルート役のマイヤーでした。2005年5月にバスティーユでイゾルデを聴いた時以来、およそ2年ぶりの再会でしたが、相変わらず素晴らしい。ちりちりパーマの頭、小柄な体で、合唱の中でも重唱の中でも存在感が引き立つ絹のような声を少し汚して、性悪な魔女役を熱演していました。第2幕のエルザとの二重唱の場面、あまりに美しいメロディーに隠された底知れぬ悪意の歌では、ぞっと鳥肌が立ちました。ローエングリンにおけるオルトルート役の大切さを再認識できました。
エルザとテルラムントは、ともにフランス人のデルンシュとラフォンという、パリ・オペラ座の常連歌手。共に十分主役級を歌える歌手たちです。デルンシュの方は、しっかり通っては来るが金属的ではない声に、若干のヴィブラートを掛けて、若干神経症的なエルザ役を上手く表現してくれましたし、ラフォンの方もアクのある太い声で、悪役の憎々しげな表情付けが小憎らしいくらい決まっていました。
伝令役のニキティンは、第1幕冒頭にはっと驚くくらい、立派な声を響かせてくれました。その後も伝令にしておくには勿体ない歌声で、後述のロータリングと置き換えたいくらい良かったです。プロフィールを見ると、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場にしばしば登場しているらしい。有名な歌手だったんだ。また聴けるといいのですが。
唯一、若干残念だったのが、ハインリッヒ王役のロータリング。彼はいつものことですが、ビロードのような優等生的声質故、歌がオーケストラの音の中に紛れ込んでしまって引き立ってこない、という問題があります。もう少し引っかかりのある声の方がいいのですが。。。ただ、体格は立派でしたし、王様の威厳は十分に保たれていました。

10年前から変わらないこの演出も、結構好きです。
最初から幕が開いていて群衆(=合唱団)がうろうろしている様、第2幕でも幕は最初から開いていて、音楽が始まる前に酔いどれテルラムントが出てきて焚き火をおこす様、第3幕ではベッドメイキングをしながら結婚行進曲が合唱される様など、大変懐かしく鑑賞することができました。舞台装置も衣装も、寒色系のくすんだ色合いのものが使われていて、その中に銀色の甲冑に身を包んだローエングリンが出てきたり、舞台奥の異界とブラバントの結節点にある扉が開いて錦秋の庭に白鳥が出てきたりすると、はっとさせられます。そして、第1幕、名前を問うてはならない、ということをエルザに約束させた後、ローエングリンが「Ich liebe dich」と歌うところなど、上方からの強い白い光に照らされた二人の姿は、神々しいまでに美しかったです。最後に、肩を落として立ち去っていくローエングリンの後ろ姿の切なさ、ゴットフリートが木を植えるところも、また新しい感興を呼び覚ましてくれました。

そして、何よりゲルギエフの指揮が素晴らしかった。CD(ケンペ、アッバード、カラヤン、クリュイタンス)あるいは過去の公演(バレンボイム、コンロン)で聞き慣れたものとはひと味違う音楽に触れることができました。
結構テンポが揺れます。第1幕の最後の場面ではオーケストラがついてこれないくらいのスピードで加速していましたし、第3幕の前奏曲も同様(こちらではオーケストラもしっかりとついて行っていました。相当練習したのでしょう。周囲の人も乗り出してオーケストラ・ピットを覗き込んでいましたし)。第3幕のエルザとローエングリンの二重唱の場面では突然のレガートに、タメきることができなかったエルザがフライング気味に声を出してしまったり、といったこともありました。ただ、そういった表現が、何か計算したもの(バレンボイムがこれをやると何故か計算を感じてしまいます。主観の問題なのでしょうが)ではなく、指揮者の体の内側から出てきているように感じられ、そうなると説得力を持ってきます。あまりに人間的な音楽でした。
第1幕の青と銀の前奏曲では弦楽器の息の長い輝き、第2幕前奏曲の木管のべっとりと粘り着くような響き、第2幕終わりの審判のライトモチーフを吹き上げる金管の運命的な響き、第3幕前奏曲の軽快さと結婚行進曲の祝典的雰囲気等々、様々な箇所で、そうそうこれこれ、と思わせてくれる表現振り。今回は、合唱が少し先行してオーケストラを引っ張っていくようなところもありましたが、「のろまな」パリ・オペラ座合唱団をしてここまで持っていくとは、相当程度、合唱指揮のブリアンさんが訓練したのでしょう。
昨年のトリスタンでも、官能的な音楽を聴かせてくれたゲルギエフ、今回のローエングリンでも同じ路線で素晴らしい音楽を聴かせてくれました。今度はいつ聴けるだろう。もう一度、この演目を見に来ようかな。久しぶりにそんな気になった公演でした。
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終演後、興奮を冷ますためバスティーユ脇のカフェで一服していると、合唱団の人たちが入ってきて音楽談義を始め、やがてエルザ役のデルンシュさんも入ってきました。さっきまで2700名の人の前で歌っていた人たちも、ふつうの姿に戻ってふつうにカフェでビールを飲んだりしている。なんだかうらやましいような気分になりながら、1時半頃、帰りつきました。
明日は6時50分起床、4連休の最後を締めくくるフリーガン行です。

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mercredi, 18 avril 2007

サンドリヨン(シンデレラ)@ガルニエ

チケットを譲ろうと思っていた人が体調が悪くなったとのことで、業務に追われながら、ガルニエにサンドリヨン(シンデレラ)を見に行ってきました。1986年に振り付けと演出が作られたヌレエフのバレエ。イオネスコの舞台装置に森英恵の衣装です。それにプロコフィエフの音楽。この日はこの演出になってから82回目の公演だそうです。

Musique(音楽) Serguei Prokofiev
Adaptation, chorégraphie et mise en scène(翻案、コレグラフィー、演出) Rudolf Noureev (Opéra national de Paris, 1986)
Décors(舞台装置) Petrika Ionesco
Costumes(衣装) Hanae Mori
Lumières(照明) Guido Levi

Cendrillon(サンドリヨン) Agnès Letestu
L'acteur-vedette(売れっ子俳優) José Martinez
Les soeurs(姉妹) Mélanie Hurel, Nathalie Riqué
La marâtre(継母) Stéphane Phavorin
Le producteur(プロデューサー) Karl Paquette
Le professeur de danse(ダンス教師) Emmanuel Thibault
Le père(父親) Cyril Fleury

Orchestre de l'Opéra national de Paris
Direction musicale(指揮) Koen Kessels

バレエを見るのは10年前の年末にここで「胡桃割り人形」を観て以来、2回目です。今回の滞在では初めて。舞台が始まってからしばらく、音楽が流れているのに声が聞こえないことに違和感を覚えたりもしましたが、やがてそれにも慣れてしまいました。
物語は、ハリウッド・スター誕生のいわゆる「シンデレラ・ストーリー」となっていて、魔法使いはプロデューサー、という翻案がなされています。「HANAE MORI」と書かれた衣装ケースが出てくる。カボチャの車は当初カボチャの形で出てくるのですが、裏返って空気が入って、アメリカのクラッシック・カーになる。ボディコンのウェイトレスが振りかえる姿の巨大な人形が舞台上方から降りてくる。キング・コングが出てくる。ネオン煌めく夜の街が出てくる。1986年制作ですから、初演から20年の時が過ぎていることになります。既に「古典」と言ってもよいような舞台装置に演出なのでしょうが、とてもお洒落で素敵なものでした。森英恵の衣装も美しかったです。
ダンスの方は、とにかく緊張感があって、見ているこちらが汗ばんでしまいました。どんなに激しく動いても、顔には絶えず笑みを浮かべているダンサーたちに、プロの姿を見ました。と同時に、バレエ・ダンサーになるには、体の柔軟性に瞬発力、リズム感などの運動神経に加えて、容姿端麗であることも必要なのだなぁ、とつくづく思いました。様々な天賦の才に恵まれた人たちの舞台は19時半に始まり22時20分に終了。2度の20分の幕間を挟んでの3時間弱、最後まで舞台に目が釘付けになった、そんな貴重な経験をすることができました。
食事をして一旦職場に戻り、メールチェック等を終えて帰ってきたのが深夜1時。明日からの出張の荷造りをして就寝です。

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mardi, 17 avril 2007

シモン・ボッカネグラ(Simon Boccanegra)@バスティーユ

先日、舞台装置担当の人たちのストで延期したシモン・ボッカネグラをみにいってきました。同行してもらう予定だった知り合いが体調が悪いとのことでキャンセル。チケットを持ってきてもらって、バスティーユの前で15分ほどチケットをかざしながら待っていたのですが、既に当日券窓口には誰も並んでいない。同じような境遇の人たちと情報交換したのですが、「昨年の新演出だが、演出があまり綺麗なものではなく、人気がないということなのだろう」という分析でした。「それにしてもおかしい。」というのが別の人の言葉。19時20分を過ぎた頃、「Bon courage (頑張ってください)」と言い残して、売れ残った1枚の券とともに2枚を持って入っていった同じ境遇の人の後を追い、1枚を懐に温めながら入場です。

Simon Boccanegra
Melodramma en un prologue et trois actes (1881)
Livret de Francesco Maria Piave et Arrigo Boito d’après la pièce d’Antonio Garcia Guttierrez
En langue italienne

Direction musicale(指揮) James Conlon
Mise en scène(演出) Johan Simons
Décors(大道具) Bert Neumann
Costumes(衣装) Philippe de Saint Mart Guilet
Lumières(照明) Lothar Baumgarte
Chef des Choeurs(合唱指揮) Peter Burian

Simon Boccanegra(シモン・ボッカネグラ) Dmitri Hvorostovsky
Jacopo Fiesco (Andrea)(フィエスコ・アンドレア) Franz Josef Selig
Maria Boccanegra (Amelia Grimaldi) (アメーリア)Olga Guryakova
Gabriele Adorno(ガブリエーレ) Stefano Secco / Evan Bowers (26 avril, 10 mai)
Paolo Albani(パオロ) Franck Ferrari
Pietro(ピエトロ) Nicolas Testé

座席はフランス風2階席の2列目11番、見下ろしてみると空席が目立ちます。大体8割5分くらいの入りということでしょうか。それと、自分の前の列は修学旅行のような南欧系の高校生たちが、精一杯お洒落してずらっと並んでいます。一体どういうことなのだろう、と舞台を見やると、選挙に使うような巨大なポスターが貼られた台がどこんと置いてあって、ポスターには一面の顔写真に「Fiesco」という字が。思わず呆然と見やってしまいました。実際にパリの街中は大統領選挙に向けたポスターが随所に貼られている。何かのメッセージなのだろうか。
会場が暗転し、音楽が始まったのですが、最初から会場内に散漫な雰囲気が満ちています。私語が止まない。客席からフラッシュが光る。携帯の液晶画面の明かりがちらちらする。当初、私語に対して「シー」という声が聞こえたりもしたのですが、やがてそれもなくなり、ついに終了までボソボソという響きが音楽の響きの下の方に聞こえてました。ヴァカンス中のパリ・オペラ座はオペラを見に来る場所ではないのか。
「演出があまり綺麗ではない。」という話を聞いていたのですが、確かに単純な舞台装置です。序幕で「Fiesco」だったのが第1幕以降「Boccanegra」になるのは、平民出身のボッカネグラ政権になったからなのでしょう。シモン・ボッカネグラの服装も、序幕ではTシャツの上にシャツを羽織ったジーンズ姿だったのですが、第1幕以降は立派な背広姿となってました。モードは優れた記号です。議会で争いが起きかけた時に、台の前に並んだ簡易椅子を持って戦いが始まった時には会場内から苦笑が漏れていましたが。。。ただ、舞台を囲み、あるいは第1幕の冒頭、舞台の前面に降りてきたスパンコール幕の煌めきは、大変美しいものでした。総じて言えば、舞台係がストをしたくなるのも分かる、そんな演出だったように思います。
オケの方は、当然のことながら(?)、先日、ウィーンで聴いた時ほどの流麗な感じはありませんでした。第一幕冒頭の木管楽器も高温部がキンキンするような感じで、また、全体が溶け合っていない。もこもこと夢のような優しい響きを聴かせてくれたウィーン国立歌劇場管弦楽団とは比較になりません。ただ、金管が派手に吹き上げるところの迫力はウィーンでは感じることができなかったもので、ことによるとこういう派手な部分はパリの方が上手かも、などと思いました。指揮者のジェームズ・コンロンは数年前までここの常任指揮者だった人で、ある意味、オーケストラも慣れていたのかも知れません。大崩れすることのない、無難な音楽を聴かせてくれました。
歌手では、今日の一番は期待通り、ガブリエーレを歌ったステファノ・セッコでした。散漫な雰囲気だった会場も第1幕、幕の向こう側からセッコの歌声が響き始めると若干ではあっても締まってくれました。小柄な体躯に似合わず声量があって、声の質もヒーロー的です。おそらく役柄次第ではもっと甘い声を聴かせてくれたりもするのだろうなぁ、と思わせてくれるところもあって、満足できました。少なくとも、ウィーンの時のサバティーニよりはよかったです。
それとならんで、フィエスコ役のゼーリックもよかった。立派な体躯に太い声のバスは、脇役にしておくのが勿体ないくらい。今度は主役級の役回りで歌ってくれる場面に立ち会いたいです。
黒Tシャツに黒ジャケットにオールバックで、杖をついていたパオロ役のフェラーリはいかにも悪役らしく、こちらも立派。アメーリア役のグリャコヴァさんは若干ヴィブラートがうわずる場面もありましたが、唯一の女声で舞台をほっとさせてくれる。シモン・ボッカネグラ役のホヴォロストフスキー氏は、ちょっとくぐもった声質だったのですが、よく声が通っていたのは声質故なのでしょうか。主役らしい歌を聴かせてくれました。
若干散漫な雰囲気に興がそがれる部分はあったものの、粒が揃った歌手たちに派手なオーケストラ、ほどよく満足できる公演となりました。
公演終了後、一旦職場に戻り、メールの処理を行って帰宅。改めてネットでこの演目のことを再確認していたら、「Les élections présidentielles et Simon Boccanegra(大統領選挙とシモン・ボッカネグラ)」という項目がHP上に設けられているのに気付きました。モルチエ総裁のヴィデオ・レターまで付けられています。その要旨と思われれる文章を以下、貼り付けておきます(オペラ座HPより)。
L'Italie de Verdi est déchirée par des guerres intestines. Le pays connaît des inquiétudes comparables en bien des points à celles qui existent aujourd'hui en France. Grand défenseur de la démocratie, le compositeur a lutté pour l'unité italienne : il est déçu par cette situation politique. C'est dans ce contexte qu'il va composer - ou plutôt recomposer - son Simon Boccanegra, où deux partis s'entretuent et se réconcilient finalement autour d'une affaire privée, mais aussi dans l'intérêt du pays.
A l'instar de Verdi qui avait réécrit la première version de son opéra pour le rendre plus frappant, la mise en scène et les costumes ont été entièrement retravaillés pour cette reprise. Le rôle de Simon Boccanegra sera tenu par l'un des plus grands barytons d'aujourd'hui : Dmitri Hvorostovsky. A ses côtés, la fille du héros sera interprétée par Olga Guryakova que beaucoup de nos spectateurs connaissent déjà comme Rusalka, ou Tatiana dans Eugène Onéguine. Dans notre contexte électoral, la mise en scène très contemporaine de Johan Simons va révéler toute son actualité.
ヴェルディの時代のイタリアが内戦で分裂状態にあり、その社会不安は現在、フランスにあるものとよく似ていること。民主主義者だったヴェルディはイタリアの統一のために戦ったが、イタリアの内戦状態にがっかりし、そんな時にシモン・ボッカネグラをかいたこと。その中で、2つの勢力が殺し合いをしつつも、最後にはある個人的な事柄及び国益のために和解すること。
そういった背景があって、今回のシモン・ボッカネグラはこの時期、バスティーユで上演されることになった様子です。さらに、公演に際し、このオペラを見たことのない若者に対して、1席10ユーロで1000席を売り出した、とのこと。あの散漫な会場の雰囲気の一因が、この措置にもあったのかも知れません。
オペラの演目にまで影響を与えてしまう大統領選挙、第一回投票は今度の日曜日です。

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mardi, 10 avril 2007

シモン・ボッカネグラ@バスティーユのスト

午前中の打ち合わせ、昼の大家さんと先輩との会食、午後の事務を終え、19時半からの「シモン・ボッカネグラ」のため、バスティーユに向かったのですが、やられてしまいました。大道具・舞台係のスト、です。「半コンサート形式」なる、衣装を着た歌手が演技もしながら歌うが、舞台装置はない、という、考えれば前衛的な演出でもある形式で上演は行うので観てもよい、とのことでしたが、別の日に振り替えてもらいました。休暇の真ん中にある今期初演というのは格好のストのターゲットだったなぁ、と、10年前のことを思い出しながら、レバノン料理を食べて帰途についた次第です。

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samedi, 07 avril 2007

ウィーンの休日(初日)、シモン・ボッカネグラ@ウィーン国立歌劇場

ウィーンの初日、少しだけ雲が出ていますがいい天気です。まずはぶらぶらと町歩き。
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グラーベンで見かけたペスト記念塔にウィーンのゴミ収集車、ヨーゼフス広場の怖い像(雨のせいでできたと思われる顔に入ったすじが怖い。。。バビル2世の悪役みたい)の写真です。
お上りさん気分を一気に頂点まで高めるため朝食からいきなりザッハー・トルテを。
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そう甘過ぎもなく上品なチョコレートの甘さを、ほとんど甘くない生クリームが包んでくれて、おいしかったです。朝からザッハー・トルテを食べる人たちも周囲に結構多くて、観光気分を共有することができました。

Dsc_5346王宮の周辺、歌劇場界隈を散歩していると、ロココ風衣装を着た客引きの人から、「Concert, Tonight ?」とか「コンサート ハ イカガデスカ?」と話しかけられます。「予約してます。」「ザンネン」とかいった会話に、オーストラリアでも日本語が浸透しつつあることを感じました。ちょっと嬉しいです。写真は美術史美術館前にいた客引きの人。
こういう「コンサート」、モーツァルトやらバッハやらを、ロココ風の衣装を纏い、銀色のカールしたカツラをかぶった楽団員たちが、いかにもそれらしい雰囲気の会場で演奏し、そこにはバレリーナも登場するなど、観光客に「音楽の都」を数時間で満喫させるといった趣のものらしく、ちょっと冷やかしてみたい気にもなったのですが、ザンネンながらチケットは2日分とも確保済み。またの機会に。
そうだ、チケットの確保を行わねば、と、劇場内に入っていき、正面階段の脇にあるチケット売り場に向かったところ、縦15センチ、横40センチほどの黄金のプレートが壁に打ち付けられていました。そこには黒字で大きく「LEXUS」と書かれています。ここまでの大きさのプレートを劇場内に打ち付けたのだから、トヨタのメセナ戦略もたいしたものです。そういえば、チケットにもLEXUSとプリントされていましたし。
窓口でインターネット予約を行った際のパソコン画面のコピーを見せたところ、「17時に来てください。」とのこと。そこを後にし、劇場のショップに併設している窓口で改めて尋ねたところ、劇場裏手のブッキング・オフィスで引き取ることができますよ。」とのこと。ちょっと安心し、ショップを物色していたら、ウィーン国立歌劇場でカラヤンが指揮したパルジファルのCDが見つかりました。クンドリーが2人一役、第2幕後半、パルジファルを誘惑するクンドリーをクリスタ・ルートヴィッヒが歌っている、というもので、ショップの人によれば、リリックな歌声をカラヤンが求めたことからこういう配役になった、というものらしいです。ルートヴィッヒがヴェーヌスを歌ったタンホイザーにおけるあの妖艶な歌声を思い出してわくわくしながら、早速購入してしまいました。
劇場をぐるっと回ったところにある、近代的な内装のブッキング・オフィスで2公演分のチケットを無事引き取って一安心。美術史美術館に向かいます。
美術史美術館、10年ぶりの名画たちとの再会は、ティツィアーノから始まり、ラファエロで最初の頂点を迎え、その後ブリューゲル、そしてやっぱりルーベンス。それにそれに、フェルメールが唐突にあらわれたりする。大した美術館です。正面階段を上がっていったところで見える、クリムトが描いた柱と柱の間の絵画の数々にも感心。「ロト」の物語と「ユディット」の逸話を何枚か見て、古典名画の鑑賞には聖書を知ることが必須であることを再認識。
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